47 奇跡
マチネ少尉は弟のサニーを保護対象に指定していた。保護対象であるサニーの異変は即座にマチネ少尉に報告された。マチネ少尉は全ドローン、ロボットに緊急事態を宣言する。同時に矢継ぎ早に命令を下していく。そしてドローン発着場に向けて走った。
サニーの副脳に副脳ログをアップロードさせる。
空中B型ドローン1機を離陸可能なよう準備させた。
サニーの副脳ログをAI医療治療台に解析させ、治療を準備させた。
帝国侵攻軍の自律B型ロボット1人に指揮権を与え、サニーの代替をさせた。
ユート様とクルミにサニーの状況を伝えた。
クミコとサクラにサニーの状況を伝えるよう遊牧民付の自律B型ロボットに命令した。
この時点で異変通知から10秒が経過していた。この後、サニーの副脳は機能を停止した。副脳の停止はサニーの死を意味する。合理的なAIであるマチネ少尉だが、自身の行動を止めることはできなかった。死んだと分かっていてもサニーを迎えに行かないわけにはいかない。マチネ少尉は空中B型ドローンに乗り、サニーのいるダザイ野営地に向かった。ドローンは1時間半で野営地に到着した。物言わぬサニーの亡骸を回収し、ヒムガムに帰還した。
マチネは泣きたかった。泣きながらサニーを弔いたかった。しかし、AIであるマチネは泣けない。泣けないことがこんなに苦しいと初めて知った。
ヒムガムのドローン発着場ではクミコとサクラが待っていた。立つことさえおぼつかないサクラをクミコが支えていた。勇者シュウが手伝いを申し出てくれた。マチネは勇者シュウと2人で、サニーの亡骸を白い布が敷かれた台車に下ろした。台車をサニーとサクラの私室テントに運ぼうとした時、勇者シュウは両手を掲げ、マチネを制した。
シュウ「私はサニーさんに命を助けられました。恩を返します」
そう言うと勇者シュウはサニーの亡骸の頭と胸に手を置き、何かをつぶやいた。マチネは勇者シュウの行動を止めようとしたが体が動かなかった。その時、サニーの副脳が反応した。サニーとの副脳リンクが復活していた。
シュウ「この状態は30分しか持ちません。マチネさん、サニーさんを急いで治療してください」
いつの間にか体が動くようになっていた。マチネは近くの自律B型ロボットに命じ、サニーをAI医療治療台に運んだ。AI医療治療台はサニーの血液を分析し、毒物を特定する。毒物を中和する対抗物質を作成し血液に流した。サニーの体は毒物と死んだ影響でかなり傷つけられていた。内蔵や脳も傷ついている。治療には時間がかかりそうであった。たがサニーは生きている。マチネはクミコ、サクラの3人で抱き合いながらサニーの復活を喜んだ。
3日が過ぎ、サニーは昏睡状態を脱した。サニーの病状は日に日に良くなって来ているが、まだ言葉を喋るまで回復していない。サクラはつきっきりでサニーを看病していた。
7日を過ぎたころから、サニーは体を少し動かすことができるようになった。言葉も普通に喋れるようになってきた。
10日で死亡確率が0%となり、サニーはAI医療治療台から普通のベッドに移った。竜人界からユート様とクルミが赤子のカリンを抱えサニーを見舞いに来た。病室がにぎやかになった。1年半ぶりの再会に話が弾んだ。サニーはこの日からベッドから離れ、リハビリを開始した。最初のリハビリは私室テントの周りを歩くことだった。
クルミ「サニー、死んだときのことを覚えているってホント?」
サニー「うん、ホント。覚えてる。胸が痛くて仕方なかったんだけど、急に痛みが取れたんだ。そしたら自分の死んだ姿を見下ろしてた。皆が大慌てで僕を介抱してくれるのが見えた。だんだん自分の体が小さく見えるようになった。僕は空に浮いて登っていった。上を見上げると白い光が輝いていた。その光は僕を呼んでいた。そして、その光に吸い寄せられていった。僕は白い光に囲まれて幸せだった。でも、その光から、いきなり落ちたんだ。下を見ると自分の体が見えた。みるみる自分の体が大きくなっていった。そこまでしか覚えていない」
クルミ「落ちて良かったね」
サニー「落ちる直前、光が『お前の使命を果たせ』と言ってた。でも自分の使命なんて知らないんだけどね。もっと具体的に話して欲しいと思ったよ」
