7゜
2話に分割するには短かったので長めになってます。
公開生放送当日は雲一つない快晴だった。雨だと客足が鈍るため絶好のイベント日和だ。
しかし、現場に着いた西條を見て瀬田はあからさまに顰めっ面をした。
「西條、なんでそんなテンション低くて仕事したくない空気出してるんだよ…」
「…ごめん、本番始まる前までにはなんとかする」
漫画だったら確実にバックに縦線背負ってるのは自分でもよく分かってる。
今こんな状態になっているのは昨日の今井のせいだ。
「明日、現場に持って行く編成の荷物が思いのほか多くて西條くんは技術の車に乗って行ってね。制作さん達と荷物乗せると1人乗れなくなっちゃうんだよね。技術の方は横川くんと久保くんの2人だから1人増えても大丈夫だと思うし」
とサラッと言われたのだ。
嫌だと言ったら理由を聞かれるかもしれないと思い仕方なく技術の車に乗せてもらった。
車内で久保は何度もちょっかいをかけてきては笑ってるし、横川は運転に集中しているように見えるが不機嫌な空気出していて、その両方の空気をなんとか出来るはずもない自分は精神をガリガリと削られ、到着した時にはもう仕事が終わった気分だった。
そんな状況だったからテンションダダ下がりなのはしょうがないと思うのだが、瀬田にしてみればそんなことは関係ない。
「ほら、準備しないとあっという間に始まるぞ」
瀬田にポンっと背中を叩かれ気合いを入れられた。
公開生放送が始まる1時間前からアンケートとリクエストの受付が始まった。
同時にリハも始まり、ステージ上でDJがアンケートとリクエストの呼び込みをしているのが聞こえた。
今日は休日ということもあり、番組前にも関わらずステージ横に設置されたアンケート、リクエストブースにはたくさんのお客さんが来てくれている。
リクエストは局のホームページからでも出来ますと案内をするが、現場でリクエストカードを書いてくれる人も多い。
「思った以上にお客さん多いな」
そう言って西條は手元に持っていたリクエストカードの束を瀬田に渡した。
どうやらリハは問題なく終わったみたいだ。
「とりあえず番組前にこれだけあればゲスト枠までの選曲は全部リクエストに変えられるかな」
瀬田がリクエストカードを繰りいくつかピックアップすると、本社にいるADにインカムでCDを出しておくよう指示をしていた。
「半分以上は水島エリカ目当てだろうな」
すでにステージ前に集まっているお客さんを見渡しながら、思わず心の声が漏れ出ていた。
「まぁ、そうだろう。今回はここのメインビジュアルをしてるからゲストブッキング出来ただけで、普通に頼んだら無理だからな」
ゲスト枠終わったらガラガラにならないといいけど…と言いながら瀬田がため息を吐いたので、そうだなと同意しておいた。
水島エリカは170センチ以上はあるだろう長身で、手足がすらっと長くロングの黒髪にパッチリ二重、リアルリカちゃんと表現したくなるほど。
若手トップの俳優で、映画やドラマ、CMなどテレビで見かけない日は無いと言うほどの人気ぶり。
そんな彼女を一目見たいと思うのは西條も瀬田も同じだ。
「西條は打ち合わせで直接会えるからいいよな」
そう言って瀬田が肘で突っついてきた。
瀬田はステージ上にいないといけないので、打ち合わせはADと西條ですることになっている。
打ち合わせまでにはいつもの状態に戻しておけよと言って瀬田は本社スタッフとの最終打ち合わせに戻って行った。
公開生放送の本番が始まり事前準備のかいもあって順調に進んでいたが、急に今井に呼ばれた。
「ゲストの乗った車がここへ来る途中で事故渋滞に巻き込まれて到着がかなり遅れるって。もう近くまでは来てるとは言っていたけど、予定の時間では無理だから瀬田くんと相談してきて」
「急いで瀬田に伝えます」
Qシートを見るとちょうど2曲つながるタイミングだった。
ステージ上にいる瀬田に手招きをするとすぐに降りてきてくれた。
「たった今連絡が来たんだけど、ゲストの到着が遅れるらしい。事故渋滞に巻き込まれてるみたい」
