2026年3月18日•19日
2026年3月18日
昨日は結局ナツミのもとへは行けなかった。
「今日は来てくれたんだ。久しぶり。」
「久しぶり…っていっても、
一昨日来たばっかりじゃないか。」
「まぁ、細かいことはいいんだよ。
それより、今日は何しにきたの?」
「別にいつも通りだよ。話をしに来たんだ。」
「いっつもそうやって、つまんなくない?」
「…迷惑だった?」
「ううん、私は嬉しいけど、気になっちゃって。
友達と遊んでた方が楽しくない?」
「俺はナツミも友達だと思ってたんだけど…。」
これは、偽善ではない。
本当に、ナツミのことを友達だと思っている。
「そういうのに恥じらいってないの?」
「事実だからね。」
「まぁ、私も友達だと思ってるよ。
さっきのは言葉の綾だよ、綾。」
「そういうもの?」
「そういうものだよ。」
「今日は、何の話がしたい?」
「そうだなぁ、ハルくん、高校入ったら
どんな青春したい?」
「そりゃ、友達とカラオケ行って、
ラーメン食べて、バスケして…。」
「彼女とかつくらないの?」
「うぐ…俺は、しばらくはそういうのはいいや。」
「あ、そういえば…。」
俺は、卒業を機に1年付き合っていた
彼女に別れを告げられた。
俺は高校が別でも付き合っていたかったのだが、
彼女はなあなあになるのが嫌だったそうだ。
「なんか…ごめんね。」
「いや、いいよ…。そっちはどうなの?」
「私は、今まで彼氏できたことないかなぁ。」
「へぇ、意外。」
「恋バナは好きだったけど、
私自身が誰かに恋したこととかなかったし。」
「ふーん…。」
「まさか、私を口説いてるの?」
「んなわけ。」
「ちょっとくらい動揺してよ…
私ってそんなに魅力ない?」
「いや、魅力的だよ。」
ナツミが頭をポリポリと掻く。
「そ、そう。まぁ、私もハルくんと
付き合いたいわけじゃないし。」
「それは聞き捨てならないな。」
「仕返しだよ。」
そう言ってクスリと笑う。
彼女は見た目こそ弱ってはいるが、
会話からはまるで病人らしさが感じられない。
「あのさ。」
「どうしたの?」
「ナツミってさ、辛く…ないのか?」
「あ、えっとね…。」
ナツミが明らかに困った顔をする。
こんな質問、していいはずがない。
けれど、なぜか、聞いてしまった。
「わ、悪い。変なこと聞いて、ごめん。」
「いいよ。」
「…。」
「…。」
「そういえばさ―」
「辛いよ。辛いに決まってるでしょ。」
怒っている…ような口調ではない。
しかしその声は、どこか冷たいものを含んでいた。
「私、何か悪いことしたわけでもないのに、
いきなりこんなになっちゃった。
元々はね、そんなに重い病気じゃなかったの。
でも、いつの間にか酷くなってたみたいで。」
「…。」
「ごめんね、ハルくんは悪くないのに。」
「いや、そんな…。」
「いいよ。そんなこと言わなくて。
早いけど、今日はもう帰ってくれる?」
ナツミは下を向いていて、表情は見えない。
「…わかった。」
リュックを背負い、ドアノブに手を掛ける。
「またな。」
返事はない。扉を開ける。
「その…。」
振り返ると、下を向いたままナツミが
話しかけていた。
「明日にはさ、もとに戻ってるから。
だから、また…来て。」
「もちろん。」
―――
2026年3月19日
今日は、いつもと比べて腰が重い。
ナツミはまた来てと言ってくれたが、
本当に行っても大丈夫だろうか。
「失礼します…。」
恐る恐る扉を開ける。
「あははは、なんでそんなかしこまってんの?」
思いっきり笑い飛ばされた。
「私はそんなに引きずる女じゃないよ。」
そこにいたのは、いつも通りの彼女。
というより、いつも以上に機嫌が良い。
それが本当にそうなのか、それとも
俺のために無理をしているのかは分からなかった。
「ごめん。」
「昨日のことはいいって。」
「いや、それもそうなんだけど、もう1つ。」
「…?どうしたの?」
「今日はこの後予定あるから
すぐ行かなきゃなんだ。」
「なんだ、そんなこと?
