86 活字拾いの娘、王子に話しかけられる③
「王子様、私は歩合制のおかげで、助かったんです。もしおばさんたちと同じ、時間給制だったら暮らして行けなかったです」
「えっ? そうなの?」
「はい、ガッテン街とはいえ、アパートを借りて食べていくのは大変ですから。歩合制だったからたまにお肉も食べることができたんです」
「おにく?」
王子がキョトンとした顔になった。王子にとってお肉を食べることは当たり前のことなのだろう。いや平民だって肉は食べるよ。でもそれは余裕があればこそだ。孤児院を出たばかりで、何から何まで揃えないといけなかった私にそんな余裕はなかった。ヴァンが用意してくれるって言ったけど、断ることができたのは歩合制のおかげだ。
「活字を拾えば拾うほどもらえるお金が増えるなんて最高です」
「そうなのか?」
「そうです!」
私が断言すると王子は困ったように笑った。
「昔、歩合制での雇用が多かった頃、休みも取らないで働くものがいて、その者は働いている最中に死んだそうだ。屍のそばには齧りかけの硬いパンが落ちていたと聞いた。これは極端な例だが似たような話はいくつもあったそうだ。だから歩合制は推奨されていない」
いわゆる前世で言う過労死ってことか。文明が進化していた前世の日本でさえ、過労死する人はいたのだ。この世界で過労死する人がいるのは仕方のないことだ。でも王子がどうしても歩合制が嫌なら禁止すれば良いのにとは思う。私は正社員になったから歩合制が禁止になっても構わない。
「どうして禁止しないのですか?」
「禁止にするのは簡単だが、隠れてやられる方が困るのだ。それに歩合制でないと働けない人たちもいるからな」
なるほどな~って思った。この王子はいわゆるダメ王子ではないらしい。第二王子って聞いてたから不安だったけど民のことを考えられる良い奴だった。
その後も王子は活字拾いの真似事をしたりとやりたい放題だったが、
「時間です」
と従者みたいな男に言われると素直に従った。ただ最後に、
「君たちは活字拾いの仕事がなくなったら、どうする?」
と聞いてきた。
皆は突然の質問に首を傾げることしかできなかった。王子に「はぁ?」と返事するわけにもいかないからね。
「王子、時間ですよ」
「わかった、わかった。今日は皆、ありがとう、勉強になった」
爽やかな笑顔を残して王子は帰って行った。もちろんガッテン子爵やセシルさんも王子と一緒にいなくなった。
残された私たちはというと緊張が解けて座り込んだ。今日は仕事にならないだろう。セシルさんも王子の見学が終わったら今日の仕事は終わりで良いと言ってくれていたので、そうさせてもらうことにしたのだった。
「この仕事無くなるのかな」
コメットが不安そうに呟いた。私はそれに答えることができなかった。
前世の日本で活字拾いなんて仕事はなかった。だからおそらく活字拾いはいつか要らなくなるのだと思う。でもまだまだ先のことだ。今すぐではない。
だからそう言ってあげれば良いのかもしれない。そうすればコメットに不安は無くなるはずだ。でも前世の話はできないし、おそらく話したところで信じてはもらえない。
「貯金だよ。貯金。何があってもお金があればなんとかなるよ」
コメットもアンリもクラウスも何故か残念なものを見るような目で私を見ていた。真理だろ思うんだけどなぁ。




