表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/48

第二章 泣き虫の神さま 〈2〉

 カナエの云うように、この神社は(なぎさ)が幼いころからお気に入りの遊び場であり、祖父との思い出の場所でもある。


 3年前に亡くなった(なぎさ)祖父(そふ)は、この神社から海をながめるのが好きだった。


渚は赤ん坊のころから祖父へつれられて、ここへきていたと聞いている。カナエの言葉に、神社で祖父(そふ)とかくれんぼした記憶がよみがえる。


「ちっちゃい(なぎさ)がひとり遊びしてる時は、トト神さまが(なぎさ)のおじいさんの代わりに、かくれんぼの相手をしてたんだって。よいなあ……」


 カナエが小さくため息をついた。手のひらの上で淡く光る透明な宝玉(ほうぎょく)(いと)おしそうに見つめるカナエの(ひとみ)がうるんでいた。


(……カナエ?)


 今にも泣き出しそうなカナエの表情に心配して、(なぎさ)が声をかけた。


「私もトト神さまとかくれんぼとかして遊びたかったな。……この宝玉(ほうぎょく)には、トト神さまの千年におよぶ記憶と知識のすべてが入ってるんだって。私の図書館みたいなもんね。私がこれから〈産土神(うぶすながみ)〉として生きていくために必要だからって、のこしてくれたの」


 のこしてくれた、と云う言葉が(なぎさ)の胸に小さく引っかかった。


(……トト神さまは今どこにいるの?)


 カナエはとびらの方へ顔をむけた。視線(しせん)はずっと遠くを見つめている。


「海の下の地の底。今日の震源地(しんげんち)。そこに〈大黒蟲(おおくろむし)〉ってよばれる巨大魚がいるの。それが地震(じしん)津波(つなみ)を引き起こした。トト神さまたちには、7日前から今日の災厄(さいやく)がわかっていて、人々の夢や意識へ警告(けいこく)を発しつづけていたんだって。3日前に私が生まれたから、トト神さまは私にお役目を引きついで、少しでも地震(じしん)津波(つなみ)被害(ひがい)から町を守るため〈大黒蟲(おおくろむし)〉を(しず)めにいったの。海ぞいの町のたくさんの神さまが、海へ向かうのを見た」


(……たくさんの神さまが地震(じしん)(しず)めにいって、こんなヒドイことになってるのかよ!? なんだよ! 神さまなんてなんの役にもたたないじゃないか!)


 津波(つなみ)()みこまれる町をぼう然とながめているしかなかった(なぎさ)絶望(ぜつぼう)恐怖(きょうふ)が、やり場のない(いか)りとなって爆発(ばくはつ)した。


「ふざけたこと云わないで! 神さまたちががんばってくれてるから、この程度ですんでるんだよ! (なぎさ)だって、私が助けなきゃ、今ごろ(つなみ)に()まれてたんだよ!」


 カナエもくちびるをふるわせながら、どなりかえした。カナエの神さまらしくない剣幕(けんまく)に、(なぎさ)はたじろいだ。


「私がどんな(おもい)いであなたたちを助けようとしたかわかる!? 私だって生まれてからこの3日間、ずっとあなたたちによりそいながら、地震(じしん)が起こることを警告(けいこく)しつづけてたんだよ! 今日だって、私、何度も云ったよね? 早くにげなきゃダメだって! だれひとり死なせなくなかったから、必死でさけびつづけていたのに!」


 カナエの(ひとみ)から(なみだ)がひとしずくこぼれ落ちた。


「あなたたちが、もっと自然や地球に対して謙虚(けんきょ)な気もちをもっていたら、私たちの言葉はとどいていたはずなのに! (なぎさ)は安全なところから見ているだけだからわからないでしょうけど、私はたくさんの人たちが津波(つなみ)()まれて亡くなっていく姿(すがた)を、よりそいながら見ていることしかできないの! 今こうしている間も、私の目の前で町の多くの人が苦しみながら冷たい海の底へ沈んでいく。ガレキの下で冷たくなっていく。私はその姿から目をそむけることができない。助けてあげることができない。これがどれほどつらくてくやしくて苦しくて(かな)しいことか、(なぎさ)にはわからないでしょう!? 私に力があれば、(なぎさ)の友だちだって、もっと助けてあげられたのに……」


(ちょっと待って! みんなは……、みんながどうなったか知ってるの!?)


