プロローグ
2026 3月16日
―ハルくん、もう高校生になるんだね。」
「なんで他人事なんだよ。ナツミもだろ。」
「そうだけどさ、実感湧かないっていうか。」
「俺もだな。」
「高校入ったら何したい?」
「その話、もう何回もしただろ。」
「何回したっていいじゃん。
妄想はすればするほど楽しいよ。」
「まぁ、そうだな。ラウワンとかどう?
あんま俺たちの周りになかったじゃん。」
「ボーリングか、確かにやったことないかも。」
「駅周りのラーメン巡りもしたいね。」
「私はそういうの得意じゃないかなぁ。」
「じゃあ、あそことかどうだ?
名前忘れたけど、ピザ食べ放題みたいな。」
「シェーキーズ?」
「多分。クラスの打ち上げとか行ったら
楽しそうじゃない?」
「私、誘ってもらえるかなぁ。」
「ナツミなら大丈夫でしょ。」
「どうだろうね。」
「…。」
「…。」
「…あと、文化祭も楽しみだよな。
中学の頃は、合唱コンしかなかったし。」
「うん…そうだね。」
「…体育祭も、俺あれやりたいんだよ。
男子が女装してダンスするやつ。」
「アレね。ダンス得意だっけ?」
「全然?でも、面白そうだし。」
「ハルくんっぽいね。」
「…。」
「…ハルくん、時間は大丈夫?」
「あぁ、もうこんな時間か。
悪いけど、行かなきゃ。」
「うん、ありがとう。明日も来てくれる?」
「どうだろう。入学前課題もやらなきゃだし。」
「そっか…今日はありがとう。」
「じゃ、またな。」
「うん、また。」
ナツミが、白い部屋、白いベッドの上から
その白く細い手を振る。
某県某病院、短い時間ながらも
互いに言葉を交わすのが当たり前になっていた。
彼女が病気だと知ったのは、
中学を卒業する少し前。
その時は、持病を持っており、入退院を
繰り返しているということだけ聞かされた。
特に死に関わるようなものでもない、と。
本人からほう聞かされた。
中学を卒業して少ししてから、
彼女はまた入院をした。
別に特別仲が良かったわけでもない。
ただ、病気のことについて聞かされた以上、
放っておく訳にはいかないと思ってしまった。
お見舞いして、言葉を掛けて、
それで、おしまい。
そうするつもりだった。
病室に入ると、彼女は、泣いていた。
今でもよく覚えている。
クラスでは明るくムードメーカー的存在だった
彼女が、大粒の涙を流してベッドに
いくつものシミをつくっていた。
俺の存在に気づくと、取り繕ったような
笑顔を貼り付けて話を始めた。
進学する高校は同じだったので、
思っていたより話は弾んだ。けれど、
泣いていた理由は、話してもらえなかった。
帰ろうとドアに手を掛けたところで、
あることを言われた。
彼女は、もう死が近い。
高校生になれるかも分からない、
ギリギリの状態らしい。
とても稀な病気で、治る見立てはないそうだ。
それを聞いて、どう答えればいいのか
分からなかった。
でも、見捨てることもできなかった。
他の人がこれを見たら、偽善だと笑うだろうか。
きっとそうだ。これは、偽善に過ぎない。
俺は、聖人なんかじゃない。
まごうことなき偽善者だ。
でもなんだか、これを続けていれば
彼女を救える気がした。
医療の知識もなければ、病気を治す力もない。
けれど、不思議とそう思えた。
俺のこの偽善で彼女を救えるなら、
どんな嘲笑も受け入れてやる。
そう、これは、偽善者の俺が、
彼女が普通の高校生活を送れるよう、
奮闘する、2026の春休みの物語。
明日は、どんな話をしよう。
―――
天野 ナツミ
2010年 8月9日-2026年 4月6日
死因:病死
享年:15歳
4月7日の入学式を迎えることなく死去。




