第五章 さいごの約束 〈4〉
「私も誓います。信じて。シリウスは私たちにとってかけがえのない家族だから」
シリウスが生きていたことは、さゆりたち母子にとって奇跡だった。暗い絶望の中に見たはじめての希望であり、光のように感じられた。
ふたりの言葉を聞いた渚がしゃがみこんで泣くさゆりにリードをさしだした。
「……え、いいの?」
渚はさゆりとシリウスに背を向けることで肯定した。うなづいてみせるのも、なんだかえらそうな気がして恥ずかしかったからだ。
「よかった~! うわ~ん、シリウスぅ!」
リードを手にしたさゆりがシリウスを抱きしめて泣いた。シリウスも尻尾をふってこたえる。さゆりの母も目に涙をうかべながら、渚に感謝した。
「ありがとう、ぼく。シリウスを助けてくれて、ここまでつれてきてくれて、本当にありがとう」
「……渚のバカ。最初からすなおにかえしてあげれば、ふつうに感謝されておわってたのに。なんか悪い人みたいじゃん」
渚の肩であきれるカナエに、
(うるさいな)
カナエの云うとおりだと思いながら、渚がすねた。
さゆり母子がシリウスといっしょに女子トイレへ向かうと、体育館の鉄のとびらが開いて町役場のおじさんがもどってきた。
「あれ、さっきの犬はどうしたの? まあいいや。いらしたよ、佐藤恵子さん。足がお悪いそうだから、おじさんが案内するね」
(母ちゃんがいた!)
「渚、よかったね!」
無言でよろこぶ渚にカナエもよろこんだ。体育館へ入るおじさんのうしろに、渚とおじさんには姿の見えないカナエがつづく。
(……でも足が悪いって、ケガでもしたのかな?)
「おじさんの口ぶりだとそんなに深刻そうでもないし、大丈夫だよ」
なんの根拠もないカナエが明るい口ぶりでこたえた。
エントランスほどではないものの、うす暗い体育館は避難してきた人でぎっしりうまっていた。1mほどの高さのダンボールで家族や個人ごとに小さな仕切りができていた。
人の話し声もあまりなく、ワンセグやラジオから流れる音がぼそぼそと聞こえている。
くたびれたようすで毛布にくるまってすわったり横たわっている人々の姿をあまりのぞきこまないように、渚はおじさんの背中だけを見て歩いた。
おじさんは入口から左側、体育倉庫にほど近いところで足をとめて、ダンボールの仕切りの中へ声をかけた。
「佐藤さん。この子があなたをさがし歩いてきたって云うんだけど」
2日ぶりの再会に胸おどらせた渚とカナエが目にしたのは、まったく見知らぬ人だった。
白髪でやせた上品そうなおばあさんが、腰から下に毛布をかけて足を投げだすようにすわっていた。
「……やっぱり知らないお子さんだわ」
申しわけなさそうに云うおばあさんの言葉におじさんがふりかえると、渚も泣きそうな顔でかぶりをふった。おじさんが渚に確認した。
「佐藤恵子さんをさがしていたんだよね? きみのご家族とかご親戚とかじゃないの?」
『ぼくの母じゃないです』
渚がノートにつづった言葉を読んで、おじさんが自分の早合点に気づいた。
「お母さんをさがしてたのか。てっきりご親戚をたよってきたのだとばかり思って……」
「ぼく、お母さんをさがしにきたの?」
渚が力なくうなづくと、
「この子、宝船町からひとりで歩いてきたみたいなんだよ」
おじさんがおばあさんに云った。
「となり町に同じ名前の人がいたのね。佐藤も恵子もありふれた名前だものねえ。ごめんなさいね、あなたのさがしていた人ではなくて」
おばあさんはなにも悪くないのに、やさしい口調で渚にあやまった。
「ドンマイだよ、渚。雪がやんだら次の避難所へいって……」
カナエがなぐさめかけると、周囲の空気が変わった。すべての雑音が消え、渚とカナエ以外の時が凍りついた。おじさんもおばあさんも映像の一時停止みたいにかたまって動かない。
(カナエ、これって?)
おどろいた渚が問いかけると、おばあさんが金色にかがやく瞳で虚空を見つめながら、深く落ちついた口調で告げた。
「佐藤渚。そしてカナエ。弁天神社へくるのです」