そう伝えると瀬田はインカムで本社Dにトラブルが発生したから追加でもう1曲かけておいてと指示を出した。
「いつ到着するか予想できないから、とりあえずゲストは最終ブロックへ移動するしかないな」
瀬田は手元のQシートを見ながらそう言った。
「まぁ、それしか無いよな。ゲストとの打ち合わせは到着してからは無理だと思うから、電話で到着前に済ませておくよ。変更点は無いんだよな?」
「そのままで大丈夫。あとはゲストの出演時間が事前に発表されてるからその対応をどうするか…」
「それはオフエアでアナウンスして本線には乗せなくていいや。現場以外はSNSで対応する」
「了解!じゃあ、そう言うことで」
瀬田とグータッチして対応するべく持ち場に戻った。
ゲストは変更後の出演時間10分前に到着し、何事もなかったかのように終わった。
それとともに番組もエンディングを迎え、公開生放送は無事終了した。
ゲストの出演時間がずれた事でステージ前にはお客さんが最後までたくさん残ってくれたのは嬉しい誤算だ。おかげでオンエア上も盛り上がった放送になった。
「お疲れさまでした!」
現場スタッフ、本社スタッフみんなで挨拶をすると本当にイベントが終わったんだなって実感する。
「どう?初めてのイベントが無事に終わった気分は」
瀬田が近寄ってきたと思ったらそう聞いてきた。
「色々あったけど達成感がすごい。みんなで何か一つの事をやるって楽しいな」
「だよな。でも、まずは作ってる俺らが楽しくないと。そういう空気ってリスナーは敏感に感じ取るんだよ。だから、西條が楽しかったならよかった。それにメッセージもいつも以上に来てたらしいから成功なんじゃない?」
そう言って持っていたタブレットでメッセージ数やSNSの反応を見せてくれた。
「そうだ、水曜日にお疲れ様飲み会しようよ。俺は次の日休みだし、西條は次の日昼からだろ?」
そう言って片手で飲む仕草をしながら誘ってきた。20代のはずなのにそのゼスチャーはどうなんだ…と思いながらも親指を立てて了解と答える自分も同類だなと心の中で苦笑いした。
「よし、そうと決まれば撤収作業頑張りますか」
「そうしますか」
お互い顔を見合わせて笑うとそれぞれの片付けを始めた。
「西條、お疲れ。早かったんだな」
「今日は仕事のキリがよくてサクッと局を出れたから」
瀬田は店に入ると先に飲んでる西條を見つけ、ビール1つと注文してから席に着いた。
今日は瀬田の餃子とビールという希望で局から1駅離れた餃子チェーン店で集合した。
まだ午後6時と早い時間だからか店内はまばらで、2人だが1番奥の6人掛けボックス席に陣取った。
完全に長時間居座る態勢だ。
「改めて、イベントお疲れ様でした」
瀬田のビールが運ばれてきたタイミングで何品か注文して乾杯すると、相当喉が渇いていたのかジョッキ半分ほどがなくなっていた。
「ショッピングモール側から、またよろしく願いします。って言われたらしいよ。結構数字良かったみたい」
「そうなんだ。今回は営業物件満載だったからギリギリまで原稿の直しとかあって大変だったけどやって良かった」
瀬田の顔を見ると本当にホッとしたのがよく分かった。
「今度は俺と瀬田の2人で何かしたいな。イベントじゃなくて特番とかでもいいから」
「そうだな、なんか考えるか」
それから2人で企画を考えていると楽しさのあまり、あっという間に時間が過ぎていった。
そんな時だった。
「最近、局内の人間関係で何かあった?」
仕事の話は楽しそうにしてるからさ…と瀬田が心配そうな顔をして聞いてきた。
程よく酔いが回って気持ち良かった時に今1番触れて欲しくない話題を振られて、飲んでいたビールを吹き出しそうになったがなんとか堪えた。
「何かって?特に…ないけど…」
「で、何があった?」
明らかに何かありましたと顔に出てるのを見て瀬田が更に突っ込んできた。
どうやら話すまで今日は解放されないな。
覚悟を決めて、ここ数週間であったことを話した。
