65話・二度とあなたには会いたくありません
「ミュゲちゃん」
「ゲッカさん」
顔を上げると、茶髪に焦げ茶色の瞳を持つ彼が立っていた。なぜ、ここに彼が? と、思っていると、彼が話しかけてきた。
「この間はごめんね」
「それは何に対しての謝罪ですか?」
彼に対して不信感を抱いているせいか、思ったよりも固い声が出た。それをゲッカも感じ取ったのだろう。言い訳を始めた。
「俺、あの花には毒があるなんて知らなかったんだ。青紫色の花なんてなかなかないから、珍しいなと思ってさ」
ゲッカのその言葉で気が付いた。彼は誤魔化そうとしていた。わたしにその手の植物についての知識がないから、簡単に言いくるめられるとでも思ったのだろう。彼の態度にがっかりした。
「ゲッカさんは、息をするように嘘を吐くんですね」
「ミュゲちゃん?」
「わたし、あの花が何であるか知っています。先生から聞きました。あれは毒性の強い植物だから、ベテランの庭師ほど、その危険性を考え、他人への贈物にはしないって」
「そっか。バレてたのか」
ゲッカは悪びれる様子もなかった。その態度に無性に腹が立ってきた。
「ゲッカさんは、そんなにわたしを殺したかったの?」
「まさか。きみを殺す気なんてなかったよ。ただ、あの花の毒に触れて中毒になってもらおうとしただけ。きみには会って貰いたい人がいたから、幻覚を見せて屋敷から連れ出そうとした」
ゲッカはさらりと目的を明かした。酷いものだった。死なせる訳じゃ無いから、良いだろうという思いが透けて見えた。
「ひとを中毒にするって簡単にいうけど、そこに罪悪感など全く無いのね?」
「罪悪感? 何で? そんなもの必要? そんなことより、きみにお願いがあってきた」
「そんなこと? お願いってなに?」
人を害そうとしていたことを、そんなことと言ってのけるゲッカは、どこかいかれているように感じられた。
「きみに僕のご主人様に会って欲しいのさ」
「お断りよ」
「へぇ、そんなこと言って良いのかな? ここは穏便に頷いて欲しかったのに。断るなら力尽くでも連れて行くよ」
ゲッカに手を掴まれる。今までの優しいゲッカはそこにはいなかった。嫌がるわたしを引きずってでも、連れて行こうとする彼に恐れを抱いた。
「キャーッ。誰か! 誰か助けて──っ」
「あ、馬鹿。騒ぐなっ」
「ミュゲっ」
「ロータスさんっ」
わたしの悲鳴にいち早く気が付いたのは、ロータスだった。彼がこちらに駆けてくるのを見て、ゲッカは掴んでいた手を離した。
「ちっ。面倒な事になった」
不機嫌な様子も露わに、彼は踵を返しながら言い捨てた。
「この場は退散するけど、近いうちに迎えに行くよ。サクラ。覚えておいて」
「もう二度とあなたの顔など見たくない。来ないで」
睨みつけると、彼は不敵な笑みを残し立ち去って行った。
「どうした? ミュゲ。何があった?」
「ロータスさん、いま──」
ロータスにゲッカに会ったことを伝えていると、ヴィオラ夫人もわたしの悲鳴に気が付いたようで外に出て来た。二人には用心した方が良いと言われ、しばらく屋敷の中から出ないようにと言い渡されることになった。




