37 朝貢令
ここまでの思索で、迷いが吹き飛んでいた。私は自信を持って朝貢令をヒムガム魔国にぶつけることができる。私たちはヒムガムの手前10Kmの地点で野営し、明日は早朝からヒムガムに向かうことにした。魔弟との会見が楽しみだ。
早朝、夜明けと共にヒムガムに向かう。一緒に兵士を連れて行くか迷ったが、連れていかないことにした。数百名であればいざ知らず10名程度の兵士では魔弟に圧力を掛けられない。ヒムガムまでの10Kmを歩いたが、途中、住民には出会わなかった。町の東門は壊れ、瓦礫となっていた。ヒムガムの民は本当にこの場所にいるのかと不安になった。その時、上空から1匹の飛竜が我々の前に降りてきた。
飛竜「止まれ、これより先はヒムガム魔国の王都、許可なき者は立ち入り禁止だ。帰れ」
飛竜は空中で静止し、私たちに命令した。護衛長が返答した。
護衛長「我らはダイスタン帝国の使節だ。ヒムガム魔国の魔弟様にお会いしたい。案内を頼む」
飛竜「しばし待て」
5分ほど、待たされた。
飛竜「許可が降りた。地面に赤線を描く。その赤線より外に出るな。出れば殺す。矢印の方向に歩け」
飛竜は前方から、我々の頭上に移動した。すると地面に我々を囲む光る赤線が浮かび上がった。同時に前方の地面に白く光る矢印が現れた。
ベルク「皆、飛竜に逆らうな。赤線から出るな。矢印の方向に進め」
魔王軍には人間しかいないと思い込んでいた。頭上の飛竜がその思い込みを破壊した。私は野営地を出た時の自信を失いかけていた。陰鬱な思いを抱き、町中を歩いた。町中の通りの両脇の建物は皆瓦礫となっていた。そして、町中には人がいない。この町には2600人以上の奴婢がいるはずだ。奴婢は何処にいるのだろうか。30分ほど歩き、壊れ、瓦礫となった北門が見えてきた。北門の中央にはポールが立っていて、そこには旗がはためいていた。白地で中央に赤丸の描かれた旗だった。そして奴婢達がどこにいるかがようやく分かった。
北門の外は広い広場になっていた。奴婢の一部だろうか、100匹ほど奴婢がマウに乗る訓練を受けていた。広場の左側には濃緑の布製の家が見渡す限り続いていた。町の正面には真四角の建物が4棟建っていた。驚いたのはその大きさだ。高さは王都の宮殿より遥かに高い。横幅も4棟合わせると宮殿より広かった。広場の右側には壁のないテントが連なっている。私たちはそのテントと瓦礫となった街並みの間を案内された。壁のないテントでは大勢の奴婢が文字や計算などを学んでいた。教えるのは人間ではなかった。魔人とも違う、おとぎ話に登場するゴーレムの様であった。
何十もある奴婢を教育するテントを過ぎ、暫く歩くと、壁で囲まれた区画に案内された。区画の前には遊牧民の青年が待っていた。案内は飛竜から青年に引き継がれ、区画の中の布の家に案内された。室内は奥の真正面には白地で中央に赤丸の描かれた旗が飾られていた。家具は入り口側に椅子が5脚と机1脚、奥に椅子2脚と机1脚、それ以外何もなかった。とても大国の使節をもてなすものとは思えなかった。私たちは入り口側に椅子を勧められ、そこに座って待つように言われた。
しばらくすると小柄な魔人が2体のゴーレムを連れて入室してきた。私は頭が回っていなかった。座ったまま魔人をぼんやり見ていた。竜人界で見た魔人と瓜二つ、背格好が小柄という以外区別が付かなかった。私が着席したままであることに気付いた護衛に促され、驚いて立ち上がった。
魔人「ダイスタン帝国の使節の方々、座られよ」
魔人に着席を促された。我らは一礼し、着席する。魔人も着席した。地獄の底から湧き上がるような魔人の声も記憶通りであった。
魔弟「私はヒムガム魔国の魔弟、サニー・ヒムガムだ。私に何用かな?」
私は脂汗をかいていた。ヒムガム魔国は私が事前に想定していたものとはまったく違っていた。正確に検証したと思っていたが、まったく検証できていないことに気付いた。耳目声は何を調べていたのか、怒りが湧き上がる。だがもう、サイは投げられている。朝貢令を止めることなどできない。もし止めれば、私は自分の護衛に皇帝反逆罪で殺されるだろう。私がヒムガム魔国で感じたことは、是が非でも皇帝陛下に伝える必要がある。私は自分の浅はかさを後悔しながら、朝貢令を読み上げた。
私「私はダイスタン帝国高級相談役のベルクと申します。ダイスタン帝国陛下の勅令を持ってまいりました。読み上げてよろしいでしょうか」
魔弟「勅令だと、ふざけるな。ダイスタン帝国は我が国を愚弄する気か。脅せば、ヒムガム魔国を隷属させられると思っているのか。ヒムガム魔国を隷属させたければ力を示せ」
私「ダイスタン帝国を愚弄しますか」
魔弟「隷属しない相手に勅令を読むのは愚弄だろう。愚弄したのはお前達だ。愚弄が通じぬと大声を出し威嚇する。それがダイスタン帝国の礼儀なのか」
私「・・・・・」
魔弟「まあいい。その勅令を私に寄こせ」
魔弟の気迫と正論に返す言葉が無かった。言われるまま、手に持った勅令を魔弟に渡した。魔弟は勅令を一読して、勅令に筆で「バカ」と上書きし、自らの署名を記入する。そして私に投げて寄こした。
魔弟「これがヒムガム魔国の返書だ。気を付けて帰れ。途中で死なれては我が国の返書がダイスタン帝国の皇帝にに届かぬからな」
ヒムガム魔国が朝貢に応じないのは想定通りであり、朝貢に応じないヒムガム魔国への軍による討伐も既定路線であった。しかし、肝心のヒムガム魔国が想定外なのだ。私は自分の破滅を予感していた。