「はあー、あの人は本当にしょうもないな。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、その後でフォローするならまだしも…」
西條は怒ってもいいよと言いながら瀬田は大きなため息を吐いて、ポケットからスマホを取り出しどこかに電話をかけ始めた。
『今どこにいます?それならここまで来れますか?分かりました待ってますから必ずきてくださいね』
「誰?」
「30分ほどで来るみたいだから」
瀬田はそれだけ言うと、とりあえず飲んで待とうと追加でビールを注文していた。
「思ったより早かったな」
入り口を見ていた瀬田がそう言ったので西條もつられて見ると入ってきたのは久保だった。
「なんだ瀬田だけかと思ったら西條も一緒か」
そう言うと久保は瀬田の横に座り、片手をあげて店員さんを呼ぶとビールを2杯注文して、瀬田の残りのビールを飲み干した。
「久保さん、勝手に飲まないでください」
「2杯注文したからいいだろ。急いできたんだから」
西條は目の前で何が起こっているのか理解が追いつかなかった。
「で、なんで俺が呼ばれたんだ?」
久保が西條と瀬田を交互に見ながら聞いてきた。
「最近、西條が精神的に落ちてることが多いから心配になって話を聞いたら原因が久保さんだったんで呼んだんです」
「はい?」
久保は心当たりが無いといった反応をしたので、瀬田はが編集室でのことを問い詰めると西條を見てニヤッと笑った。
「間接的な原因は俺かもしれないけど、直接の原因は優斗だろ、違うか?」
そう言われ西條は黙って俯いた。確かに久保の言う通りだ。
そんな西條を見た瀬田がなおも久保に文句を言っている。
「それにしても久保さんは引っ掻き回しすぎです。西條の気持ちが分かるなら協力してあげたらいいのに」
「そう言うけど、俺は優斗の幼馴染で親友でもあるからな。どっちの味方って言われたら優斗だろ」
「だったら引っ掻き回さない。久保さんの悪い癖ですよ」
「俺は面白いと思ったことに素直なんだよ」
「いい大人が何を子供のようなこと言ってるんですか」
「瀬田だって面白いことを見つけるとすぐに顔を突っ込むだろ。」
目の前で繰り広げられている言い合いに圧倒されぽかんとしてしまったが、だんだんと瀬田と久保がぽんぽんと言い争っているのがおかしくて笑っていた。
「2人、仲いいね」
瀬田と久保がハッとして同時にこっちを見るタイミングまでピッタリで、もう笑いが止まらなかった。
「とにかく西條に編集室のことは謝って」
西條に言われたことはスルーして瀬田は久保に言った。
「わかったよ、悪かったな。ちょっとイタズラのつもりだったんだ。お詫びと言うほどでもないけど、西條なら優斗をなんとできるかもな。最近の優斗を見てるとそう思う」
久保は気まずい空気を誤魔化すようにビールを煽った。
自宅の方向が違う2人とはお店の前で分かれ1人駅へと向かった。
まだまだ2月、昼間は陽射しがあれば暖かい日もあるが、夜になると冷たい風が吹き真冬だと思い知らされる。あまりの寒さにポケットに手を突っ込んだが酔って赤くなっている頬にはその冷たい風がなんだか心地いい。
「西條なら優斗をなんとかできるかもな」
赤信号で立ち止まった時に久保が言っていたことを思い出した。
近くのガードレールにもたれ掛かって夜空を見上げるが真っ暗な空が広がるだけで何も見えない。
星って見えないもんなんだな…。
別に見ようとして空を見上げたわけではなかったが、なんとなく探してしまう。都会の夜空は出口が見えない自分の心みたいだ。
「俺になんとかって…何なんだよ…」
ひとり呟いた言葉が白い息とともに夜の闇に吸い込まれていく。
どれぐらいそこにいたのか…多分数分だろう。目が慣れてきて、ぽつぽつと星が見えた。それが小さな希望に思えて手を伸ばさずにはいられなかった。
もう1度先輩と話をしよう…そう心に決めて駅に向かって再び歩き出した。
*Qシート
番組進行表のことで、時間順にコーナーや楽曲などが書かれている。これを見れば、大体の流れがわかる。
ディレクターによって形式は様々で、楽曲の情報などを細かく記載する人も。




