7゜
2話に分割するには短かったので長めになってます。
(2026/04/26 修正版差し替え)
公開生放送当日、空はきれいな青一色。絶好のイベント日和で、お客さんもたくさん来てくれるはず。
でも、俺はというと……。
現場に着いた俺を見て、瀬田があからさまな顰めっ面をしている。
「西條、なんでそんなテンション低いんだよ。天気も良くて、公開生放送日和だろ」
「……ごめん、本番始まる前までには切り替えるから」
漫画だったら、確実にバックに縦線背負ってるだろうなって思う。
でも、今こんな状態になっているのは今井さんのせいだ。
「現場に持って行く編成の荷物が思ったより多くて、西條くんは技術の車に乗せてもらってね。横川くんには話を通しておいたから」
と、サラッと言われたんだよ。
しかも昨日。せめてもう少し前なら心の準備も出来たのに。
理由を聞かれるのが嫌で、拒否するわけにもいかず。仕方なく技術の車に乗せてもらった。
ここにくる間ずっと、久保さんは俺にちょっかいをかけてきて大笑いしてたし、先輩は運転に集中しているけど、どこか不機嫌な感じだったし。
そんな車内の空気、俺がどうにか出来るわけもなくて、神経削られっぱなしだし。
到着した時の気分はもう、仕事終わり……になってもしょうがないだろ。
そんな状況だったんだから、テンションダダ下がりなのは許して欲しい。けど、瀬田にしてみればそんなことは関係ないよな。
「ほら、準備しないとあっという間に始まるぞ」
瀬田にポンっと背中を叩かれ、無理やり気合いを入れられた。
公開生放送が始まる1時間前からアンケートとリクエストの受付が始まった。
ステージ上ではリハも始まり、DJがアンケートとリクエストの呼び込みをしているのが聞こえてくる。
今日は休日ということもあって、まだ生放送が始まってもいないのにお客さんがいっぱいだ。
ステージ横のアンケートブースも賑わっている。
「思った以上にお客さん多いな」
ステージ横のテントで休憩している瀬田が他人事のように呟いてる。
この余裕、リハは問題なく終わったんだろう。
そんな瀬田の前に、リクエストカードの束を置く。
「とりあえず、番組前にこれだけあれば大丈夫かな。用意した曲も全部リクエストに変えられそうだし」
瀬田がぱらぱらっと目を通すと、何枚か抜き取ってる。インカムで本社のADに指示を出してる分は、そのまま採用か。
「半分以上は水島エリカ目当てだろうな」
まだ始まってもいないのに、ステージ前にはすでに人が集まっている。
「まぁ、そうだろう。今回はここのメインビジュアルをしてるからゲストブッキング出来ただけで、普通に頼んだら無理だろ」
ゲスト枠が終わったらガラガラ……なんてことにならないといいけど。
目の前で瀬田が溜息を吐いた。
……多分、考えてることは同じだろうな。
水島エリカは身長170センチ以上で、手足がすらっと長い。ロングの黒髪はツヤツヤ、瞳はパッチリ二重。リアルリカちゃんと言われてるのも納得だ。
若手トップの俳優で、映画やドラマ、CMなどテレビで見かけない日は無いほどの人気だ。
ファンじゃなくても、彼女なら一目見たいと思うだろうしな。
「西條は打ち合わせで直接会えるからいいよな」
瀬田が拗ねた顔をして肘で突っついてきた。
ディレクターはステージに貼り付きだもんな。だから、打ち合わせはADと俺ですることになってる。
「その顔、打ち合わせまでにはいつもの状態に戻しておけよ」
そう言って、瀬田は本社スタッフとの最終打ち合わせに戻っていった。
公開生放送が始まった。
事前準備もバッチリで、順調に進んでる。それなのに、急に今井に呼ばれた。
テントに戻ると、なんかみんな集まって話し込んでる。
「ゲストの乗った車が、ここへ来る途中の事故渋滞にはまってるって。そのせいで到着がかなり遅れるみたい。もう近くまでは来てるって話だけど、予定の時間では無理そうね。だから瀬田くんと相談してきて」
「……急いで瀬田に伝えます」
Qシートを見ると、ちょうど2曲つながるタイミングだった。
ステージ上にいる瀬田に手招きする。
「なに?なんかあった?」
「たった今連絡が来たんだけど、ゲストの到着が遅れるって。事故渋滞にはまってるらしい」
すぐさま、瀬田がインカムで本社Dに追加の指示を出した。どうやら、追加でもう1曲かけてもらうらしい。
とりあえず、どうするか考えるため、瀬田の持ってるQシートを覗き込む。
「いつ到着するか予想できないから、とりあえずゲストは最終ブロックへ移動するしかないな」
Qシートの最後を指差しながら、瀬田が今後の流れを纏めていく。
「まぁ、それしか無いよな。ゲストの打ち合わせは到着前に電話でしておくよ。伝えておくことある?」
「そのままで大丈夫。あとはゲストの出演時間が事前に発表されてるからその対応をどうするか…」
「それはオフエアでアナウンスして、本線には乗せなくていいや。現場以外は俺がSNSで対応する」
「了解!じゃあ、そういうことで」
瀬田とグータッチして、それぞれ持ち場に戻った。
結局、水島エリカが到着したのは出演時間の10分前だった。
何事もなかったかのように登場して、最後まで笑顔で会場を盛り上げてくれた。
お客さんも最後まで残ってくれたのは、ゲストが遅れたおかげだな。
結果、全部うまくいった……ってことでいいのか?
