第三十二話『エドワード=エステル①』
その後、修也はその場に倒れて、体を休めていた。
「はぁ……はぁ……」
やった。
やってやった。
ワーリング=ナイトは、魔石を壊した瞬間にその体を崩して、ただの腐肉と金属の塊になっている。悪臭が漂っているが、今はそれよりも全身の痛みの方が気になった。
先程のワーリング=ナイトの一撃によって、修也の骨が砕けた可能性があった。まあこればかりはどうしようもないので、断続的に来る痛みには耐えることにする。
「くっそ……あの野郎……」
領主への怒りが、ワーリング=ナイトによって更に肥大化した。少しだけ痙攣している足に力を込めて何とか立ち上がると、修也はその場から歩き始めた。
庭は先程までとはまるで違った光景になっていた。所々にヒビが入っていて、観賞用であろうあらゆるものが壊されている。塀も壊されているので、今なら潜入し放題だ。
領主の館には、おそらく何の障害もないだろう。ワーリング=ナイトを用いた激しい抵抗を見ると、それは明らかである。
「…………」
さて、どうしてくれようか。とりあえず殺すのは確定だ。罪に問われようが、もう知ったことか。そんな事を思いながら、修也は屋敷の扉を開けた。
中はとにかく広い。元いた世界でも、これほど広い家は見たことがない。ちょっとした豪邸でも、これほどの広さのものはそうそう無いだろう。
入ってからすぐに目に入ったのは、視界の左右にある大きな階段。湾曲した形になっていて、その先には大きな扉が見えた。正面には、少し先に大きな扉がある。
「探すか」
屋敷内を探索しようと、まずは正面の扉を開けた。
「え?」
中は、大きな広間になっていた。なぜか、ここで舞踏会でも開かれているような錯覚を覚えてしまう。丸いテーブルが各所に置かれていて、奥には椅子に誰かが座っている。
きらびやかな服装をした男だ。まるで貴族のような……。
男は修也の姿を目にすると、その場から立ち上がった。
「ここまで来たか……侵入者よ」
その声には聞き覚えがあった。先程、ワーリング=ナイトを出現させた時にも、その声を聞いたのだ。
修也は、その男に話しかける。
「お前……名乗れ」
「ウルゴーン=ドギエル。この屋敷の主である」
その瞬間、修也は体の痛みを無視して走り出した。
★★★
「ふん、馬鹿な奴め」
ウルゴーンはそう言うと、何かを呟いた。
「私が、何の準備もなく侵入者の前に来ると思ったか?」
ウルゴーンがそう言った瞬間―――誰かが修也の前に立ちはだかる。
その顔には、どこか見覚えが……。
「エドワード?」
「侵入者を排除せよ」
そう言って、ウルゴーンは笑みを浮かべる。
なぜか目の前に立ちはだかるエドワードは、腰から禍々しい色の剣を抜いて、修也に斬りかかってきた。
★★★
「ッ!」
遅れて剣を抜いて、エドワードの剣を何とか受け止める。凄まじい衝撃が修也の腕を襲った。
後退りをして鍔迫り合いを起こしながら、修也はエドワードに話しかける。
「エドワード! お前何しやがる!」
「…………」
エドワードは修也の声に応じず、その手に持つ剣に、更に力を込めた。ギリッ! とお互いの剣が鳴る。修也は片手で剣を持ち、エドワードは両手で剣を持っている。力の差は歴然だろう。
そのまま鍔迫り合いを続けていると、剣から左手を離して、腰に吊るしているもう一本の剣を抜いて、修也に振り下ろしてきた。
足に力を込めて、その剣を後ろに跳んで避けると、修也はウルゴーンを睨みつけた。
「ウルゴーン! お前、エドワードに何しやがった!」
「少し言うことを聞いてもらえるようにしただけだが?」
ウルゴーンを見ている暇はない。エドワードは体を起こして剣を構えている。エドワードの周りは、夏によく見る陽炎のようなものがあった。
思わず息が荒くなる。修也もエドワードと同じく剣を構えた。お互いに構え方が違うが、何よりエドワードが二本の剣を操れるのが問題だろう。単純な手数が違うし、二刀流の相手と戦ったことは一度もない。
エドワードが体を沈めた途端、その姿が消えた。
視界の端に、銀色の光を捉える。おそらく上に跳んで修也の視界から消えた後に、ここまで来たのだ。そんな事を考えた直後、修也はエドワードの剣を受け止める。
「ッ!」
安心したのもつかの間、右手の禍々しい剣を振り上げてきたので、修也は後退せざるを得なかった。
続けざまに、エドワードは左右の剣を振るう。一度受け止めても片方の剣が修也に襲いかかってくるので、どうしても劣勢になる。
修也の強化した目は、その剣をはっきりと捉え、何とか反応できているものの、左右の剣が交互に振るわれるので、その両方に対処しなければならない。反撃の隙なんて微塵もなかった。
何より――一撃一撃が、重い。
「ぐっ!」
エドワードは、両方の剣を振り下ろした。修也は剣でそれを受けたものの、剣の側面に当てられたので、耐久がそろそろ心配になってくる。
そこで一時硬直状態になったので、修也はエドワードに呼びかけた。
「エドワード! エレノアはどうした! この屋敷で何があった! 答えろ!」
「…………」
エドワードは何も答えない。唖然としていると、ウルゴーンが修也に話しかけてきた。
「……君は、私の目的を知っているかね?」
「知ってるぞ! 王族のエレノアを人質にとって、エステル王国に身代金を要求するためだろ!」
「―――私も、最初はそのつもりだったのだがね」
「え?」
「二日前、そこのエドワード王子が屋敷に現れて、私の騎士たちを皆殺しにした。君も見ただろう、あの大量の死体を」
エドワードは、やはりこの屋敷に来ていたのだ。驚いている間にも、ウルゴーンは話し続ける。
「騎士たちを皆殺しにしたエドワード王子は、エレノア王女を助けるためにここに来た、と私に言った。エレノア王女と、私の前でな」
「何?」
「私は、エレノア王女を捉えている牢屋の前にいたのだよ。エドワード王子が来た時に、私はエレノア王女の首に短剣を押し当てて言った。エレノア王女の命が惜しければ、この剣を持て、とな。エドワード王子が持っているその剣だよ」
そう言うと、ウルゴーンはエドワードの持っている剣を指差した。エドワードがウルゴーンの言いなりになっているのは、あの剣が原因なのだ。
「つまり彼は、エレノア王女を助けるために、自らその体を差し出したのだよ。エドワード王子の力があれば、私はエステル王国の王になることができるだろう! 私の目的は、エステル王国の征服に切り替わったのだ!!」
ウルゴーンは、そう言って高笑いをした。それを見て、修也はウルゴーンに向って怒鳴る。
「ウルゴーン! お前を殺してやる!」
「はっはっはっ!―――その前に、君が殺されるのではないかね?」
「何?」
その瞬間、視界の端に禍々しい色を捉えた。
「ッ!」
エドワードが修也に斬りかかってきたのだ。咄嗟の判断で、それを受け止めた瞬間―――修也の剣が、砕けた。
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