27 意図
最後のリンガハン接収の告知を終え、ドローンが帰投した。私とサニーは筏に戻った。明日からリンガハン接収作戦が始まる。接収部隊は明日、竜人界を出るところまで来ている。後3日でリンガハンに到着する。
夜1時を回った。C型高機動艦アイエナは爆弾投下ポイントに到着した。6発の誘導落下弾を投下した。落下弾は30分で目標点に到達し、それを破壊した。誘導落下弾には爆薬は搭載されていない。自重と落下速度で目標を破壊する。目標破壊時の音は大きくない。しかし、数秒遅れて誘導落下弾の衝撃波が町を襲った。この衝撃波の音は凄まじく、リンガハンの住民全員をたたき起こした。住民はその夜、眠れなかった。ただ、夜明け前で暗いため、何が起こったか分からず、平静を保っていた。
朝8時、王宮では官吏を町に放って被害を調査させていた。王族にとっては優雅に朝食を楽しむ時間だが、王は既に執務の間で、官吏の帰りを待っていた。王宮の正門は消え、そこには直径10mの浅い穴ができていた。王宮に出仕した官吏から町でも被害が出ている旨の知らせを受け、調査に官吏を派遣した。
更に厨房より、水が出ないとの報告が上っている。同様の報告は貴族からも上っていた。王城は上水路の最初にあり、次に貴族町、平民町に流れる。王城で水が出ないのであれば、リンガハン全体で断水したと考えて良い。
官吏「申し上げます。警察署が消えております。警察署のあった所は穴になっていました。現場の衛士に聞いたところ、昨夜は2名の衛士が夜勤でしたが、行方不明とのことです」
王「これで2カ所か。他の被害はあるか。トマス」
国務大臣「上水路には衛士3名を調査に向かわせました、町中には官吏達を調査に向かわせました。しばらくお待ちを」
王「魔王の仕業と思うか」
国務大臣「間違いなく、魔王軍の攻撃かと」
官吏「申し上げます。北門が消えていました。北門のあった場所には穴が開いていました。門に近い宿が6軒崩れて瓦礫となっています。人の被害状況は調査中です」
官吏「傭兵団本部5軒と傭兵宿舎30寮が消えていました。傭兵団の東にある奴婢商の商店も倒壊多数、人的被害ですが、甚大です」
国務大臣「カル傭兵団の本部と傭兵宿舎はどうなっていた」
官吏「現場は大穴となっていてカル傭兵団の場所は分りませんが、傭兵団の建物は消えて無くなっています。傭兵宿舎も同様に消えました」
官吏「申し上げます。西門はありませんでした。西門で宿直した衛士が2名行方不明です」
王「トマスよ。何か打つ手はあるか」
国務大臣「頼みとしていた傭兵が消えては、魔王軍と戦うのは無理でしょう。残務は私が引き受けます。まだ魔王軍は現れていませんが、急がないと手遅れになります。王には官吏1人と衛士1人を付けます。準備する時間もありません。身一つでアロキアに避難してください」
王「わかった。トマスよ。そなたはどうする」
国務大臣「魔王軍を待ちます。町に残るリンガハンの民を代表して魔王と交渉致します。王には我妻子の行く末をお頼みいたします」
王「トマス、我弟よ。そなたの妻子は予の家族としよう。そなたの忠誠忘れぬぞ」
リンガハンは水の全てを上水路に頼っている。上水路を絶たれては町は存続できない。魔王はリンガハンを不毛の地に返そうとしている。当初、私は魔王はリンガハンを欲していると思っていたが、勘違いだった。国務大臣として自分に何ができるかトマスは思索する。リンガハンは諦めるとして、アロキアは守りたい。アロキアを失えばリンガハン王国は消滅する。魔王が何を考え、何を欲しているか分からない今、私にできることは、魔王と会談し、魔王の意図を探ることだろう。それが判れば、アロキアを守る手段が解るかもしれない。是が非でも魔王と会談しなければ。
一方、町では水が出ないことでパニックになっていた。西門や北門が消えたことで生活に支障は出ないが、水が止まれば生活できない。平民たちは上水路が止まったことで、自分達が重大な局面に立っていることを強制的に認識させられた。カメに溜めた水など1日で尽きよう。しかし、逃げる先に宛てのない平民は動くことができなかった。王族や貴族の動きは素早かった。既に妻子をアロキアなどに避難させている。魔王軍が到着する前に逃げ出していた。使用人なども重要な者は引き連れて避難した。
昨夜の爆撃の効果を確かめるため、日の出と同時にドローンを飛ばした。西門を確認した。円形のクレーターができていた。住民がクレーターを遠巻きに確認していた。ドローンは北門に移動する。やはり、北門はクレーターとなっていた。北門跡の西側を確認すると、傭兵団の建物は全て消えていた。北門より更に大きいクレーターができていた。警察署と王宮の入り口にもクレーターができていた。
ドローンは岩石地帯の貯水池と上水路に向かった。貯水池と上水路を繋ぐ連絡路を崩れた崖の土砂が塞ぎ、水路に水が流れていなかった。理想的な水路の遮断であった。これであれば、10人で1週間も作業すれば、元通り水を流すことができるだろう。
リンガハンはクルミやサニーにとって故郷であるとともに、悪の元凶でもある。自分達を苦しめた奴婢制度は自分の故郷が支え、維持していた。さらに利益まで享受していた。そのことに二人は感づいている。
ダイスタン帝国の奴婢制度はリンガハンが起点となっている。西で暮らす遊牧民の子供を原料として、ダイスタン帝国全土に供給する奴婢の供給体制、その起点がリンガハンなのだ。この制度は経済的なメリットで支えられているため、人権主義や人道主義など、生ぬるい手段では壊すことができない。私の取る強硬手段で、多くの命が失われるだろう。だが、私は迷わない。奴婢制度は犠牲を厭わず、必ず壊す。
今も、3兆人という人類がビランにより遺伝子改造され、奴隷として、労働を課せられている。奴婢を見るとビランによる人類奴隷を思い出す。ビランによる人類奴隷が悪であれば、この世界の奴婢制度も悪だ。私のこの思いは間違いなく、サルカンドラ星系連邦宙軍サラン独立軍の意志に昇格している。
マチネ少尉やサー・マチネクは本作戦における私の意図を見抜いている。そして、何も言わないし、止めないどころか、逆に積極的に応援されている。
奴婢制度の破壊はまだ道半ばだ。次の仕掛けを発動しよう。




