66話・僕の部屋においで
その晩のこと。寝室にフィルマンが来たので、ゲッカに会ったことを話すと驚いていた。
「あれだけ騒ぎになったのに、再び姿を見せるなんて。普通ならもう姿を見せないだろうよ」
「おかしな人よね。あの花束の一件で、この屋敷の皆に警戒されているのに」
どういう神経をしているのだろうというフィルマンに同意する。わたしは気になることを伝えた。
「彼はお願いがあると言ったわ。ご主人さまに会って欲しいって」
「彼のご主人に?」
「ええ。それとね、断ったら無理矢理連れて行かれそうになって怖かった。大声を上げたら、ロータスさんが気付いて駆けつけてくれたから助かったけど、去り際に彼は気になることを言ってきたの」
「あいつが何だって?」
「この場は退散するけど、近いうちに迎えに行くよ。サクラって。彼、わたしがサクラだって知っていた……」
この屋敷内では、わたしが異世界人のサクラだと知るのはヴィオラ夫人とロータスの二人だけ。他の使用人達には明かしてないし、皆も知らないことだ。
それなのにどうして彼が知っているの? しばらく帰省して屋敷にも来ていなかった彼が何故?
「あの人、しばらく休みをもらっていて屋敷にいなかったのよ。それなのにどうしてわたしの名前を知っているの? もしかして盗聴している? どこからか見ているの?」
「サクラ」
「フィル。わたし、嫌だ。この部屋に一人でいたくない」
今いる部屋の中を、どこからかゲッカが見ているような気がして怖くなった。フィルマンに縋り付けば、彼は優しく抱擁してくれた。
「サクラ、大丈夫だよ。僕が側にいる。きみを一人にはしない。今夜は僕の部屋に来る?」
「いいの? お邪魔にならない?」
「もちろん構わないよ。今夜は僕の部屋で一緒に寝よう」
「うん」
フィルマンに手を引かれ、転移ドアを開けると彼の寝室に来ていた。ベッドの上に腰掛けると、彼がお茶を入れてくれた。花の甘い香りのするお茶で鬱屈した思いが癒やされるような気がした。
「今日はさ、色々あり過ぎて疲れたよ」
「お疲れさま。フィル」
フィルマンはやり手の領主さまだ。このペアーフィールドは、元は王家の狩り場で、だだっ広い草原が広がっているだけの地だったのを、彼が領主としてやって来てから15年。大改革をした。この地を農地に変え、ペアーを植えて根付かせ、果実園を作り出した。
そして現在、ペアーはこの国一番の生産量を誇るらしく、豊かな領地となっている。
そこの領主さまなのだから、執務は色々と大変そうだなと思う。わたしが手伝ってあげられれば良いのだけど、なんせ異世界人で文字は読めるけど、書くことが出来ない。フィルマンに手伝いを申し出たとしても、やることが無くて逆に邪魔してしまうことになりそうだ。
「ごめんね。フィル。わたしが手伝ってあげられたら良いのだけど……」
「サクラ。きみが側にいてくれるだけで僕は充分だよ。きみに癒やされているから」
お茶を飲んだ後、二人でベッドに横になっていると、彼の腕の中に閉じ込められた。
「サクラはいつも良い匂いがして堪らないな……」
「やだぁ。頭の匂いを嗅がないで」
「何で? 良い匂いだよ」
フィルマンは、必ずわたしを抱きしめた後、頭の匂いを嗅ぎたがる。髪の毛は毎日洗っているけど、頭皮の匂いが気になって仕方ない。汗かいていないか、変な匂いがしないかと。
そしてお決まりのように頭頂部にキスをされる。それがとても恥ずかしい。
「サクラ。大人しくなったね? 照れているの? 可愛いなぁ」
フィルマンに茶化されると何も言えなくなる。恋愛経験も少ない方なので、どう切り返したらいいのか分からないので黙るしか無い。
そのうちフィルマンがたわいも無い話を始めて、それに適当に相槌を打っていたら眠くなってきた。フィルマンはわたしの為に起きて、話をしてくれているのだから、わたしが先に寝てしまってどうする? とは思うものの、瞼が重い。そんなわたしの頭を彼の手が優しく撫でてきた。
「無理しないでお休み。サクラ」
「ん……。フィル」
駄目だ。もう眠い……。わたしはとうとう眠気に抗えず瞼を下ろした。




