フェル・アパート
以来、正史は自宅アパートの中で倒れ込んだように引き篭もった。和泉との関係は砕け、散りさったという事実が幾度も正史を追い込んだ。ふと思い立ち、彼女の携帯に電話をかけてみると、流れて来たのは自動音声のみで、「おかけになった番号は、お客様のご都合によりお繋ぎできません」という。着信拒否。お客様のご都合。想いを断ったのだろう。ボタン操作ひとつで切れてしまう仕組みの虚しさに正史の想いの方は行き場を失った。
何か方法があるのではないか、あらゆる可能性を考えた。当時、LINEのアカウントは持っていなかったし、SNSにもどちらかというと消極的だった二人だった。連絡がとれたところで想いを断った彼女にどんな言葉を向ければ良いのかもわからない。
正史の気持ちはなおも彷徨い続ける。
次に考えたのは和泉の気持ちである。彼女はどんな風に想いを断つことができたのだろう。かけられた言葉をかき集める。好きだの惚れたのだという言葉はそれほどあったわけではない。ただ、未来の話をしたことはよくあった。この先、コミュニケーションの手段はどんどん多様化して、私たちの生活もどんどん世界に開けていくと思うの。だけどそれって私たちの世界が薄まっていくことにならないかしら。正史と私っていうひとつの世界が周りの世界にのまれていってしまうの。ねえ、私たち、どこか遠くに行けないかしら。誰にも見張られていない場所。そういうところで私たちは幸せになれると思うの。ねえ、正史、聞いてる?聞いてるの?
和泉はひとりで遠くに行ってしまったのだろうか。どこだろう。海外だろうか。
半ば盲目的にそう信じる。そうか、和泉は異国に居場所を求めて旅立ったのか。だとしたら自分もその場所に行きたい。たとえ会えた時に他の誰かと和泉が一緒にいたとしても彼女のたどり着いた場所を見てみたい。その想いだけをたよりに生きていくことが、正史に残された道なのだと彼はささやかな希望をつないだのだった。
小さなアパートの窓ごしに空を見上げる。秋は深まりつつあり、釣瓶落としの言葉の如く、群青色に塗られてゆく街並みが見える。それらが静謐な気持ちをもたらす。
そうだ、英語を勉強しよう。ぼんやりとだがそう思う。日々を未来に近づけるために、粉粉になった生活を再生するために、できることを少しずつ前に進めるのだ。
正史はいつしかまどろみの中にいた。夢に現れたのは誰もいない川の流れだった。そこには正史自身の姿さえないようだった。




