17話 ヘレンが言うのなら
アリーナ戦のHPは疑似的なものだ。
たとえ0になっても死ぬことはない。
ゲームでは気絶する事なんて無かった。
しかしこの世界では代償として気絶するようだ。
目覚めるとベッドの脇にはヘレン、レイラ、レッチがいた。
一面の窓ガラスが開け放たれている。
そこにはアデルスが葉巻を咥えて佇んでいた。
部屋を見回すと、どこかのホテルのようだ。
「ケイ様!」
俺の目覚めに真っ先に反応したのはヘレンだった。
目の周りが赤くなっている。
泣かせてしまったのかもしれない。
そんな想いも束の間。
既にヘレンは涙を浮かべていた。
「ここは?」
「王都のホテルです……よかった……御無事で」
俺の手を強く握りしめるヘレンの体温が伝わってくる。
暖かい。
「まったくヘレンは心配性なんだよなー。アリーナで死ぬ訳ないじゃん。ね? ケイくん」
「まあまあレイラちゃん。ヘレンさんはケイの事が大好きなのよ」
レイラもレッチも無事に合流できたようで良かった。
それにしても体が重い。
スタミナ切れの時とはまた違った疲労感が体にまとわりついている。
アデルスがこちらに歩いてくる。
「勝った気がしないね」
「負けは負けだよ」
ゲームで負けるのとはまったく違う後味が残っている。
スマホで必死に戦って負けても、こんな感情になった事なんてなかった。
愛するキャラ達が攻撃されて悔しかった事は多々ある。
しかし負けた事そのものに関してはさほど気にも留めていなかったはずだ。
俺自身の負けにここまで心を乱されたのは初めてかもしれない。
「なんでだろう。悔しいな」
それが今の率直な気持ちだ。
「何言ってるんだい? 負けて悔しいのは当たり前だよ」
そうかこれが普通だったのか。
「まああんたは負けたけどね。今回は多めに見て引き分けにしといてやるよ」
まさか同情だろうか。
「負けは負けだよ」
同じ言葉を繰り返した。
実際それが現実なのだ。
「あんたが炎に突っ込んだ時。火傷のスリップダメージが入ってなかったら負けてたのはあたしだってことさ。そうじゃなくてもあんたのHPが高かったら最後のあれでやられてただろうよ」
確かにそうかもしれない。
背後を取った時、アデルスは完全に無防備だった。
「あたしはあんなのを勝ちなんて言いたくないんだよ! だから今回は引き分けでいいって言ってるんだ」
あと少しだったのかもな。
「そっか、分かったよ」
「条件は満たせなかったけどあんた達の味方になってやるさ。その代りまたあたしと戦うんだよ」
これはこれで有りがたい。
アデルスのような協力者がいれば、少しは動きやすくなるだろう。
「それにしても、あんたの戦い方は無駄が多すぎる! 明日からしごいてやるから覚悟しときなぁ!」
胸を撫で下ろして安堵したのも一瞬だった。
また気が重くなる。
「しごくって特訓でもするのか?」
「そうに決まってるじゃないか! あたしもしばらくここで暮らすからね!」
ヘレンを見ると、この事は既に決まっているらしかった。
諦め混じりに溜息をついている。
「よし、話は終わりだ。あたしと竜騎士は飲みに行くけど、そっちの魔法使いはどうする?」
「レッチです。わたしも行きます」
いつの間にアデルスとレイラはそんな身近な仲になったんだ。
「よーっし、ケイくんも復活した事だし飲むぞアルデスー!! 久々に朝まで付きあっちゃうよー!」
「何回言わせるんだいっ、あたしゃアデルスだってんだよ!」
気絶してる間に何が起こったんだ?
「ねえレイラ。アデルスとは元々知り合いだったのか?」
「知り合いって言うかー、毎日のように戦ってあげてただけー」
「結局あたしは一度もこいつに勝てなかったけどねー。しまいにゃ飲み仲間になっちまってさ」
何やってるんだ二人とも。
どこにレイドボスと飲み友になる指揮官がいるんだよ。
何気にレッチも馴染んでいるようだ。
アデルスの人柄がそうさせるのかもしれない。
まあ楽しそうなのはいい事だから好きに遊ぶといい。
俺はまだ動けそうもないし、アデルスがいれば変な事にも巻き込まれないだろう。
こうして部屋には俺とヘレンが残された。
「心配かけちゃってごめんな」
ずっと握られていた手に改めて力が込められる。
「いいのです。こうやってまたわたくしと共にいてくれるのですから」
もう少し楽に過ごしてもらいたい。
そう思うのは俺のわがままだろうか。
「それよりもレイラから聞きました。アデルスはこの王都において王宮の守護を担っていたそうです」
ただ者ではないと思っていたけど、予想以上に大物だったんだな。
「そんな強者と互角に渡り合ったケイ様はやはり救世主様なのです」
そう言えば預言書にもそんな事書かれていたんだっけか。
「俺がこの世界を救えるなんてまったく予想もつかないんだけどさ。ヘレン達はなんで人間の味方なんだ?」
「悪魔が統べる世界に精霊の居場所はありません。人類や獣人たちが全て清い訳ではありませんが、多くの人が善の心を持っています」
ここも日本も人は人なんだな。
あまり変わらないようだ。
悪人がいれば善人もいる。
「ですが、悪魔に善という概念などありません。精霊は善を糧に存在しているで、このまま悪魔達の侵略を見過ごせないのです」
開けっ放しになった窓の外にはテラスがある。
そこから入る暖かな風が頬をくすぐった。
善を糧に存在する。
よく分からないが、ヘレンがそう言うならそうなのだろう。
「俺に世界を救えると思う?」
「わたくし達精霊が何故ケイ様を選んだかお分かりですか?」
そう言えば、俺は選ばれたんだったな。
その理由なんて知る訳がない。
「いっぱい課金したから?」
ヘレンはゆっくりと首を横に振る。
「あなたが精霊を愛してくださったからです。部隊が全滅すればわたくしたちの為に歯噛みをし、指揮官としての敗北など気にも留めない。精霊が活躍する事こそケイ様は望んでいらっしゃいました」
それって普通じゃないのかな?
「他にもそのようなプレイヤーはいました。しかしケイ様だけは特別だったのです。それは精霊の総意です」
「こんな事言ったら失礼かもしれないけど……それだけで俺を救世主に?」
怒られると、又は嫌な顔をされると思った。
だけどヘレンは優しく微笑む。
「いいえ。それだけの事が一番重要なのです」
そう言うものなのか。
さっきから根拠と呼べる要素はない。
でもヘレンがそう言うのならそれが真実なのだ。
何故か自然とそう思える。
今日は色々な事があった。
身体も重いけど、精神的にも少し休息したほうがよさそうだ。
「お願いしてもいいか?」
「なんなりと」
「少しだけ膝を貸してくれない?」
「もちろんです」
アデルスの日常を垣間見て心細くなったのかもしれない。
だから少し甘えたくなった。
柔らかな感触に頭を置いて、窓の外を眺める。
テラスの向こうには夜空が広がっていた。




