第五章 さいごの約束 〈6〉
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大きな朱ぬりの鳥居をくぐり、長い石段を上り、白い石づくりの鳥居をくぐると弁天神社の全容が見えた。
カナエのホームグラウンドである月見山の潮見神社の10倍はあろうかと云う広大な敷地に、かやぶき屋根の荘厳な社殿が建っていた。
正面にある拝殿のとびらが、渚たちを招き入れるかのようにギリギリとゆっくり開いた。
拝殿へ上がる階段で渚はクツをぬぎ、宙にうくカナエのあとについて拝殿へ入った。
拝殿のとびらが閉まると、外からゴウッ! と風の鳴く音と雪が拝殿をたたきつける音が聞こえてきた。
渚たちのまわりの時間がふたたび動きだしたらしい。風の音に寒さをおぼえた渚が思わず身ぶるいした。
きれいに整えられた祭壇両わきの照明に火がともった。黄色い光がゆらゆらとゆれる。
「ふたりともおすわりなさい」
どこからともなく落ちついた女の人の声がした。渚たちが足元のざぶとんに腰を下ろすと、いつの間にか渚たちの前におばあさんの姿をした弁天町の〈産土神〉がすわっていた。
裳裾と云う太古の白い装束を身にまとい、大きな檜扇を手にしていた。
えり元やそで口から金の額飾りや耳飾りや腕輪がキラリと光る。勾玉の首飾りだけがカナエといっしょだった。
「よくきてくれましたね、佐藤渚。そしてカナエ」
「お会いできて光栄です。はじめまして、カカ神さま。私は宝船町の〈産土神〉カナエでございます」
みつ指をついておじぎするカナエの姿にあわてて渚もおじぎする。
(佐藤渚です。はじめまして、弁天町の神さま)
「ふたりとも楽にしてちょうだい。〈顕現〉して人の子とお話するなんて何百年ぶりかしら。こんな時でなければ、もっと楽しかったでしょうに。……時にカナエ」
「はい」
「あなたはどうして巫女装束など着ているのですか?」
「えっと、あのぉ、こっちの方が動きやすいしカワイイかな~、と思いまして」
弁天町のカカ神さまが、カナエの神さまらしくない服装をとがめているのかと恐縮すると、
「それなら、肩口とすその内側にフリルをあしらうと、もっとカワイくなりますよ」
と、ほほ笑んだ。
「はい! 今度そうしてみます!」
一体なんの話をしているんだろうとあきれた渚が、カカ神さまへおそるおそるたずねた。
(カカ神さま。ぼくはカカ神さまにお聞きしたいことがあってきました。ぼくの……ぼくの母ちゃんは今どこにいますか?)
カカ神さまはおだやかな口調で淡々(たんたん)とこたえた。
「渚。大変ざんねんですが、あなたのお母さまはすでに〈おおいなるみなもと〉へ召されておいでです」
(〈おおいなるみなもと〉へ召されて?……って、それじゃ母ちゃんは死……)
「そんな……!」
一瞬、言葉の意味をはかりかねた渚が、残酷な事実をつきつけられたことに気づいてぼう然とし、カナエも絶句した。
「ごめんなさい、渚。私はあなたのお母さまだけではなく、たくさんの生きとし生けるものたちを津波から救うことができませんでした。あなたがおくりとどけてくれた秋田犬のシリウスが生きていただけでも、私たち〈産土神〉の力をこえた奇跡と云えるでしょう」
渚はうつむいたままカカ神さまの言葉を聞いていた。
カカ神さまの言葉とともに、渚の頭の中に遠い海の光景が広がった。
それはどこともしれない海のただ中だったが、渚の母がその遠く深い海の底でとこしえの眠りについていることを確信した渚の目から大粒の涙がとめどなくあふれた。
(がんばって、やっとここまできたのに。……母ちゃん……母ちゃん……)
「……渚」
カナエが渚の右手の上にそっと手を重ねて自分もすすり泣いた。
渚の母の死に対して。渚を哀しませたことに対して。名ばかりの無力な神さまである自分のふがいなさに対して。
カカ神さまはふたりの涙が枯れるまでしずかに見守っていた。




