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32 サクラ姫

ユートたちの行商の隊列を遠くから監視する者たちがいた。人数は5名、4名は取り寄りだが、1名は少女だった。彼らは斜め右前方1Kmをユートたちの行商の隊列と同じ速度で並走していた。


サクラ「行商人など初めて見た。久々の獲物だな。これでキャンプの皆も喜ぶだろう。よくやったお前たち」

ベル爺「儂もこの地に来て行商人は初めてです。行商人の荷は何でしょう。この距離では、もう儂の目では旗が読めません。姫様、読んくだされ」

サクラ「一本は塩と書いてある。もう一本は字ではないな、何かの(しるし)だ」

ベル爺「どの様な印で?」

サクラ「白い旗の中は丸い赤だ」

ベル爺「白い旗の中は丸い赤ですと! 姫様、旗は盟約の印です。なぜ、盟約の印が今現れたか、不審ですが、調べなければなりません。調べがつくまで、決して襲ってはなりませんぞ」

サクラ「盟約の印とは何だ。ベル爺」

ベル爺「10年前、我一族はエリコ一族と兄弟の盟約を交わしました。その盟約を祝い、姫様のお父上がエリコ一族に渡したのが盟約の印です。ただ、10年前にエリコ一族は滅びました。盟約の印はその時、失われたと思っていましたが、エリコ一族の生存者に伝わったのかもしれません」

サクラ「父も亡くなって3年、盟約の印など無効であろう」

ベル爺「何を言いますか! 盟約の印は儀そのもの。義を蔑ろにするのであれば、誰も姫様には従いませぬぞ。我ら4人も姫様には従いません」

サクラ「すまぬ。悪かった。ベル爺、私を一人にしてはいかん。皆も私から離れてはいかん」

ベル爺「泣き止んで下され。強く言い過ぎました。姫様に泣き顔は似合いません。我らは姫様を最後までお守り致します」

サクラ「きっとだぞ」

ベル爺「行商人が我らのキャンプに近づいてきました。これ以上、連中をキャンプに近づけるのはまずいです。行商人の足を止めて、連中が何者か調べましょう」


*    *


20分前から右前方1Kmに私たちを並走している5人がいた。


クルミ「なかなか近づいて来ませんね。彼らがヒムガムなのでしょうか」

マチネ「間違いなくヒムガムです」

サニー「僕がマウを走らせて聞いてきましょうか」

マチネ「サニー、待ちなさい。連中から近づいて来ました」

私「友好的に話したいが、どうしよう」

マチネ「そうですね。最初が肝心ですね。ここはやはりサニーに行ってもらいましょうか。サニー、しっかり交渉しなさい」

サニー「はい。頑張ります。マチネ姉さん」


そう言うとサニーは一瞬顔を歪めたが、元気よく5人組に向かってマウを走らせて行く。マチネはサニーに圧縮送達を行った。軍事リンクを使い、大量の情報を共有する手段だが、副脳を経由して大量の情報が脳に流れ込むため、熱いと感じるのだ。

しかし、我が隊の作戦参謀の作戦は面白い。


*    *


私たちが行商人を足止めしようと、進んでいると、行商人の隊列から1頭のマウが別れ、こちらに走ってきた。マウには少年が乗っている。

「ホホーィ、ホホーィ」

私たちは姫様を守るため、先頭の姫様を後方に下げた。そして私が先頭に出た。

ベル爺「ホホーィ、ホホーィ」


少年「ヒムガムの方ですか?」

ベル爺「確かに我らはヒムガムだ。そなたは何者か」

少年「私たちは魔王軍です。私はサニー、階級は二等兵です」

ベル爺「聞きたいことは山ほどあるが、お前達がなぜ、盟約の(しるし)を持っておる」

少年「盟約の印ですか?」

ベル爺「塩の旗の隣に掲げている旗が盟約の印だ」

少年「あー判りました。あの旗を盟約の印と言うんですね。盟約の印はスランカの族長から頂きました。盟約の印を持っていけばヒムガムから攻撃されないと聞いています」

ベル爺「スランカか。懐かしい名前だ。先ほど魔王軍といたったな、なぜ行商人に化けている?」

少年「魔王軍としてこちらに来ると、遊牧民に驚かれて逃げられてしまいます。ヒムガムの居場所は遊牧民からしか聞けませんから。遊牧民に逃げられないよう行商人に化けました」

ベル爺「魔王軍とは何だ。奴婢狩りの手先ではなかろうな」

少年「魔王軍は魔王様の軍隊です。奴婢狩りの傭兵とは関係ありません」

ベル爺「何用で魔王軍はここに来た」

少年「リンガハンはごぞんじすよね」

ベル爺「リンガハンは知っている。リンガハンと魔王軍は関係あるのか」

少年「1か月前、魔王軍はリンガハンを攻撃し、滅ぼしました。王族、貴族、住民を追い出したのですが、千人程の奴婢たちが残りました。この元奴婢たちをヒムガムの皆さんに、導いて頂きたいのです。そのお願いに来ました」

ベル爺「なぜ我らに頼むんだ。大平原には無数の部族がいる」

少年「奴婢狩りに抵抗したのはヒムガムだけです。魔王様はヒムガムに導いて欲しいと考えています」

ベル爺「我らの見返りはなんだ」

少年「三つ用意します。一つ目は都市のリンガハン、二つ目はリンガハン周辺の牧草地です。100部族が放牧してもまだ余る牧草地です。三つ目は安全保障です。ヒムガムの力が安定するまで、ヒムガムと元奴婢たちを外敵から守ります」

ベル爺「魔王軍にその力があるというか」

少年「はい、あります」

ベル爺「ではその力を見せてくれ」

少年「わかりました。西の空を見上げてください」


少年が数を読み上げ、数を減らしていく。0を読み上げた時、天から雷が落ちてきた。雷は一直線に西の草原に落ちた。十数秒後、バリバリと轟音が鳴り響き、消えていった。


ベル爺「我らだけで話をさせてくれぬか」

少年「いいでしょう。お待ちします」


とんでもない話が舞い込んだ。我ら姫様養育隊ではとても判断できない問題だ。とにかく魔王軍を野営地に導き、族長に合わせることに決めた。そのことを少年に伝えた。少年は行商の本隊に戻ると思ったのだが、戻らない。本隊に報告しなくて良いのかと尋ねたが、もう報告は終わったという。魔王軍では離れた相手とでも話すことができると言われた。


サニー殿は姫様のマウの横に、自分のマウを並ばせながら、しきりに姫様に話しかけているが、姫様は相手にしない。さすが姫様だ。しかし、これだけ姫様に邪見にされても、全くめげないサニー殿にも感心する。我らが介入しなくても、姫様だけでサニー殿など問題なくあしらうことができる。


しばらく進むと先ほど、雷を落とした土地に行き当たる。我らのキャンプ地ほどの広さの土地が焼け焦げ、生えているはずの草が消えていた。焼けたせいで土はほんのり赤みを帯びていた。まだ、土地自体が周りより熱を帯びている。


もうじき野営地に着くという時、我ら姫様養育隊は落ち込んでいた。姫様とサニー殿は互いに「サクラ」「サニー」と呼びあっている。一言二言話す毎の会話に姫様の笑顔と笑い声が混じる。姫様は野営地に着いたということに気付かないほど、サニー殿との会話に夢中の様だ。姫様にとってサニー殿は良いお相手かもしれない。しかし、3歳よりお育てした姫様養育隊にとって悔しい限りだ。


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