73話・兄弟
夕暮れ時。
王宮の庭園の中。大きな池の中央にある、白亜の円形の東屋の中に一組の男女がいた。男女は肩を並べてベンチに腰掛けている。時折、男は女のお腹に手を当てていた。
「楽しみだなぁ。男だろうか? 女だろうか? きみに似たらきっと可愛い子になるだろうな。女の子でない事を祈るよ」
「どうしてですの?」
「だってお嫁に出さなくてはならないんだよ。キャリー。そんなの辛すぎる」
「まあ、陛下ったら気の早い。まだまだ先の事ですよ」
キャリーは微笑む。
「皆は男児を望むだろうな。余としてはきみの子なら男児でも、女児でもどちらでも構わない。無事に産まれてきてくれればそれでいい」
陛下はキャリーの手を取り、両手で握りしめた。キャリーの子が生まれることは、陛下を始め、この国の重鎮達、皆の悲願だ。
「陛下。そのように心配なさらなくとも大丈夫ですわ」
「そうならいいが……」
陛下の顔は浮かなかった。
「王妃は二度、流産した。そのせいで二度と子を望めなくなった。余は二度と自分の子を、この手に抱くことは適わないのかと失望した」
「私、王妃さまの分まで頑張ります。この子は私のお腹を借りて産まれてきますが陛下のお子です。王妃さまにも可愛がって頂けると良いのですが……」
「キャリー、済まない。きみには面倒をかける。でも、きみのおかげで余は父親になれる。王妃もきっと感謝することだろう。ありがとう。感謝している」
「陛下」
見つめ合う二人に、遠慮がちに声をかける者がいた。
「キャリーさま。涼しくなって参りました。お体を冷やしては大変です。そろそろお部屋に戻られた方が宜しいかと」
先ほどから使用人達は、東屋にいる二人に気を利かせて離れた場所で見守っていた。女官長がキャリーの身を案じて、室内に戻りましょうと促してくる。キャリーは頷いた。
「そうね。そうするわ。陛下もご一緒に……」
「余は少し残るよ。一人で考えたいことがある。キャリー、余に構わず先に部屋に戻っていておくれ」
「畏まりました」
キャリーは、無理強いはせずに「お部屋で待っていますね」と、女官長の後に続いて東屋を出て行った。
その場に陛下は一人残された。そこへ声が上がり、一人の男性が姿を見せた。
「ここへは誰も来ないよ」
「義兄上? どうしてここに?」
「そんなに驚くことかい? ああ、片道馬車で一ヶ月程かかる地方へと追いやっていたはずの義兄が、自分の承諾なしにここにいるのは何故かと聞きたいのか?」
「そんな言い方……」
「違っていたかい? きみの気持ちを言い当てただけだが」
フィルマンにねめ付けられて、陛下は動揺した。プラチナブロンドの髪に青い瞳。容貌は腹違いでも、同じ父親の血を引くせいか、二人の外見は良く似ている。この義兄のことを陛下は苦手としていた。




