第二十五話『カーナの迷宮①』
次の日の朝、修也はカールの迷宮がある門に来ていた。そこにはすでにヘリヤとリリーがいて、今は二人と話している所だ。
ヘリヤを中心に話題が広がっていく。
「私は、今まで起きる時間が決まっていて、農業に勤しんでいたな。幼少期は剣の修行なんて、できはしなかった」
「へぇ、ヘリヤさんって農家の家庭に生まれたんですね」
修也は感心したような声を上げる。ヘリヤは自分の事を騎士と自称していたので、てっきり騎士の家庭に生まれたものだと思っていたのだ。
それはリリーも同じようで、修也と同じように驚いている。そのままリリーはヘリヤに質問した。
「じゃあ、なんでノトス帝国の騎士になったの?」
「強くなりたかったから、ですね。昔、私の住んでいた村に山賊共が来まして、両親が私を庇って山賊に殺された時に、そう思いました」
ヘリヤからそれを聞くと、リリーは表情に陰りができる。心なしか、申し訳なさそうだった。公女なのに驚きだ。もっとも、姫様が優しい心を持っていないというのは、修也の勝手な思い込みなのかもしれないが。
リリーが黙ってしまったので、今度は修也がヘリヤに話しかける。
「でも、そんな過去があったからこそ、こうして強くなって僕らにであったんですから、決して悪いことばかりではないと思いますよ、僕は」
「……そうだな。私も、そう思うよ。修也と決闘することも、あの出来事がなければ、なかっただろうからな」
すると、リリーが二人の会話に入ってきた。
「前から気になってたけど、二人ってそもそもどういう関係なの? 恋人とか? それとも師弟? 決闘したとか言うし」
その質問には、修也が答える。
「僕とヘリヤさんが初めて出会ったのは、アカゲラの村っていう所にある迷宮の中なんですよ。一人で迷宮の中を探索してたら、次の層に行くための階段前でヘリヤが、僕に決闘を挑んできたんです」
「階段前で決闘!? ヘリヤってそんな事をしたの!?」
リリーがそう言うと、ヘリヤは笑いながら言った。
「朝なのに大きな声を出せるとは、元気が良いですね、リリー様。シュウヤの言った通り、私はシュウヤに決闘を挑みました。お互いに一撃食らったら負け、というルールでね」
ヘリヤはそう言って修也を見る。笑顔でこちらを見てきたのと、朝なので油断していたのが災いして、修也はその顔に思わず目惚れてしまった。
頭を振り、修也はヘリヤに言葉を返す。
「あの時は焦ったな〜。なんせヘリヤさんに手加減して貰ったとはいえ、何度も負けそうになりましたからね」
「私が手加減していた事に気づいていたのか?」
ヘリヤは、驚いたような声を上げる。それを聞いた後、修也はヘリヤの顔を見て無言で頷いた。修也は言葉を紡ぐ。
「だって、明らかに僕が勝てる相手じゃありませんでしたし、僕が勝った後にもアドバイスまでしてくださって……」
「ははっ、それでどうだ。私のアドバイスは役にたったか、シュウヤ」
「はい、それはもう。多少は改善されたと思いますよ、僕の構えは」
「それは良かった」
ヘリヤと修也どの会話を聞いたリリーは、一言呟く。
「いいなぁ……」
その言葉を聞いた修也は、リリーに質問する。
「何がですか? リリー様」
「……二人とも、気安く話してるじゃない。私とは違って」
「そりゃあ、僕らとリリー様じゃあ身分が違いますからね。気安くなんて話せないですよ。なんつーか、恐れ多いです」
「何それ、身分差なんて気にしなくても良いのに……二人して共通の話題まで作って、私を仲間外れにしてぇ」
リリーはそう言って、地面をつま先で突き始めたその所作から、いじけているのだと判断した修也は、どうにかリリーの機嫌を治そうとする。
二人が黙っていると、ヘリヤが口を開いた。
「ではリリー様、今から私たちは『リリー様』ではなく、『リリーさん』と呼びます――それでいいな? シュウヤ」
「そこで会話俺に振ります? まあ、いいんじゃないですかね」
「二人共……」
ほんの僅かな変化に、リリーは驚いているようだった。それを見て、修也はリリーに言う。
「では改めて……リリーさん。これからもよろしくお願いします」
「よろしくお願いします、リリーさん」
「よ、よろしく、シュウヤ、ヘリヤ」
三人がそういった途端――向う側から声が聞こえた。
「お、もう集まってるのか。おーい! 昨日ぶりだなァお前ら!」
そんなテラルの声が聞こえて、三人はその方向を向いた。見ると、そこには昨日の四人が横に並んで歩いていて、それぞれが迷宮探索の準備をしている。
やがてこちらの目の前にたどり着いた四人の中の一人、エンジュは修也たちに言う。
「じゃあ、行きましょうか。カーナの迷宮に」
その場にいる七人は、無言で頷いた後にロクターン公国を出た。
★★★
七人が道を歩いていると、リリーは六人に向かって言った。
「みんな、今からカーナの迷宮に行くわけだけど、カーナの迷宮がどんな所だか分かってる?」
七人の間に、静寂が訪れる。それを見たリリーはため息をついた後に言う。
「全く、迷宮がどんな所だか知らずに、行き当たりばったりで挑もうとするなんて、正気を疑うわ。今から説明するから、歩きながら聞きなさい」
その後、リリーはカーナの迷宮についての説明を始める。
「カーナの迷宮は、この先にある谷の事を言うわ。別名、風の谷。カーナの迷宮には常に強い風が吹いていて、迷宮に挑もうとする探索者の足枷となる……らしいんだけど、行ってみないと分からないわね」
それを聞いて、修也は首を傾げた。この國に来る前に立ち寄った村で聞いた話と違う。ロクターンの五大迷宮は、全て遺跡のような所ではなかったのか。
あの村人が嘘をついているのか、はたまたリリーの知識が間違っているのか。そんなことを考えていると、リリーは再び話し始める。
「要は、一本道を歩くだけなのよ。奥には魔の力があるとかいう噂があるんだけど……」
そこでリリーは一拍おいて、
「なんで、今まで攻略されなかったか、分かる?」
そんな事を言って、全員の顔を眺めた。誰も言葉を発さないのを見ると、リリーはため息を吐いた後に言う。
「道がとんでもなく長くて険しい上に、そこのモンスターと、常に吹いている風が厄介すぎるのよ。いわば自然の罠が多いってわけ」
それを聞くと、キサイはリリーに質問する。
「あの、その道ってどれくらい長いんですか?」
「実際に見たことが無いから、なんとも言えないわね。ただ、強い風で進行が遅くなるっていう話もあるから、案外そこまで長くはないのかも」
今度は、ゾーンが質問した。
「その風というのは、どれくらい強いんですか?」
「私も話に聞いただけだから、よく分からない。ただ、迷宮と外部との境界線っていうのがあって、風がこっちに来るのは、迷宮に入った時だけらしいわよ」
その後、七人の間に会話はなくなった。修也はその間に思考する。
カーナの迷宮の風は、一体どれほど強いのだろうか。台風の日に外に出た時の風か? 首をかしげて、修也はカーナの迷宮に吹いているという風の強さを考えた。
まあ、それほど大したことはないだろう。
この時の修也は、そんなことを思っていた。
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