まぁ、そういうことにしておこう。
「「「お疲れさまでした!」」」
現場スタッフ、本社スタッフ、みんなで挨拶をすると本当にイベントが無事に終わったんだなって実感する。
「どう?初めてのイベントが無事に終わった気分は」
瀬田が近寄ってきたと思ったら、今まさに思ってたことを聞かれてビックリした。
「色々あったけど、達成感がすごい。みんなで何か一つの事をやるって楽しいな」
「だよな。でも、まずは作ってる俺らが楽しくないと。そういう空気って、リスナーは敏感に感じ取るんだよ。だから、西條が楽しかったなら成功なんじゃない?メッセージもいつも以上に来てたし」
持っていたタブレットでメッセージ数やSNSの反応を見せてくれる。
「そうだ、水曜日にお疲れ様飲み会しようよ。俺は次の日休みだし、西條は次の日昼からだろ?」
片手でビールを飲む仕草をしながら誘ってきた。瀬田って二十代のはずなんだけど。
そのゼスチャーはどうよ…と思いながらも、親指を立てて了解と答えた。
自分も同類か。
「よし、そうと決まれば撤収作業頑張りますか」
「そうだな」
お互い顔を見合わせて笑うと、それぞれの片付けを始めた。
「西條、お疲れ。早かったんだな」
「今日は仕事のキリがよくて、サクッと局を出れた」
店に入ってきた瀬田が、一瞬びっくりした顔をしてこっちを見た。多分、自分の方が先だと思ってたんだろうな。
俺の半分に減ったビールジョッキに視線をチラッとよこすと、自分も「ビール一つ」って注文している。
今日の集合場所は、瀬田の餃子とビールという希望で、一駅隣の餃子チェーン店になった。
まだ午後6時だからか、お客さんも少なくて席が選び放題。二人なんだけど、一番奥の六人掛けボックス席に陣取った。
だって、長時間居座ることになりそうだし。居心地は大事だ。
追加注文もしたし、もういいよな。
「イベントお疲れ様でした」
ジョッキを合わせると、ゴトッと鈍い音が響く。相当喉が渇いていたのか、すでに瀬田のジョッキも半分ほど空になってる。
「ショッピングモール側から、またよろしくお願いします。って言われたらしいよ。結構数字良かったみたい」
「そうなんだ。今回は営業物件満載だったから大変だったけど、まぁ、やってよかったな。ギリギリまで原稿の直しとか……思い出したくもないけど」
向かいで、瀬田が明らかにホッとした顔をしてる。俺はサポートみたいなもんだったけど、瀬田は全部考えてあれをやったんだもんな。
「今度は俺と瀬田の二人で何かしたくない?イベントじゃなくて特番でいいからさ」
「そうだな、なんか考えるか」
それから二人で、こうでもない、ああでもない……と企画を考えてたら、あっという間に時間が溶けていった。やっぱり瀬田といると楽しいな。
……そんな時だった。
「西條。最近、人間関係で何かあった?」
仕事の話は楽しそうにしてるからさ……と瀬田が心配そうな顔をして聞いてきた。
気持ちよく酔いが回って、いい気分だったのに。
今、一番触れて欲しくない話題を振ってきて、思わず飲んでいたビールを吹き出しそうになった。
「何かって?特にはないけど……」
「で、何があった?」
あ〜、これは……何かあったってバレてるな。
こうなると、話すまで解放してくれないんだよ、瀬田って。
はぁ〜。
仕方ない。覚悟を決めて、ここ数週間のことを話した。
「はぁ?あの人、本当にしょうもないな。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、フォローするならまだしも……」
目の前で大きなため息を吐きながら「西條は怒っていいよ」って言いながら、俺の代わりに怒ってる。そんな瀬田がスマホで電話をかけ始めた。
『今どこ? それなら来れるよね? うん、分かった。 必ずきてよね』
「誰?」
なんか一方的に喋ってた気がするけど……。
「30分ぐらいで来るみたいだから」
瀬田はそれだけ言って残りのビールを飲み干すと、おかわりを注文していた。
「思ったより早かったな」
瀬田が入口の方を見たから釣られてそっちを見ると、入ってきたのは久保さんだった。
「なんだ、瀬田だけかと思ったら西條も一緒か」
瀬田の横にどかっと座ると、早速、店員さんを呼んでビールを2杯注文している。
ビールが来るのが待てなかったのか、勝手に瀬田の残りのビールを飲んでるし。
「勝手に飲むなって」
「別に、瀬田の分も注文したからいいだろ。急いできたんだし」
あまりの展開の速さに呆気に取られる。
何が起こってるんだ?
