第二十一話『一ヶ月後③』
修也は、鎧の人物と対峙していた。
お互いの獲物はショートソード。修也の物は量産品の無骨な剣だったが、鎧の人物の物はきらびやかな装飾がしてあった。未だに出会ったことがないが、貴族というやつだろうか。
剣を抜いて向き合っているだけでも、修也は鎧の人物の実力が分かった。剣を握って一ヶ月。自分に合う自己流の剣術をひたすら模索していた修也には、鎧の人物には隙が無いような気がした。
なんというか、今斬りかかったらカウンターを喰らう気がする。
「――では、始めようか」
「……そうですね」
この決闘のルールを、改めて確認する。
《魔力物質化》は使わない。
ポーションは使わない。
お互いに一撃貰えば、一撃当てた方の勝利、と。
「…………」
――お互い、合図はいらなかった。
同時に足に力を込めて、走り出す。鎧を着ていない分、修也のほうが速い。修也は剣の間合いに踏み込んで、剣を振り下ろした。
ギンッ! という音がして、修也の剣は、鎧の人物の剣に受け止められた。そのまま鍔迫り合いになったが、鎧の人物の膂力が強い。修也の剣が押し戻される。
お互いにショートソードだが、修也の剣とは重量が違うのだ。鍔迫り合いの感触でそれに気づいた修也は、急に力を抜いた。
鎧の人物が、前のめりになる。
「ッ!」
修也は、剣を下から斬り上げた。
普通のショートソードなら、片手で振り抜いた所で人体の肉に剣が食い止められ、そこまで切り裂くことは出来ないが、修也の魔力で強化された身体能力で振り抜けば、致命傷を与えかねないほどの凶器となる。
それは相手が鎧を着ていても例外ではなく、修也は剣が鎧にめり込むのを幻視した――だが。
ガンッ!と音を立てて、修也の剣が、相手の柄で受け止められた。手が斬り落とされるのも厭わない行為だ。
鎧の人物は修也の剣の勢いに押されて後ずさりした後に、再び剣を構えた。
「……度胸あるな。柄で受け止めるなんて」
「一応騎士を自称している身だ。指を斬り落とされるくらいの覚悟はあるさ」
鎧の人物はそう言うと、ショートソードを振り下ろした。その動作の一つ一つが綺麗で、どうも実践用の剣術には見えない。
修也の強化された動体視力で、剣の動きが全て見える。修也は落ち着いてその剣に斬り返した。ギンッ! と音を立てて、お互いが吹き飛ばされる。
目測で数メートルは吹き飛ばされた後、修也は足に力を込めて跳躍し、仰け反っている鎧の人物に斬りかかった。
鎧の人物は、修也の一撃を剣で受け止める。剣が離れて、再び斬り込む。右から振り下ろし、振り上げ、また振り下ろす。剣戟によって辺りに金属音が響き渡った。
お互いの剣の速さが、加速していく。
修也はショートソードを片手で扱うことに慣れている。これはまあ、ショートソードが片手剣なので当然な話だが、鎧の人物は、何故か両手でショートソードを使っているのだ。剣速は遅いが、その分威力がある。
剣を打ち込んでも、その剣に弾かれ、こちらが斬り込まれての繰り返しだ。どうしても状況が動かない。
ギリッと歯噛みして、修也は鎧の人物に打ち込み続ける。この一ヶ月で作った剣術が通じているのは素直に嬉しいが、勝たなければこの剣術が実践的だと証明できない。
左から斬り上げ、その斬撃が弾かれる。斬り返される斬撃を、修也は受けた。鍔迫り合いが起こるが、修也は剣を弾いて、もう一度鎧の人物に斬りかかった。
だが、修也の斬撃は避けられる。前のめりになった所を、鎧の人物は斬りかかってきた。
「ッ!」
咄嗟にガントレットで剣の腹を叩いて、剣の軌道を逸らす。鎧の人物の剣が、高い音を立てて地面を叩いた。
「おおッ!」
右手に持つ剣を斬り上げる。狙いは胸。修也の身体能力では、この剣は鎧を凹ませて骨を砕くだろう。だが、修也の剣は狙いよりも若干逸れて――兜の留め具に、その剣先を掠らせた。
カランと音を立てて、兜が地面に転がった。
鎧の人物の、長い黒髪が垂れる。
「――セァッ!」
女性の声。気合を上げて、その女性はショートソードを修也に振り下ろす。地面を蹴ってそれを避けると、修也は鎧の人物の顔を見た。
その顔は非常に整っていて、何処か神聖な雰囲気を放っていた。殺伐とした迷宮の中で、その女性だけが輝いている。そんな錯覚を修也は覚えた。
「……まさか、兜を外されるとは思わなかったぞ、少年」
女性は、その顔に笑みを浮かべてそう言った。
「いや、その、今のは狙いが逸れただけというか、別にわざとやった訳じゃないんですよ、はい」
何か不味いことをした気がして、修也は必死に弁明の言葉を吐いた。だが何故だろうか。いつものようによく頭が回らない。
女性はそんな修也の様子を見て、
「――くっ……あっははははははっ! 何をそんなに焦ってるんだ?戦闘中なんだし、これくらいの事が起きて当然だろう」
楽しそうに、笑っていた。