っていうか、わざわざ顔出しに来てくれる
だなんてハルくんも律儀だね。」
「ナツミが寂しそうだからな。」
「えー?そう見える?」
昨日、彼女が久しぶりと言った時、
俺は単なる冗談だと思っていた。
けれど、彼女の時の流れは俺たちとは違う。
どんな時もお見舞いに来てくれる人が
いるわけではない。
一応スマホなどは自由に使えるようだが、
彼女が使っている姿を一度も見たことがない。
こんな何もない部屋で、ただ自らの死を
待ち続けている。一瞬でさえ、永遠と思えて
しまってもおかしくないだろう。
俺が過ごした1日と、彼女が過ごした1日とでは
まるで重みが違う。
そんな彼女にとっては、俺は久しぶりな
存在なのかもしれない。
「別に悪い意味じゃないよ。
でも、人といた方が楽しいと思って。」
「それは、そうかもね。」
「今日は、俺が色々質問していいかな?」
「珍しいね。いいよ。面白そう。」
「その、何か、悩んでることとかないか?」
「…また、そういう話?」
「いや、したくないならいいんだけど、
病人としてじゃなくて、
これからの同級生として、ナツミのことを
知っておきたいと思ってさ。
別に重い話はしなくていい。」
「私のことを知りたくて1番最初に聞くのが
私の悩みなんだね。」
「他のことは、もうだいたい知ってるからね。」
「そっか。いっぱい話したもんね。
そうだなぁ、私の悩み…か。」
「どんなことでもいいぞ。」
「あ、そういえば、最近寝つきが悪いんだよね。
病院のベッドってなんか家のやつより硬くてさ、 私そういうの気にしちゃう人だから。」
「睡眠…な。」
聞きはしないが、理由はストレスだろう。
実際にそう頭ではストレスを感じていなくとも、
体はそのストレスを覚えてしまう。
そうすると自然と寝つきも悪くなる。
「結構色々試してみたんだよ。
朝カーテン開けてちゃんと日の光浴びたり、
米軍式睡眠?みたいなやつやってみたり。」
「ちゃんと調べてるんだな。」
「時間だけは無限にあるからね。」
「そっか…。」
「あぁ、そんな気まずそうにしないで。
ブラックジョークってやつだよ。」
「ならいいんだけど。」
「なんか知らない?快眠のコツ。」
「うーん、寝る時の呼吸とかは?」
「何それ?」
「何だったかな、吸う、止める、吐く、を
それぞれ何秒かのサイクルで回すんだよ。」
「それってその秒数が肝心なんじゃ…?」
「そうだよな…。」
忘れてしまった。
「今度調べてみるよ。
それより、予定あるんでしょ。
今日はありがとう。」
うむ。あまり役に立てなかった気がする。
―――
「っよし!ストライク!見た?今の見た?
おい、ハル!」
「ん、あぁ、すごい、いいね、エクセレント。」
「絶対見てなかっただろ。」
俺は、中学の同級生兼親友のアキトと
ボーリングに来ていた。
「なんか今日ずっとぼーっとしてるな?
どしたん、話聞こか?」
(うざい…けど、頼りになるんだよな、コイツ。)
「あのさ、天野ナツミ…って覚えてる?」
「うん、俺、同じ委員会だったし。」
「そうだったのか。それでさ、その、
何かナツミについて知ってることってある?」
「そういえば、お前たち高校一緒だったな。
もしかして、狙ってんのか?」
「ちげーよ。理由なんて何でもいいだろ。」
「悪いけど、俺はよく知らないんだ。
そんな仲良くなかったし。」
「なんだよ、役立たずだな。」
「役立たず!?」
「ははは。」
「笑ってんじゃねえ!」
―――
「く、くく…ふふふ。はは、えぇ?」
「いつまで笑ってるんだよ。」
「だってハル…5、5連続ガターって…くく。」
もう帰りの電車を降りたというのにコイツは…。
アキトから何かナツミの話が聞けるかと
思ったけれど、特に収穫はなかった。
(あ、そうだ…!)
「アキト、あそこ寄っていいか?」
「ん?あぁ。じゃ、そこ寄って帰るか。」




