第二章 泣き虫の神さま 〈1〉
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(……やっぱり子どもじゃないか)
渚は目の前で起きたふしぎな光景に、内心とてもおどろいていた。
しかし、あらわれた相手が自分と同じ年ごろの女の子だったこともあって、なんとか平静を装ってみせることができた。
「しょうがないでしょ。こっちにだって、いろいろ事情ってもんがあるんだから」
カナエはぷーっとむくれた。もっとおどろかれると思っていたのに、反応があっさりしすぎでつまらなかったのだ。
「でもこれで、私が神さまだって納得したでしょ?」
(そうだね。一応)
渚がばく然とイメージする神さまは、もっとおごそかで近よりがたい雰囲気をかもし出しているものだが、カナエは単なるコスプレ美少女にしか見えなかった。
「はじめての〈顕現〉が、これだけ上手にできたんだから、もう少しほめてくれてもよくない? それこそユーレイみたいにスケスケになるかもって、心配してたんだよ」
渚は首をかしげた。カナエがなにを云っているのか理解できなかった。
「実を云うと、私は3日前に生まれたばっかりなんだよねー。だから子どもの姿なの」
カナエの唐突な告白に渚は面くらった。
(3日前!? ……ぼくと同い年くらいにしか見えないけど)
その上、渚よりずっと物知りっぽい。
「人間と同じ尺度で考えるのは無意味。だって、私は一応、神さまなんだから」
(でも、神さまって、生まれたり死んだりするわけ?)
「『古事記』にだって、神さまから神さまが生まれる場面はたくさんあるよ。渚、読んでないの?」
(『王子とこじき』なら読んだことあるかも)
「コジキちがいね。……それ冗談のつもり?」
渚は答えなかった。肯定しても否定してもバカにされそうだ。
「まあ、トト神さまも、新しく神さまが生まれるのはマレなことだって云ってた」
(トト神さまって?)
「私の生みの親。私はトト神さまの左の手のひらから生まれたんだって。新しい神さまが生まれるって云うことは、トト神さまが〈おおいなるみなもと〉へ還る日が近づいているんだろうとも云ってた」
(……〈おおいなるみなもと〉?)
カナエが口を開くたびに渚の知らない言葉がとび出してくる。カナエは渚のハテナに答えないまま話をつづけた。
「世界にはいろんな神さまがいるらしいんだけど、私たち〈産土神〉は、その地に根ざし、その地に住まう生きとし生けるものを祝福し、守護するのがお役目なんだって。トト神さま……って云うか、私の管轄がこの宝船町なの」
(宝船町だけ?)
「うん。となりのえびす町にはえびす町の、弁天町には弁天町の〈産土神〉がいる。まだあいさつには行ってないけど」
(それって、人のつくった市町村別にわかれているわけ?)
「便宜的に。その方が神さまたちもやりやすいんだって」
(やりやすいとかあるんだ?)
「人間に感化されている部分があるのかもしれないけど、大地にやどる精霊と云う特質上、境界のハッキリしている方が、力を行使しやすいんだと思う」
またむずかしいことを云い出した。渚にはカナエが生まれて3日目とは思えない。
「私たちは実体をもたない思念体だから、おちこちにすることができる。私は今、渚のとなりにいると同時に、宝船町のみんなひとりひとりによりそっているの」
渚の頭上でハテナ・マークが輪になっておどっていた。
まったく理解できていないことに気づいたカナエは、渚の意識をさぐって言葉を選ぶ。
「……ようするに、忍法〈多重影分身の術〉みたいなもんよ。〈分身の術〉で、宝船町にいるすべての人のそばにいるわけ。分身の私は、それぞれ独自に行動できるけど、根っこの部分で意識を共有してる。マンガとかでそう云うの読んだことあるでしょ?」
(うん)
今度は渚にもつうじたらしい。
(じゃあ、カナエはみんなにも見えているの?)
カナエはかぶりをふった。
「だれにも見えていないし、私の声もほとんど聞こえてない。渚だって、私が3日前からずっとそばにいたこととか、トト神さまがその前からずっとそばにいたことにだって気づかなかったでしょ?」
(そうなの?)
「夢とか無意識のところで、私の声をキャッチしてくれた人たちが数人いるだけ。ふつう、そう云う人たちは、カンがよいとか、霊感が強いとか云われる」
(……ぼくは云われたことないけど)
「ホント、ふしぎだよね」
カナエが、さもありなんと云う風情でうなづく。
「でも、私が渚の前で、これだけハッキリ〈顕現〉できたってことは、なにかあるんだよ」
カナエの左のたなごころに透明な宝玉があらわれた。黄緑色にあわく光る宝玉を、左手の親指だけで器用にくるくるとまわしながら、話しつづける。
「私たちが〈顕現〉するためには、ふたつの条件が必要なの。ひとつは長いこと人の祈りや想いがそそがれて、それ自体が神性をおびたアイテム。そして、もうひとつは私たちと深く心をかよわせることのできる人。ここでは、そのアイテムがこの神社のご神体である銅鏡で、心をかよわせることのできる人が渚ってことになるんだよね」
カナエの瞳が銅鏡と渚を交互に見た。
(アイテムが銅鏡って、なんかRPGみたい……)
カナエが手のひらで転がしていた宝玉の光がオレンジに変化した。カナエの親指の動きがとまる。
「……そっか。渚は小さいころから、よくこの神社で遊んでたのか。トト神さまにすっごく愛されてたんだね」
(……?)
「トト神さまは、ちっちゃいころの渚とかくれんぼして遊んだこともあるんだって。むかし〈顕現〉したトト神さまと何度も会ってたから、私の声も聞きとってくれたし〈顕現〉もラクだったんだ……」




