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君ならどう考える

二通目の手紙は、一通目より少し薄かった。


封筒に記された文字は同じである。


差出人を確かめる必要もなかった。


セラフィーナは朝食を終えたあと、机へ置かれたそれを見ていた。


マルタは何も聞かない。


最初の手紙が届いた時には、返事をどうするのか尋ねた。


今回は、通常の国際郵便として届いたことと、封に異常がないことだけを報告している。


「ありがとう」


「はい」


マルタが下がる。


セラフィーナはすぐには封を切らず、先に別の書類へ目を通した。


昨日の監察調査について、市場側から届いた簡単な連絡である。


比較重量を正式数量と誤認されないよう、帳票上の注意書きを統一する。


試験対象を別の商品へ増やす場合は、商品ごとに市場役が確認する。


どちらも妥当だった。


確認を終え、書類を若い書記へ返す。


それからアドリアンの手紙を手に取った。


避けていたわけではない。


ただ、届いた順番と読む順番を同じにする必要もなかった。


封を切る。


便箋を開く。


最初に目へ入ったのは、謝罪ではなかった。


セラフィーナへ。


前の手紙に返事がないことは分かっている。


急かすつもりはない。


君がまだ僕と話したくないとしても、それは当然だと思う。


そこで一度、セラフィーナの視線が止まった。


少なくとも一通目から何も学んでいないわけではない。


返事を求める。


という書き方は消えている。


今すぐ戻ってきてほしいとも書かない。


彼女が怒っていることを、アドリアンなりに受け入れようとしている。


続きを読む。


レグリエでは、ノルディアとの実務協議が続いている。


国境の緊張も、以前よりは落ち着いている。


その一方で、王都では別の案件が持ち上がったらしい。


地方から王都へ移ってくる職人について、正式な同業組合登録までの期間を短くできないかという陳情が増えている。


王都の一部工房では人手が不足している。


地方ですでに十分な経験を積んだ職人でも、現在の仕組みでは王都で正式に仕事を請け負うまで長い確認期間が必要になる。


しかし同業組合側にも理由がある。


技量。


過去の契約。


事故歴。


不良品を出した際の責任能力。


土地の違う人間をすぐ登録すれば、それらを確認しきれない。


アドリアンは、双方の事情を書いたあと、自分の案を続けていた。


最初から正式登録するのではなく、一定期間だけ仮登録とする。


登録済み工房の保証を必要とし、請け負える仕事の範囲も制限する。


問題がなければ、通常より早く正式登録へ移す。


問題があれば仮登録を取り消す。


悪くない。


セラフィーナは素直にそう評価した。


人手不足だけを見て確認制度を壊していない。


同業組合の権利も残している。


地方職人にも、従来より早く王都へ入れる道を作る。


失敗した時には元へ戻せる。


アドリアンらしい案だった。


堅実で、関係者の事情を聞いた上で、既存制度を大きく壊さず改善する。


十九歳の王太子として十分に優秀である。


だからこそ、次の文章がよく刺さった。


僕は今のところ、この方法が一番穏当だと思っている。


ただ、この案を考えている間、君ならどう考えるだろう、と何度も思った。


セラフィーナはそこで読むのを止めた。


文字そのものを見つめる。


君ならどう考えるだろう。


何度も。


あまりにも彼らしい。


昔からそうだった。


まだ幼かった頃、王室教師から出された課題へ自分なりの答えを作る。


そのまま提出する前にセラフィーナへ持ってくる。


「僕はこう思う。セラフィーナは?」


少し大きくなれば、それが実際の政策資料へ変わった。


地方貴族の陳情。


慈善事業。


王都の治安。


商人との契約。


答えを教えてほしいわけではない。


自分でも考えている。


ただ、セラフィーナなら自分が見ていない何かを見るかもしれない。


それを知りたがる。


アドリアンは、そういう時間が好きだった。


セラフィーナも嫌いではなかった。


自分が問いを一つ投げる。


彼が考え直す。


より良い答えへ届く。


そして、


「よくできました」


と告げれば、王太子らしく平静な顔を作りながら目元だけが少し緩む。


そんな関係だった。


手紙の中でも、彼はその続きをしようとしている。


文章はさらに続いていた。


もちろん、これに答えるために返事を書いてほしいという意味ではない。


君に意見を求める権利が、今の僕にあるとも思っていない。


ただ、昔なら当然のように聞いていたことを、聞けなくなってから初めて、僕がどれだけ君へ考えを持っていっていたのか分かった。


もし、いつかまた話せる時が来たなら、その時に聞かせてもらえたら嬉しい。


セラフィーナは便箋を机へ置いた。


一通目よりは賢くなっている。


そのことまで否定するつもりはない。


権利があるとは思っていない。


返事を急かさない。


いつか話せるなら。


少なくとも、彼は自分が以前と同じ位置にいないことを少しずつ理解している。


それでも。


君ならどう考えるだろう。


という問いは書いた。


