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第3話 影が名前を持ち始める


カイを埋めた。

深くは掘れなかった。

土は固く、雨で重く、レンの体力では限界があった。

渓谷の奥、木の根が絡み合う場所。

獣が簡単に掘り返せないよう、石を積み、枝を被せた。

短剣だけは、一緒に埋めなかった。

レンの腰に差したままだ。

「……すぐ戻る」

誰に言うでもなく呟き、レンは土をかけた。

最後に、カイの耳の欠けた顔が見えた。

笑っていたように、見えた。

それが、余計につらかった。

森は変わらない。

鳥は鳴き、風は葉を揺らし、雨は降る。

カイが死んだことなど、何一つ意に介さない。

レンは三日間、ほとんど動かなかった。

洞窟に戻り、火を起こし、最低限の水だけを飲む。

食べる気になれず、干し肉を噛んでも味がしなかった。

夜になると、影が勝手に動いた。

洞窟の壁に、何かの形を描くように這い回る。

獣の爪。

人の手。

鎖。

レンが止めようとすると、痣が熱を持つ。

「……やめろ」

声に出しても、影は従わない。

まるで、自分の意思を持ち始めたみたいだった。

夢を見る。

何度も、同じ夢だ。

カイが森の向こうで呼んでいる。

でも、近づくほど影が絡みつき、足が動かなくなる。

目が覚めると、胸が苦しい。

息が浅く、心臓の鼓動が耳に響く。

――代償だ。

レンは、薄々わかっていた。

影の力は、無料じゃない。

命を奪うたび、何かを吸う。

魔物の力だけじゃない。

感情だ。

恐怖。

躊躇。

罪悪感。

それらが、少しずつ削られている。

カイを失った悲しみすら、

時間が経つにつれて“輪郭”を失っていくのがわかった。

それが、何より怖かった。

四日目の朝。

レンは立ち上がった。

このまま森にいれば、生き延びることはできる。

だが、それだけだ。

カイの言葉が、胸に残っている。

《俺みたいな奴を……救ってくれ》

救うには、力が要る。

逃げるだけの影じゃ足りない。

「……街だ」

レンは呟いた。

すぐに戻るわけじゃない。

でも、戻るための準備を始める。

まずは情報。

次に、武器。

最後に――名前…

この世界では、名を持たない者は、数にも入らない。

…誰の…

頭に痛みが走る。


森の外れ。

人の気配が、微かにあった。

思考が途切れる。

煙。

人間のものだ。

でも、街の匂いとは違う。

レンは影を薄く伸ばし、慎重に近づいた。

そこにいたのは、三人。

二十代くらいの男が二人と、女が一人。

全員、ボロ布に近い服装だが、武器を持っている。

傭兵崩れか、逃亡者か。

「……あのガキ、まだ生きてたのか」

聞き覚えのある声。

レンの背筋が凍った。


「森に逃げたって聞いたが、運がいいな」

「ガキ一人なら、首輪つけて売れる」

女が笑う。

レンは、静かに影を広げた。

逃げる選択肢はない。

――殺す。

だが、前と違う。

衝動じゃない。

怒りでもない。

選択だ。

影が地面を這い、男の足首に絡む。

同時に、レンは石を投げた。

顔面に直撃。

男がよろめいた瞬間、影が膝を折る。

「なっ……!?」

悲鳴を上げる前に、短剣が喉に入った。

一人。

残り二人が武器を構える。

女が叫んだ。

「…影…逃げ――」

言葉は、途中で途切れた。

影が、女の影を踏みつけた。

まるで、影同士が噛み合うように。

女が転び、首を打つ。

最後の男が逃げようとした。

レンは、追わなかった。

影を伸ばし、背中を撫でる。

――吸う。

男の動きが止まり、崩れ落ちた。

三人分の命。

影が、明らかに“喜んだ”。

レンの痣が、胸元まで広がる。

でも、痛みはない。

代わりに、妙な静けさがあった。

「……」

吐き気はなかった。

涙も出なかった。

ただ、確信があった。

この力は、

使わなければ、もっと多くが死ぬ。

少なくとも、レンはそう思うことにした。

死体を漁り、レンは装備を整えた。

短剣をもう一本。

小さな革袋。

銀貨一枚に銅貨が数枚。

そして、一枚の紙切れ。

街の印が押された通行証。

使える。

「……行ける」

森を出る準備は整った。

振り返ると、森の奥が見えた。

カイが眠る場所。

レンは一度だけ、頭を下げた。

「行ってくる」

答えはない。

でも、背中が少し軽くなった気がした。

街が、見えた。

高い壁。

門。

衛兵。

かつて、首を刎ねられかけた場所。

レンは影を纏い、歩き出す。

もう、怯えない。

もう、逃げない。

この街で、

この世界で、

生き残るのは、俺だ。

そして、いつか。

ミラに会う。

許すためじゃない。

殺すためでもない。

――選ぶためだ。

影が、足元で静かに蠢いた。

まるで、名前を欲しがるように。

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