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第三章 ガレキの町 〈5〉

     4



 間近で見あげるマグロ漁船(ぎょせん)の大きさに(なぎさ)はあらためて(いき)()んだ。


(スゲ~。ね、ちょっとスクリューの方とか見ていい?)


「しょうがないなあ。ホンっトお子さまなんだから」


 船尾ではなく船首へまわった方が近道なのだが、好奇心をおさえきれない(なぎさ)のリクエストをカナエがしぶしぶ()んだ。


 船尾は大きなスクリューと(かじ)の部分がくぼんでいて、小さな洞穴(どうくつ)みたいになっていた。(かじ)の上にせりだした部分が地面に寒い日陰(ひかげ)をつくっている。


 (なぎさ)たちはちょっとしたトンネルをくぐるような気分でそこを通りぬけると、マグロ漁船(ぎょせん)裏側(うらがわ)へでた。


「すっかりお昼すぎちゃったね。どっかで少し休もっか」


 天をあおいで白くかがやく太陽の位置を確認(かくにん)したカナエが提案(ていあん)した。


(まだ大丈夫(だいじょうぶ)。せっかく歩きやすい道がつづいてるんだから、もう少し歩こう)


 (なぎさ)の視線が遠くを見すえていた。1kmほど先の交差点がたんぼのような大きな水たまりに()かっていた。見た目にはよくわからないが、そのあたりだけ少し土地がくぼんでいるのだろう。


(かん)パンは歩きながら食べるよ)


「ちょっとお行儀悪いけどよいか。明るいうちに距離(きょり)をかせいでおきたいもんね」


 (なぎさ)言葉(ことば)にカナエがうなづいた。(なぎさ)背負(せお)っていた銀色(ぎんいろ)防災袋(ぼうさいぶくろ)から食べかけの(かん)パンの缶をとりだしてポリポリと少しずつかじった。


 ゆっくり歩いてきたせいか、さほど空腹を感じていなかったし、食べすぎて便意(べんい)をもよおすのもイヤだった。


 氷砂糖(こおりざとう)のかけらを(した)の上で転がしながら、のこっていたペットボトルの水を飲んだ。1本目のペットボトルが空になる。


 (なぎさ)が道ばたへしゃがみこみ、空になったペットボトルと(かん)パンの缶を防災袋(ぼうさいぶくろ)へしまっていると、いきなりカナエが()った。


「ごめん、(なぎさ)。ちょっとより道してよい?」


(え、いいけど。どうしたの?)


「あっちに生体反応がある」


 カナエが西の方角へ見えるガレキを指さした。くずれた家の屋根(やね)だけが折り重なるように転がっていてひどいありさまである。


(どう()うこと? だれか生きてるの?)


「うん。よそから(なが)されてきたみたいだからよくわからないけど、だれかいて(こま)ってるみたい」


 ベテランの〈産土神(うぶすながみ)〉であれば、自分の管轄(かんかつ)する町へ入ってきた生きとし生けるものの存在(そんざい)をすべて把握(はあく)することもできるが、カナエは新米なのでそれほど(かみ)さまとしての力が強くない。かろうじてその存在(そんざい)を感知するのが精一杯だった。


(大変じゃないか! 急ごう!)


 防災袋(ぼうさいぶくろ)()負って立ちあがった(なぎさ)の手をとって、カナエがふわりと宙に舞う。


「ゆっくり急ごう、(なぎさ)。足元があぶないから気をつけて」


(わかった)


 (なぎさ)は足元へ目をくばりながら、泥でぬかるむガレキの中へわけ入った。クツの底へじわりじわりと水がしみこんでいく。


 その先でだれかが助けを待っているように、(なぎさ)の母・恵子(けいこ)もどこかで助けを待っているかもしれなかった。そう思うと(なぎさ)には人ごとと思えなかった。


 ひしゃげて転がった車のわきを通りすぎ、折り重なるようにしてくずれた家の屋根(やね)屋根(やね)へたどりついた。


「ちょっと大変だけど、この先みたい」


 屋根(やね)にさえぎられて向こう側が見えない。そんな屋根(やね)とガレキとのすきまに水たまりができていた。


 転がってなかば泥にうまった浴槽(よくそう)を足場にかまえると、宙にうかぶカナエが先に屋根(やね)の上へ(うつ)って、(なぎさ)へ手をさしだした。


(これくらい平気だって。まかせといて)


 (なぎさ)が上半身だけではずみをつけて屋根(やね)へとび(うつ)った。


(うわっ!)


 水にぬれてすべりやすくなっていた屋根瓦(やねがわら)に足をとられて転びかけた(なぎさ)をカナエが正面(しょうめん)から抱きとめる。


「もう。調子にのるんだから」


(……ごめん)


 両わきを下からかかえられ、カナエのたいらな胸へ顔をうずめるようにささえられた(なぎさ)()れながらあやまった。


 しかし、カナエは頓着(とんちゃく)するようすもなく、(なぎさ)屋根(やね)の上にしっかり立ったことを確認(かくにん)すると、手をとって屋根(やね)をのぼった。


 屋根(やね)の上から見下ろしたガレキの中に大きなベニヤ板が(たお)れていた。そこに1頭の黄色い犬がいた。


(こま)ってるだれかって……犬?)


 首輪からのびた短いリードが、ベニヤ板をつきやぶって少しだけ頭をだしたステンレスの窓わくの残骸(ざんがい)にひっかかっていた。


 リードののびる範囲内しか動きまわることのできない犬がくたびれたように()そべっていた。


「秋田犬かあ。このコだったんだ。(なぎさ)、助けてあげよう」


(あ、うん)


 人ではなかったことにいささかひょうしぬけしたが、見すごすわけにはいかなかった。

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