第五章 さいごの約束 〈5〉
「……弁天町の〈産土神〉さま!?」
カナエが云った。
(弁天町の神さま!?)
渚がおばあさんの口を借りて語る弁天町の〈産土神〉へ母の安否をたずねようとしたら、
「佐藤渚。そしてカナエ。弁天神社へくるのです」
おばあさんが同じセリフをくりかえした。
「自動再生メッセージみたいなもので、弁天町の神さまにこっちの声は聞こえてないみたい。……とにかく云われたとおり、弁天神社ってところへいってみよう」
渚がカナエの言葉にうなづいた。体育館のエントランスへもどると、トイレからでてきたさゆり母子とシリウスが、しあわせな家族の彫像みたいにかたまっていた。
(さよならシリウス。ありがとう。元気でな)
渚たちは弁天中学校の避難所をあとにした。
4
時のとまった町を歩くのはふしぎな感覚だった。外は吹雪きはじめていたので、人の姿はなかったが、なんの音も聞こえないところが、いつもの風景とは少しちがう。
空中でとまったままの雪が身体にふれると、ふつうに溶けて消えるのが、渚にはちょっとおもしろかった。
(どうして弁天町の神さまは時間をとめているの?)
「厳密に云うと、時間がとまっているんじゃなくて、私たちだけが弁天町の神さまの力で時間の外にいるの。たぶん神社まで歩きやすくしてくれてるんだよ。吹雪の中じゃ大変でしょ? 私も最初に渚を月見山の神社へ運んだ時、このテクを使ったんだよ」
(ウッソだあ)
「ホントだって。今は〈顕現〉してるからできないけど、思念体の時は能力が時空間に影響されないから」
渚はカナエのよくわからない説明に理解することをあきらめた。
(とにかく弁天神社へ着けば、母ちゃんがどこにいるかわかるんだね?)
「うん。弁天町の神さまならごぞんじのはず」
(そっか。ありがとな、カナエ)
「やだなあ、渚。お礼なんてまだはやいって」
渚の言葉にカナエが照れた。
(カナエは帰ったらどうするの?)
「帰ったら?」
(うん。宝船町へもどったらどうするの? ずっとこのままってわけにもいかないんだろ?)
「そうだね。ご神体を月見山の潮見神社に納めなおして、通常業務へもどるって感じかな」
(そっか。……それじゃ、ぼく、時々カナエのところへ遊びにいくよ)
「え?」
渚の意外な言葉にカナエはおどろいた。
(ぼくが潮見神社へいけば、カナエはケンゲンできるんだろ。そしたら、いっしょに話とかゲームとかできるじゃん。毎日はムリでも週1とかなら、カナエもさびしくないだろ?)
「……渚」
カナエは渚のやさしさがうれしくて泣きそうになった。
(なんかしてみたいゲームとかある? キャッチボールとかバドミントンとかバトルカードとかいろいろあるよ)
「……う~ん、そうだ! 渚、私かくれんぼしたい!」
(かくれんぼ?)
「うん。渚が小ちゃいころ、トト神さまとしてたかくれんぼしてみたい!」
(わかった。帰ったらいっしょにかくれんぼして遊ぼう。約束する)
渚が右手の小指をさし出した。宙にういていたカナエも渚の小指に小指をからめて指切りをすると、そのまま渚の背中へまわりこんでうしろから抱きしめた。
「渚、ちょー好き!」
(やめろって!)
いつものように明るくふるまうカナエだったが、彼女には不安があった。
弁天町の神さまが渚の母の行方を知っていることはまちがいない。しかし、それが渚にとってよい結果であるかどうかはわからない。
しかも、カナエは渚と自分を〈時間の外〉で移動させている理由がわからなかった。渚たちの感覚では神社まで徒歩10分と云うところだが、実際は一瞬で移動することになる。
最初にカナエが渚へ云ったように、神社まで歩きやすくしてくれているだけならよいが、急いで神社まできてほしい別の理由があるのかもしれない。
だとすれば、それは渚にとってよい話だとは思えなかった。
しかし、弁天町の神さまに会えばすべてうまくいくと信じている渚にクギをさすことはできなかった。まだなにもわからないのだから、いたずらに渚の不安をあおってもしかたがない。
(大丈夫。なにがあってもぜったいに渚は私が守ってみせる!)
笑顔の陰でそう誓うカナエだった。




