75話・実質上のこの国の主は
「王妃に子を流す薬を盛り続けていたのはおまえだな?」
「あの女が産む子供などいらなかった。だから流産させた」
「最悪だな」
「こっちは好きでもない女と一緒にさせられたんだ。あんたのせいだ」
「確かにその一端は僕にも責任はあるだろう。だからといって彼女から国母になる未来を奪う必要はあったか?」
「ゆくゆく子供は他の女に産ませる予定だったし、あいつも王妃の座に執着していたようだから、子供さえいれば問題ないだろうと思っていた」
フルバード陛下は王妃を自分の妻に押付けられて、迷惑していたのだと言った。それで王妃には妊娠はさせないようにして、他の女性に子供を産んでもらう気でいたと白状した。
フィルマンは呆れたように言った。
「それで先代の王を殺したのか?」
「ああ。あいつに命じられて、こっちは好きでもない女を妻に迎える羽目になったというのに、あいつは好みの女を片っ端から手を付けて、節操がなかったからな。恨んでもいた」
「あの屑は生きていても仕方ないと思うが、王太后陛下に、何故毒を盛ったりした?」
「フィルマン。おまえは王太后を憎んでいたはずだろう? 母が死ねば清々するんじゃ無いのか?」
フルバードは、首に押し当てられた刃物のせいで、ペラペラしゃべった。ここで抵抗したら、すぐに事切れることになると本能で察したのだろう。
しかし挑発する必要は無かった。ぐいっと首元に力が入り、皮一枚斬られた。
「余計な事を言うな。聞いたことに答えろ。どうして王太后陛下に毒を盛ったりした?」
「王妃を大事にしろと煩く言うからだよ。余はこの国の王だ。誰を寵愛しようが勝手だろう? しかも手を出した女性達に、王妃が避妊薬を飲ませていたようだが、それを指示したのは王太后だ。王太后はあくまでも王妃を大事にし、王妃に子供を産ませることを望んでいた」
「親の心、子知らずか」
フィルマンの言葉に、宰相も深く息を吐く。
「余をどうする気だ? 余を殺しておまえが次の王になるか? もともとはおまえが座るはずだった王座だ。こんなもので良かったらくれてやる」
開き直った様子の陛下に、フィルマンと宰相は呆れるばかりだった。
「陛下が手を付けた女性はあと、三人ばかりいたな?」
「はい。保護して我が別邸にて、母子共に面倒を見ております」
「一番、大きいのは何歳になった?」
「5歳でございます。聡明な子にお育ちです」
「ではその子に後継教育を施すように」
宰相はフィルマンに深く一礼して、その場を立ち去った。フィルマンはフルバードの首に当てた小刀を外した。
「話は聞いていたな? 後継者が育つまで生かしておいてやる。余計な事はするな。おまえに求められている役割はお飾りの王だ。おまえの今後どうするかは、次の王に決めてもらうことにする」
連れて行けとフィルマンが顎をしゃくると、その場に陛下付きの侍従達がやって来た。陛下を取り囲む黒尽くめの集団に怯むこと無く近づいてくると、彼らは深々とフィルマンに頭を下げた。
「頼むぞ。今後一切、これの世迷い言には耳を貸さなくても良い」
ここに来てフルバードはようやく、自分の味方が誰もいないことに気が付いた。侍従すら主人の自分では無く、フィルマンに真摯に頭を垂れる。宰相も王である自分のことを見なかった。フィルマンの意見を聞いていた。
これではまるでフィルマンが王のようだ。皆を統べる存在のように堂々としていた。王宮の皆も王である自分よりも、義兄のフィルマンを認めていた。
──クロウの長を怒らせてはなりません。いいですね、クロウの長は……。
以前、王太后が口を酸っぱくして話していた「クロウの長」。正体不明のクロウの長は、自分にとってはお伽話のように実感がわかなくて、絵空事のように感じていた。
その存在が身近にいて、しかも自分の兄弟だったとは想像もしていなかった。今なら分かる。あの父王に王太子として望まれていた優秀な兄王子が、一領主などで収まる器などではないことを。
もしかしたら今までずっと義兄の掌の上で、自分は泳がせ続けられて来たのかも知れない。この王宮の実質上の主人は義兄だ。それを見せ付けられてフルバードは深く落胆するしか無かった。