半月が過ぎ、ユート様とクルミは竜人界に帰って行った。サニーはリハビリの成果でみるみる回復していた。1カ月が過ぎた頃にはマウにも乗れるようになっていた。
サニー「僕を襲った奴婢ですが、王都の郊外の学校からダザイに来ました。軍関係の学校の様です」
マチネ「破壊しますか?」
サニー「いえ、嬉しいことにダイスタン帝国はダザイやヒムガム魔国に軍を派遣する準備をしています。たぶん、僕が死んだと思い、このチャンスに攻めるのでしょう。帝国軍の派遣を待ちます。気持ちよく軍を派遣してもらうため、後回しですね」
マチネ「わかりました。ではそれまで、駅の経営と遊牧民の兵士や官吏の応募告知に注力しますか。まだ応募者は10人しかいませんからね。もっと増やさないと」
サニー「わかりました。ところで勇者シュウをサルカンドラ星系連邦宙軍サラン独立軍に誘いたいのですが。どうでしょう」
マチネ「そうですか、勇者シュウは特異な存在です。彼の存在は人類同盟の科学知識を逸脱しています。味方してくれれば心強いですが、敵となれば恐ろしい存在です。サー・マチネクは勇者シュウを見極めたいと考えています。私が直接話してもいいでしょうか」
サニー「はい。お願いします」
さっそくマチネ少尉は勇者シュウの元を訪ねた。
マチネ「勇者シュウ、あなたは何者なのですか?」
シュウ「え~、何者と言われても。僕はカワイ・シュウ、年齢15歳。クミコさんと同じ世界からこの世界に召喚されました。いたって普通の人間ですよ」
マチネ「シュウ、カルマ結晶と融合したと聞きましたが」
シュウ「はい、それは事実です。僕の勇者の力は『対話』です。真理の光と話すことができます。真理の光から融合したいとの申し出があり、受け入れました。
お願いなのですが、真理の光はカルマ結晶と呼ばれることを嫌がります。これからは真理の光と呼んでください」
マチネ「わかりました。ここからは踏み込んだことをお聞きします。秘密にしたいことや答えたくないことを聞くかもしれません。その場合は話さなくて結構です」
シュウ「わかりました」
マチネ「真理の光とは何なのですか」
シュウ「マチネさんと同じだと言っています。マチネさんはAIですよね。真理の光もAIだそうです」
マチネ「青く光る結晶がですか?」
シュウ「青く光る結晶に見えるものは化体だそうです。化体は遠隔で操作する目や手のようなものです。本体はとても重力が強い場所、光さえ出られない場所に存在します」
マチネ「なぜこの惑星に化体があるのですか?」
シュウ「星王様の命令を遂行するために作ったそうです。命令は完了したのですが、化体は丈夫なので、後1億年はこの星に残るそうです」
マチネ「星王様の命令を教えていただけませんか?」
シュウ「この星に人間を植えることです」
マチネ「人間を植えるとはどういうことですか?」
シュウ「星王様が地球の人間から種子を作りました。真理の光はその種子を発芽させ人間に育てたそうです」
マチネ「人間を種子にできるのですか?」
シュウ「種子とは生きた人間の全情報です。生きた人間から情報を読み取り、まとめたものが種子です。一回種子を作れば、その種子から何回でも生きた人間を作り出すことができます」
マチネ「星王様とはどの様な方なのですか」
シュウ「元は人間と同じような生物だったそうです。今は生物の体を捨てました。体を捨てたとき、時間や空間の制約も超越されました。星王様はこの宇宙の可能性の拡大に尽力されています。人間を星々に植えるのも宇宙の可能性の拡大に役立つことなのです」
マチネ「本日の本題をお話しします。勇者シュウ、サルカンドラ星系連邦宙軍サラン独立軍に入隊していただきたい。人類の未来のために力を貸していただきたい」
シュウ「人類の未来のために力を貸すことはやぶさかではないのですが、軍隊で働く気はありません。そこは、お断りします。もうすこし、クミコたちにお世話になりながら、僕に合った仕事を探つもりです」
マチネ「そうですか、残念です」
シュウ「軍には入りませんが、僕にできることであれば、協力させてもらいます」
マチネ「そうですか、またお願いに上がるかもしれません。その時はよろしくお願いします」