おそらく、書かずにはいられなかったのだろう。


セラフィーナ自身も、すでに政策案について考えてしまっている。


仮登録という方向は悪くない。


ただし、保証する工房へ何を負わせるかは確認が必要になる。


職人の技能だけを保証するのか。


仮登録期間中に起きた事故や契約不履行まで工房が責任を負うのか。


責任を重くしすぎれば、工房は誰も保証しない。


軽すぎれば、同業組合が警戒する理由を解消できない。


さらに、地方ですでに同業組合へ属していた職人と、完全な未登録者を同じ扱いにする必要があるかも分からない。


手紙に書かれている情報だけでは、そこまで判断できない。


追加で見るなら、現在の保証制度。


事故時の責任。


地方組合から王都組合へ移籍する場合の既存手続き。


そのあたりだろう。


三つほど確認すれば、かなり絞れる。


考えるところまでは、勝手に頭が動いた。


それをアドリアンへ返す理由はなかった。


彼はセラフィーナを王太子妃候補から外した。


政治の席からも外した。


レグリエの政策へ口を出す正式な立場もなくした。


その決定へ、アドリアン本人が賛成した。


ならば、


政治的な権限だけは終わらせる。


けれど長年便利だった思考のやり取りだけは、いつか戻したい。


という部分まで、セラフィーナが守ってやる必要はない。


アドリアン自身も「意見を求める権利はない」と書いている。


そこまで分かっているなら、なおさら説明は不要だった。


扉が叩かれる。


マルタだった。


「レオナール様がお見えです」


セラフィーナは便箋を畳んだ。


「お約束は?」


「ございません。ただ、市場役からの件で少しご相談したいとのことです」


「お通ししてくださいませ」


マルタは机の上の手紙を一度だけ見た。


差出人くらいは分かっているだろう。


それでも何も聞かなかった。


セラフィーナは封筒へ便箋を戻す。


一通目と同じように、破らない。


燃やさない。


返事もしない。


しばらくして、レオナールが応接室へ入ってきた。


挨拶を済ませると、彼は数枚の書類を卓上へ置いた。


「隣の市場から問い合わせが来た」


「比較重量ですか?」


「ああ」


監察局の調査が終わったことも、近隣ではすでに知られているらしい。


今の市場で使われ始めた帳票を、別の市場でも試したい。


そういう内容だった。


「早いですわね」


「商人同士で話が回ったらしい。遠方の買い手への見積もりが楽になったってな」


レオナールは問い合わせ文をセラフィーナへ渡す。


彼女は目を通した。


近隣市場でも、複数地方から穀物が入る。


地方ごとの単位差もある。


使ってみたい理由は成立している。


ただし、現在の帳票をそのまま複製したいという部分が少し気になった。


レオナールは向かいの椅子へ座った。


「俺は、そのまま持っていくのはやめた方がいいと思ってる」


セラフィーナは書類から顔を上げる。


「理由を伺っても?」


「こっちの市場で使えてるからって、向こうで同じ使い方ができるとは限らない。扱う穀物も違うし、倉庫の記録方法まで同じか知らない」


まともな判断だった。


先日の魔術秤だけでも、同じ重量という言葉の中に違う答えが入っていた。


帳票だけ移せば、それまで一緒に運ぶことになる。


「ただ」


レオナールは続ける。


「使いたいと言ってる相手へ、試すなと言う理由もないと思う」


「ええ」


「だから俺なら、一商品だけ選んでもらう。向こうの市場役と商人が、自分たちで一番使えそうなものをな。それで短期間だけ試す」


そこまで話してから、レオナールはセラフィーナを見る。


「俺はそう考えてる。君はどう見る?」


セラフィーナは少しだけ黙った。


聞かれた内容ではなく、聞き方が耳に残った。


俺はそう考えている。


君はどう見る。


先に自分の判断を出した。


それから、セラフィーナの判断を尋ねた。


彼女が同じ答えを出すと決めてもいない。


もっとよい答えを出すとも決めていない。


ただ聞いた。


それだけだった。


「わたくしも、範囲を絞ることには賛成ですわ」


レオナールが頷く。


「同じ案か」


「半分は」


「残りは?」


「商品を一つにするだけでは、少し足りないと思います」


レオナールは反論せず、続きを待った。


「こちらで作った帳票をそのまま渡さない方がよろしいでしょうね」


「形式も?」


「ええ。必要な項目そのものを、向こうの市場役と商人に決めていただきましょう」


「なぜ?」


「今の帳票は、こちらで起きた問題へ合わせて作ったものですもの。向こうで必要なのが同じ欄とは限りませんわ」


比較重量という考え方は使えるかもしれない。


だが、産地表示。


等級。


倉庫処理。


袋の扱い。


取引上必要な欄は市場ごとに違う可能性がある。


すでにグランデルは、


同じ名前だから同じ中身。


ではない国だと分かっている。


なら、帳票まで同じ形へする必要はない。


「比較の基準だけ揃えて、紙は向こうで作る?」


「それがよろしいかと」


「でも、それだと市場ごとに書式が違うままだぞ」


「困ります?」


レオナールが考える。


すぐには答えない。


