2 活字拾いの少女、誰よりも早く活字を拾う
今日は早番なので眠い目をこすりながら仕事場へと急ぐ。寝坊したのでパンを食べることもできなかった。
ガッテン活字工房の仕事は天職だと思っている。
何といっても本を読めるのが良い。活字工房は活字を拾うことが仕事だけど、ガッテン印刷工房。ガッテン製紙工房。ガッテン製本工房といってガッテン子爵が経営している工房で本を作っている。印刷製本された本は工房の中にある図書室に行けば読むことができる。貸し出しもしているから休日には読書三昧だ。ひらがなだけで書かれているから読みにくいけど、それでも本が読めるのは楽しい。この世界ではまだまだ本は高い。私みたいな平民には買うことができない。
「シーラ。これを頼む。終わったら次があるから」
部屋に入ると早速数枚の紙を渡される。
活字拾いの部屋は四部屋ある。私は3と書かれた部屋に入る。数字は前世と同じであり貴族も平民も同じだ。この間までは4の部屋だった。活字拾いが認められると部屋が変わることは聞いていたので出世したということだ。出世すれば給金が上がる。
「はい、わかりました」
一枚の紙に書かれている文字数が昨日より確実に増えている。昨日までは様子見だったのかな。
これからが本番ってわけね。頑張らなくっちゃ。
ひらがなの文字だけなので楽勝だ。ただ欲を言えばあいうえお順に活字が並んでいたらなぁっていつも思う。
私と同じ格好をした人たちが同じように活字を拾っている。
活字はインクで汚れているので、エプロンと手袋をしていないと服と手が真っ黒になる。エプロンは前世の割烹着のようなもので腕まで保護してくれる。
活字を拾うのなんて簡単だ。私は記憶力が良い。(これは転生する前からだから転生者ゆえのチートではない)
渡された紙を一回読めばすべて覚えているので、ただ拾えばよいだけだ。
(ふふふ~ん)
頭の中で鼻歌を歌いながら集めていく。実に楽しい仕事だ。これで給金までいただける。私にとってこの仕事は天職だ。ただ欲を言えばこの手袋。私には少々大きい手袋は指の先が余っているので、活字を取りにくいのだ。油断すると落としてしまいそうになる。そんなことをすれば叱責されるだけではすまない。手を定規のようなもので叩かれるのだ。
活字は作るのに大金がかかるらしく、文字が欠けたりすれば処分することになる。落としたら叩かれ、もし欠けていれば借金して弁償しなければならない。これはここに勤めるときに契約しているから逃れることはできない。契約書にサインしなければ孤児である私は就職することすらできなかったのだから仕方のないことだ。ようは落としさえしなければいいのだ。
(あっ…)
思ってる傍から活字は落ちていく。私はとっさに『浮く』と念じていた。文字が浮いたまま浮かんでいる。常識では考えられないことだ。私は手を広げて活字を掴む。
サッと周りを窺うが誰にも見られていなかった。ホッと息をつく。
魔法なんて使っているのがばれたら大変なことになる。魔法を使える人間は限られている。魔法を教えてくれる学校に行くか魔法使い一級を持っている家庭教師に学ば仲れば魔法は使えない、これがこの世界の常識なのだから。
何故孤児の私が、魔法を使えるのか。それは漢字を知っているから。それに尽きると思う。
私が魔法を初めて使ったのは、十の時だった。偶然だった。
使ったお皿を下げようとしていて、落としそうになったとき
「止まれ」
と念じていた。そう『止まれ』と念じただけ。
まさか本当に空中で止まるなんて思っていなかったから驚いてしまい止まったお皿はその後見事に落下した。お皿といっても陶器ではないから割れることはない。それでもその時の私の胸の動悸は頭に響いてくるくらい煩かった。
どうして魔法が使えたのかそれからの私はそれだけを考えていた。でも何が原因なのか全くわからなかった。