何故だろうか、先程までは戦いの高揚感にその身を支配されていたのに、今はそれ以上に気まずさが修也の全身を支配していた。剣を握る手が少しだけ緩くなり、その顔を直視できずにいる。
困った。相手が女性だとこうも違うのか。
「さて、そういえば、お互いに名乗りを上げていなかったな」
その女性はそう言うと、手に持つ剣を中段に構えた。
「ノトス帝国所属、騎士ヘリヤ=エルルーン」
「……早川修也」
修也とヘリヤは、再び向き合った。修也は片手でショートソードを握り、ヘリヤは両手でショートソードを握る。修也は剣をだらんと下げていつでも斬りかかれるような構えをして、ヘリヤは隙の無い中段の構えをしている。
何もかもが違う二人。先に仕掛けたのは、修也だった。
その場から跳んで、数メートルはある距離を僅か数歩で詰め、ヘリヤの懐へ潜り込む。剣の間合いにヘリヤを入れると、ヘリヤの鎧に剣を斬り上げた。
ヘリヤはそれを剣で受け止める。修也の剣が弾かれて、今度はヘリヤが斬りかかってきた。修也から見て、左から水平に。その場で半回転して勢いを載せた剣を、修也は受けた。
衝撃で、少し修也が後退する。すると、もう一度ヘリヤが斬りかかってきた。振り下ろされる剣を弾いて、今度は修也が斬りかかる。キンッ! と音が鳴り、修也の剣が受け止められた。
今はかろうじて剣戟の真似事が出来ているが、修也はただその動体視力と反応速度で対応しているだけだ。一度でも目の強化を解いたら、数合で決着がついてしまう。
今、ヘリヤは本気で修也に挑んでいる。魔力で全身を強化しているのだろうが、修也のように自在に体内の魔力を操れるわけではないだろう。
元に、今もヘリヤの反応が少しづつ遅れている。このままこちらのペースに持ち込めば、この決闘に勝つのは修也だ。なんとなく、そんな確信があった。
「ッ!」
修也の剣が、ヘリヤの剣を大きく弾く。胴ががら空きになった。
「おおッ!」
そして、そのまま一閃。修也が振り下ろした剣は、ヘリヤの肩を切り裂いた。
「グッ!」
鮮血が宙を舞う。
ここに来て、自分が初めて人を斬った事を実感した。下手をしたら、そのままヘリヤを殺しかねなかった一撃を、修也は放ったのだ。
修也は顔をしかめ、突如として湧き上がってきた吐き気に耐えて、何とか言葉を紡ぐ。
「一撃当てました。僕の勝ちですね」
「……なんて顔をしてるんだ、少年。全然、嬉しそうじゃないな」
そう言いながら、ヘリヤは手に持つショートソードを地面に落として、壁に立てかけてある鞄を拾いに行った。それを見て、修也はショートソードを鞘に戻す。
離れた所で、ヘリヤがポーションを飲んでいるのが見えた。これでもう大丈夫だろう。肩の傷を見ると、その傷がどんどん癒えていく。完全に治癒すると、白い肌が見えた。
ヘリヤが、近づいてくる。
「……人を斬るのは、初めてか?」
「……はい」
「……まあ、何度もやれば慣れるだろう」
「……そう、ですね」
なんだか妙な雰囲気になってしまった。お互いに遠慮しているような感じがする。気まずくなったので、修也はわざと明るい声で、相手を褒め称えた。
「いや、しかし凄いですね。ヘリヤさんの剣技は。一撃が重くて、受けるのに苦労しましたよ」
「……少年の剣技もなかなかの物だったぞ。あの太刀筋からして、少年の剣技は自己流か?」
「はい。まあできて一ヶ月の素人剣術ですけどね」
「なかなか筋がいいと思うぞ。個人的に言わせてもらうが、脇が甘いな。それと、構え方に少し隙がある。そこを直せば、対人戦で有利に立ち回れるだろう」
「忠告ありがとうございます。これから、できるだけ気をつけるようにしますね」
妙な空気が吹き飛んで、お互いに遠慮がなくなった。これ以上ヘリヤと話すのは憚れるので、修也は別れを口にする。
「――それでは、僕は地上に戻りますね」
「ああ。またいつか会おう」
ヘリヤと修也は、そう言って別れた。
★★★
「……見えた」
――ヘリヤと別れて、修也は第四層には行かずにそのまま迷宮を出ようとしていた。
持ってきた革袋の容量はまだまだある。今日は行ったことのない第八層に行く予定だったが、ヘリヤとの決闘で行く気を無くしてしまった。
今日、修也は初めて人を斬った。モンスターならともかく、人は駄目だ。剣がヘリヤの肉を切り裂く感触。思い出すだけでも吐き気がする。
「…………」
首を振り、修也は出口を目指す。
「あれ?」
迷宮を出ると、人だかりができていた。下手をすれば、このアカゲラの村全員が外に出ていてもおかしくないほどの人がいた。全員が立ち止まり、何かを聞いている。
迷宮の出入り口近くにいた男性に、何が起こっているのかを聞こうと、修也がその男性に歩み寄ろうとした、その時。
「――の村にいる、エレノアという少女を出せッ! これはウルゴーン領主様からの命令である!」
そんな声が、修也の耳に入ってきた。
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