「……今は困らないな」


「ええ。将来、統一した方が便利だと分かれば、その時考えればよろしいでしょう?」


現在必要なのは、


違う地方の商品を早く比較できること。


帳票の見た目まで全国で同じにすることではない。


一緒に解こうとすれば、また大きくなる。


「なるほど」


レオナールは問い合わせ文へ目を落とした。


「じゃあ、一商品。短期間。参加は任意。比較に使う共通値の考え方だけ伝える。帳票そのものは向こうで決める」


「そのくらいからで十分でしょうね」


「市場役へそう返す」


「わたくしの名前は必要ございませんわ」


「理由は?」


「向こうの市場が使いたいのでしょう?」


「そうだな」


「でしたら、こちらの外国公爵令嬢から勧められた、という形へする必要がありませんもの」


レオナールは少し考え、


「分かった」


とだけ答えた。


それで終わった。


説得もない。


「せっかくの功績だ」と名前を残させようともしない。


セラフィーナが不要だと言ったから、不要として処理した。


レオナールは書類をまとめる。


「もう一つだけ」


「何でしょう?」


「向こうで試して結果が悪かったら?」


「やめればよろしいのでは?」


「それでいい?」


「失敗してはいけない理由がございます?」


レオナールが笑った。


「いや。ないな」


「でしたら」


「分かった。そう伝える」


立ち上がりかけてから、彼はもう一度書類を見る。


「正直、同じ形式を広げれば早いと思ってた」


「それも一つの方法ですわ」


「でも君は違うと思った」


「ええ」


「なら、こっちでいい」


セラフィーナは少し眉を上げた。


「随分あっさり変えますのね」


「納得したからな」


「わたくしが言ったから、ではなく?」


「何でそれだけで変えるんだ」


本気で分からないという顔をされた。


セラフィーナは一瞬黙り、その後、小さく笑った。


「そうですわね」


レオナールも何が面白いのか分からないまま、少し笑う。


彼が帰ったあと、応接室には二つの問いが残った。


君ならどう考えるだろう。


君はどう見る。


よく似ている。


昔のセラフィーナなら、むしろアドリアンの方がよく自分を理解していた。


今でもそうだろう。


好みも。


考え方も。


どの程度の情報があれば動くかも。


何を大切にするかも。


レオナールはほとんど知らない。


だから聞く。


その違いを、今までセラフィーナは特別な長所だとは考えていなかった。


質問するのは、知らないからするもの。


それだけのはずだった。


けれど、自分の答えを知っていると思っている人間ほど、質問を省略する。


しかも、その予測が当たるならなおさら。


アドリアンの予測は、実際よく当たった。


だから最後に、一番聞かなければならないことまで聞かなかった。


セラフィーナはそこで考えるのをやめた。


比較するには、まだ材料が少なすぎる。


レオナールとは知り合って間もない。


彼がこれからも常に同じ態度を取る保証などない。


一つの会話だけから、


この人はアドリアンとは違う。


と結論するほど、セラフィーナは恋愛物語の少女ではなかった。


ただ。


話しやすかった。


それだけは事実だった。


夕方、マルタへアドリアンの手紙を渡した。


「前と同じところへお願いします」


「承知しました」


マルタが受け取る。


今回は返事について尋ねなかった。


保管箱を開けば、一通目の封筒がある。


その隣へ二通目が入る。


どちらも捨てられてはいない。


どちらも返事を受け取っていない。


机へ戻ると、若い書記が近隣市場への回答案を持ってきた。


レオナールから先ほど連絡があり、市場役へ正式に返す前に、比較値の扱いだけ確認してほしいという。


セラフィーナは読む。


一商品。


短期間。


任意参加。


現地の正式数量は変更しない。


帳票形式は現地側で決める。


必要なことだけが書かれている。


「問題ございませんわ」


「そのまま返してよろしいですか?」


「ええ」


書記が下がる。


今日、セラフィーナは二つの国から意見を求められた。


一方には答えた。


一方には答えなかった。


どちらの問いが難しかったかではない。


どちらの相手が賢かったかでもない。


答える関係が、今どこにあるのか。


それだけだった。


アドリアンは、自分の手でセラフィーナをレグリエの政治から外した。


それでも、長年当然に得ていた彼女の思考だけは、まだどこかで自分の近くにあるように感じている。


レオナールは、セラフィーナに何の席も与えていない。


所有もしていない。


理解しているとも言わない。


ただ目の前へ自分の考えを置いて、


君はどう見る。


と尋ねた。


セラフィーナは窓の外へ目を向ける。


グランデルの夕方は、もう完全に知らない景色ではなかった。


二通目の手紙にも、返事を書くつもりはなかった。


けれど今日、自分の意見を一度も口にしなかったわけでもない。


ただ、その答えはレグリエへ向かわなかった。


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