それが判明したのはある人物の存在である。
ある日新しい仲間が孤児院に来たのだ。孤児院では新しい仲間が増えるのはいつものことだった。
でもその少年は他の人とは何かが違った。雰囲気が他の人とは明らかに違ったのだ。
その少年の名前はアレック。親が亡くなった為に孤児院に来るしかない子供。それがアレックだった。私と違って捨てられたわけではない。
私には兄のような存在が一人だけいた。物心つかない頃から面倒を見てくれていた4歳年上のヴァン。彼だけには魔法のことを話していた。魔法と言っても一瞬だけ空中に物を浮かせるだけのショボイ魔法。この話をした時、ヴァンには絶対に他の人に話しては行けないと口止めされた。その彼がアレックに話したと聞いた時は驚いた。
「君は漢字を知っているのかい?」
「漢字?」
「そう漢字。漢字を知らなければ魔法は使えない」
知らなかった。魔法を使うには漢字が必要だったなんて。この世界にも漢字があったのだ。
じゃあの時お皿が空中で止まったのも漢字を使っていたからなのね。
「なぜ君が漢字を知っている? 君も貴族の生まれなのか?」
「貴族? ううん。私は赤ちゃんの時からここに住んでいる」
アレックは首を傾げた。
「いや、きっと貴族の生まれだろう。事情があって育てられない子供がここに預けられるんだ。この孤児院はそういう子供が多く入っている。だからよその施設より待遇が良い」
衝撃的な話だった。それは私が貴族から生まれたことではない。この孤児院の待遇が他所より良いと言うことに驚いたのだ。パンと具の少ない薄味のスープ。5人で雑魚寝する部屋。どこが待遇が良いのかわからない。
「いやいや、そこにいくの? 自分が貴族出身かもしれないことより薄味のスープの方が気になるって、君ヴァンの言うように変わってるね」
どうやら考えてたことが声に出ていたみたいで、アレックはクスクスと笑っている。そうクスクスだ。なんか上品な笑い方なんだよねアレックの笑いは。彼こそ貴族の血筋なのだろう。
アレックがこの施設にいたのは2年くらいだった。迎えが来たのだ。
その間に色々なことを彼から教わった。
魔法を暴走させないために(まさか暴走することもあるなんて思わなかった)、必要な魔法の知識は全て彼に教わった。
私はアレックに前世の日本での暮らしを話した。初めは怪訝な顔をして聞いていたけど、詳しく話をしているうちに、質問してくるようになった。
「君の話は本物のようだ。私の質問にもスラスラと答えることができる。私は君の話を信じるよ」
アレックにそう告げられたのは、彼と話すようになって一ヶ月くらい経った後だった。一ヶ月もアレックは、私の話に綻びがないか調べていたようだ。けれど私は本当にあった話をしているだけなので、どんなに質問されようと答えは同じだ。
けれど私は知っている。アレックが私を信じた本当の理由は、私のメモにある。この異世界はラノベで読んだような本が高価なところではない。よって紙も普通に売ってある。私のような孤児院暮らしの庶民ではでは買えないけれど、アレックはどこかで手に入れたノートと羽ペンとインクを渡してきて、前世のことを書いてくれと言ってきたのだ。そこには彼からの質問が書かれていて、その答えを書くようになっていた。
正直羽ペンはとても書きにくい。
この孤児院ではひらがなやカタカナ、計算を教えてくれているけど、羽ペンや紙は使わない。前世で使っていた黒板の小型版とチョークのようなもので勉強しているのだ。
とても書きにくかったけど、私はアレックの言うように日本での出来事をかいた。彼の質問にも答えた。
残念ながら羽ペンとインクではボールペンやシャーペンのようにスラスラとはいかなかったけど、漢字を交えて書きまくった。
それを見てアレックは信じたようだ。
「これほど流暢に漢字とひらがなを使って書くことができるなんて信じるしかないじゃないか」