 カナエは激情(げきじょう)にかられて云いすぎたことに気がついた。(なぎさ)動揺(どうよう)させないためにも、だまっておくべきことがらだった。しかし、もう手おくれである。


 カナエはため息をつくと、しずかに語り出した。


「……公民館に着いてた3年生のうち32人は、公民館の屋上へ避難(ひなん)して助かってる。公民館は水に()かってるから、みんなまだ屋上で寒さに(こご)えながら身をよせあってる。とっさの判断で公民館より高いところへ避難(ひなん)しようと走った4年生25人と5年生13人も無事。ぐるっと遠まわりして宝船高校体育館の避難所(ひなんじょ)にいる。みんなも渚みたいに引っぱり上げようと手をのばしたけど、私の手をつかめたのは、5年生の石井君て人と、(なぎさ)のクラスメイトの大橋さんだけだった。ふたりも高校の避難所(ひなんじょ)で無事」


 大橋さんは教室を出る時、背中についていた蛍光灯(けいこうとう)破片(はへん)をとってくれた女の子だ。


 特別親しいわけではないが、知りあいの無事を聞いて(なぎさ)はうれしくなった。心なし声にならない言葉がはずむ。


(じゃあ、大塚(おおつか)先生は? 田辺(たなべ)っちは? 樋口(ひぐち)は? 瀬戸川(せとがわ)は?)


 カナエはくちびるをかみしめながら目をふせた。不自然な間に、(なぎさ)はその意味するところを察したものの実感できずにいた。


(え……? 大橋以外にも、クラスで無事だった人いるんだろ?)


 (なぎさ)のすがるようなまなざしに、カナエはうつむいたまま答えなかった。


(なあ、ウソだろ? カナエ……)


「うっく……、ひっ……」


 カナエは肩をふるわせながら嗚咽(おえつ)をもらしていた。ひざの上の両こぶしが白くなるほど強く()ばかまをにぎりしめていた。


 (なぎさ)は自分が小さな女の子を泣かせてしまったことにあわて、そして後悔した。


 カナエは自分と同じ年くらいの姿(すがた)をしているが、生まれてまだ3日しかたっていないと云う。しかも、その3日間、きたるべき災厄(さいやく)にそなえて、町の人々に警告(けいこく)を発しつづけていたと云う。


 そして、この悲劇(ひげき)である。


〈神さま〉とは名ばかりのいたいけな少女は、うれしいことや楽しいことを味わうより先に、多くの人々の苦しみや(かな)しみと今も向きあっているのだ。


 (なぎさ)はカナエが自分の想像(そうぞう)以上につらい(おも)いをしていることに、おそまきながら気がついた。


(あの……、ごめん、カナエ。ぼく、自分のことばっかり考えてた。……そうだよな。カナエはぼくなんかよりぜんぜん年下なのに、つらくないわけないよな。それに、助けてくれてありがとう。ホントは一番最初に云わなくちゃいけなかったのに……、ヒドイことばっか云って、ごめん)


「ひっく……、うわぁーん!!」


 (なぎさ)の言葉にカナエは顔を上げて号泣(ごうきゅう)した。カナエは生まれてから3日間、自身のつらいお役目にずっと()えてきたのだ。


 だれに気づいてもらえるわけでもない。


 だれに感謝(かんしゃ)されるわけでもない。


 それでも、必死に人々を守ろうと全力をつくしてきた。しかし、多くの人々を助けることができなかった。


内心、自分の非力(ひりき)さに打ちひしがれていたのだが、カナエは生まれてはじめて人に感謝(かんしゃ)されたのである。


「ありがとう」の一言が、カナエの胸の奥であたたかく大きな光となって全身へしみわたった。自分のしてきたことがまったくのムダではなかったことに、ほんの少しだけ心なぐさめられた。


 カナエは(かな)しくて、そしてうれしかった。


 一方、(なぎさ)は困っていた。自分の言葉でカナエは泣きやむどころか、ますます(はげ)しく泣きじゃくっていたからである。


 どうにかしてなだめようと、おろおろしながら近づいた(なぎさ)は、突然(とつぜん)、胸に頭つきをくらって、あおむけに(たお)れた。


 カナエが(なぎさ)の胸に顔をうずめて泣いていた。(なぎさ)(たお)れたまま胸に押し当てられたカナエの顔や(なみだ)のぬくもりを感じていた。


(……神さまもあたたかいんだな)


 (なぎさ)は妙なことに感心しながら、空いている右手をカナエの頭におそるおそる乗せた。これでもなぐさめているつもりだった。


(ぼくもカナエを助けてあげられるだろうか?)


 黄色いハダカ電球に照らされた神社の天井を見つめながら、(なぎさ)は思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