第二十話『一ヶ月後②』
名もなき迷宮、第三層。
そこは、第一層、第二層とはまた違った所で、岩の壁なのは一緒だが、螺旋階段のような通路になっているのだ。一本道で、下の第四層に続く階段までは、ずっと坂道を降りていく。
一本道なので、弓などの長距離で攻撃できる武器には注意が必要だ。前に来たときには腕や太腿に何発か矢を食らってしまった。
所々に岩が転がっていて、そこからモンスターの奇襲を受けることもあり、ここは一本道なので、当然ながら他の探索者の人と出会う事もある。
耳を済ましてみても、足音や戦いの音は聞こえない。今日は珍しく誰もいないようだった。モンスターの足音も、聞こえない。
「ん?」
少し、妙だ。今度は耳を強化して、遠くの物音が聞こえないか確認する。
ガチャ……ガチャ……。
金属製の武器が鳴る音。遠くに誰かいるようだ。この静けさは、先行していた人がモンスターを全滅させたのが原因だったか。
「うっ」
耳に体内の全ての魔力を集中させたことで、強化している部分と強化していない部分に違和感が生じる。慌てて耳の魔力を全身に回すと、この違和感は消えた。
深呼吸をして、修也は歩き始める。
迷宮内は、最初に迷宮に来た時よりも無音だった。あの時はエドワードが第一層のモンスターを殺し回った事で起きたことだが、今回もまたエドワードがやったのか。
不気味なのは、そこら中に魔石が転がっていることだ。この奥にいる人物は、どうやら魔石が目的で迷宮に挑んでいるのでは無いらしい。
腕試し? 修行? 考えられる理由はそれくらいか。アルデス山脈の採掘場が迷宮に飲み込まれたと言うこともある。もしかしたら、この地下には何かあるのかもしれない。
この先にいるのは誰だろうか。一番考えられるのはエドワード。彼ならばここの迷宮のモンスターを全滅させるくらいのことはしかねない。
他の探索者の人でも、向かってくるモンスターをすべて倒そうなどとは思わないはずだ。ここまで来るまでに疲労は溜まっているだろうし、後退しながら戦うはず。
となると、修也と同じ旅人だろうか。自分の腕を磨く為に、ここに修行に来ている。魔石を集めずに。
いや、もしかしたら持ち物が魔石で一杯なのかもしれない。持ち運ぼうにも持ち物のスペースがなく、結果的に泣く泣く魔石を放って戦い続けたのかもしれない。
「……うーん」
分からない。ここにいるのは誰なのだろうか。
「走るか」
この先にいるのが誰なのか気になるので、修也は走ることにした。全身を魔力で強化しているので、疲れない程度に走れば一時間は走り続けることができる。
視界の端を、迷宮の岩の壁が流れていく。前はずっと同じ光景だ。光る苔があり、時々岩がある。岩の影には何もない。
――何事もなく、修也は第四層に続く階段を見つけてしまった。
「……お」
誰かいる。
全身を鎧で固めていて、壁にはショートソードが立てかけられていた。そいつは階段の前に座っていて、まるで何かを待っているような感じだった。
邪魔なので退いてもらおうと、修也は鎧の人物に話しかける。
「あの、すいません」
修也がそう言うと、鎧の人物は立ち上がった。背は修也と同じくらいだ。兜の奥には青色の目があった。
「おお、ここまで来たか、少年」
「いや、そこ退いてもらっていいですかね」
鎧の人物は、感心したような声音で話してくる。
「私は、君のような実力者と戦いたかったのだよ。私に勝てば、ここを退いてやろう」
「……ここまだ四層ですよ? ここまでなら誰でも来れるし、僕はそこまでの実力は持ってません」
「いや実力者だとも。君の言う誰でもとは、パーティーで迷宮に挑んだ者たちだろう? 君は一人でここまで来た。実力者であることは間違いない」
筋の通った推測を持ち出されては、ぐうの音も出ない。厄介なことになったものだ。人と戦わなければならないとは。
引き返そうと思ったが少し考える。人と戦えるいい機会だ。今の自分が人を斬ることが出来るのか、それを試すことができる。
胸中で考えをまとめ、修也は決闘を受けることにした。
「――分かりました。戦いましょうか」
★★★
――一方その頃。
クルトは、修也の剣を打っていた。
この一ヶ月、クルトは全てのアドミウム鉱石の純度を限界まで高めていた。これ程時間がかかるとは思っていなかったが、アドミウム鉱石の融点が高すぎるのを考えれば、それは仕方ないと言える。
反射炉の温度を最高温にしても、溶け出すのに時間がかかった。だが、それはアドミウムが硬いことの裏返しだ。絶対に砕けることのない剣。クルトにとって、それはロマンの塊だった。
溶かしたアドミウムを型に流し込む。作るのはインゴット。修也に貰った剣も溶かして一緒に流し込んである。合金を作ろうという腹だった。
どんな剣を作るのか、修也はあの重いアドミウムを走って持ってくることが出来るほど筋力がある。そこで考えたのは、長剣だった。
普通なら両手で持って振り回す長剣を、修也になら片手で振回す事ができるだろう。
「……よし」
溶かしたアドミウムを、慎重に型に流し込む。
熱を持ったアドミウムが、オレンジ色の光を放ちながら型の全体に広がっていく。満遍なく広がっていくのを確認して、クルトは型にアドミウムを流すのを止めた。
剣は、一般の長剣よりも幅が広く、剣の刃から柄まで、同じアドミウムを使う。流石に柄には革を巻くことにする。
「…………」
ただ型にアドミウムを流し込んで待つだけではない。まだ溶けたアドミウムが残っている。有効活用しなければ勿体ないだろう。
そう思って作るのは鎖帷子。クルトには鎖帷子の製造方法が頭の中に入っていた。
だが、これにもインゴットを使うので、クルトは先程よりも小さめの型に、残ったアドミウムを流し込む。全てのアドミウムを流し込むと、クルトは一息ついた。
後の製造工程は頭の中に入っている。じっと待っていれば固まるだろう。インゴットは、後で修也と一緒に取り出すことにする。
「……ふぅ」
長かった。
不純物を取り除く作業はすごく集中力を使う。魔道具を多用したので、修也の持ってきた魔石を使う事が多かった。修也の稼ぎに、一体どれだけの影響が出てしまったのか。
だが、まあいいだろう。これからの作業の代金ということにすればいい
――修也がアカゲラの村に来てから、もう一ヶ月が経った。
修也の剣ができてしまったら、修也はまた旅に出ていくのだそうだ。魔道具について詳しく知りたいというので、魔法の国と銘打たれた国、ロクターン公国に行くらしい。
ロクターン公国といえば、まず第一に魔道具の生産が盛ん、ということが出てくる。
その次に出てくるのは、今まで誰も奥に行ったことがないという、ロクターンの五つの迷宮くらいか。
きっと修也は、その迷宮をあっさりと攻略してしまうだろう。剣術を磨いた。魔力の操作も上手くなった。そして今、修也はアドミウムと修也の剣の合金で作った剣を得ようとしている。
「……ふふっ」
修也は、いつか必ず大きな事を成し遂げる。
クルトには、そんな根拠もない確信があった。
「あともう少しで、君の剣ができる。待ってろよ、シュウヤ」
そんな事を呟いて、クルトは天井を見上げた。
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