「で、なんで俺が呼ばれたんだ?」
久保さんが俺と瀬田を交互に見ながら聞いてくるけど、そんなの俺が知るわけない。
呼んだのは瀬田だし。
「最近、西條が精神的に落ちてることが多いんだよ。で、訳を聞いたら、原因は久保さんだって」
「はい?」
久保さんが、なんのこと?って顔してるけど、マジで?
「編集室でのこと。まさか、忘れてるとか言わないよな?」
聞いた瞬間、こっちを見てニヤッとしてる。
やっぱ性格悪い、この人。
「間接的な原因は俺かもしれないけど、こいつの場合は100パー優斗だろ」
先輩の名前を聞いた途端、ズシッと心が重くなった。
確かに久保さんの言う通りなんだけど……。
気づいたら、俯いて、膝の上の手をギュッと握っていた。
なんか、瀬田と久保の声が遠くに聞こえる。
「それにしても、久保さんは引っ掻き回しすぎ。西條の気持ちが分かるなら少しぐらい協力できないのかよ」
「そう言うけどさ。俺は優斗の幼馴染で、親友でもあるからな。どっちの味方って言われたら、そりゃ、優斗だろ」
「だったら引っ掻き回さない。それ、久保さんの悪い癖だぞ」
「俺は面白いと思ったことに素直なんだよ」
「いい大人が子供みたいなこと言うなって」
「瀬田だって面白いことを見つけるとすぐに顔を突っ込むだろ?」
なんか、テンポよくポンポンと繰り広げられる会話に圧倒される。
なんでこんなに息ピッタリなんだ?
じわじわとおかしさが込み上げてきて、思わず声を出して笑ってしまった。
「……二人、仲良すぎだろ」
瀬田と久保がハッとした顔をしてこっちを見るけど、そのタイミングまでピッタリ。もう笑いが止まらなかった。
「とにかく、編集室のことは謝れって」
「わかったよ。悪かったな。ちょっとしたイタズラのつもりだったんだよ。まぁ……、これが詫びになるかは微妙だけど……」
「……?」
口ごもる久保さんが珍しくて、思わずじっと見てしまう。
迷いを断ち切るように久保さんが大きく息を吐いた。
「西條なら、優斗をなんとできるかもな。最近の優斗を見てるとそう思うんだよ」
重苦しい空気を誤魔化すように、久保さんがビールを煽った。
自宅の方向が違う二人とは店の前で分かれた。
二月。昼間は陽射しがあれば暖かい日もあるけど、やっぱり夜になると冷たい風が容赦なく吹き付ける。
まだまだ真冬なんだな。
あまりの寒さにポケットに手を突っ込むけど、酔って赤くなった頬には冷たい風が心地いい。
『西條なら、優斗をなんとかできるかもな』
一人、駅へ向かう途中、何回も久保さんの言葉が頭をよぎる。
赤信号で立ち止まった時には、その言葉で頭がいっぱいだった。
近くのガードレールにもたれ掛かって夜空を見上げるけど、真っ暗な空が広がってるだけ。
星って見えないもんなんだな……。
別に星が見たくて空を見上げたわけじゃないんだけど、なんとなく探しちゃう。
都会の夜空って、出口が見えない俺の心みたいだ。
「俺になんとかって……何なんだよ」
ひとり呟いた言葉が、白い息とともに夜の闇に吸い込まれていく。
どれぐらいそこにいたのか……多分、数分だろう。目が慣れてきて、ぽつぽつと星が見えた。
思わず手を伸ばしてみる。
なんか……それが小さな希望の光に思えた。
もう一度、先輩と話をしよう。そう心に決めて、駅に向かって再び歩き出した。
*Qシート
番組進行表のことで、時間順にコーナーや楽曲などが書かれている。これを見れば、大体の流れがわかる。
ディレクターによって形式は様々で、楽曲の情報などを細かく記載する人も。




