大雨の夜に/三年生六月
「すごい雨だね」
「ああ」
通話アプリを使っていて、耳元で声は聞こえている。
それでも割り込んでくるくらいの屋根や窓を叩く雨音。
「いじわる、だよね」
「……だな」
普段ならこっそり……一応、建前上こっそりとお互いの部屋同士の窓が面していて高校生男子の身体能力であれば飛び移れることを悪用する時間帯だけれど。
日中は小康状態だったのに夜半になってから窓を開けようなんてとても思えないくらいに激しく降るという事態に阻まれていた、それも二日連続で。
すぐそこに居るのに、というもどかしさ。
「明日の朝もあるし、一緒に学校も行くだろ?」
「……うん」
しばらく空いた後、本当に辛うじて同意するような声が小さく聞こえて。
そしてそれから。
「でも、今、いっしょがよかったな」
言うであろうと思った言葉が、一字一句違わずに届けられた。
「そういうことだって、あるだろ」
あやすような口ぶりをしてしまいながら、隼人は気付く。
空いている方の手が、軽く顎の下の虚空を撫でようとしていた……桃香が膝の間に入り込んできたときに頭が来るくらいの位置を。
仕方のない奴だな、とさっき桃香に対して抱いていた感想がそっくりそのままに自分に帰って来る。
「はやくん?」
自分に呆れて出来た沈黙に、不思議そうな声が聞こえた。
「その……そういうこともあるんじゃないか?」
苦しい物言いをしながら、もしそれを白状したならどんなに嬉しそうな表情とリアクションが帰って来るかを想像する。
そしてそれに天秤が激しく揺すぶられるが、今回は羞恥が勝る。
こんな恥ずかしいこと言えないぞ、と思う一方で冷静な自分がそれはそれとして大概なことを今まで言っていることを指摘する。
それに関しては申し開きのしようもないので何とか別の話題を模索していると。
「そだね……えっと、他の学校に彼氏さんが居る子と話したときとかは」
「ああ、何って?」
桃香の方から提供してくれた少しだけ逸れた話に乗りかかるも。
「色々あるみたいだけど、はやくんがお隣さんなわたしはしあわせだな、って思ったよ」
「ん……」
一気に端折られて、大体同じ場所に戻って来た。
堂々巡りというか底なし沼というか……勿論、最終的な感想は桃香と同じになるのだけれど。
その事実に密かに悶絶していれば。
「あ、はやくん」
「うん」
「はやくんがお隣さんなのがすっごくラッキーなのはそうだけれど、わたしがはやくんのこと大好きなのはそうだからじゃないからね?」
桃香比で割合早口にそんな言葉が届けられる。
「大事なこと、だよね?」
「ああ、ありがとうな」
「えへ……」
叩き付けるように振っている雨とは真反対の柔らかな暖かさに満たされながら……自然に足が立ち上がる。
嬉しい言葉で生まれる衝動。
「何とか……」
「ほぇ?」
「濡れても構わない服装でなら……ってそれだと結局桃香も濡らしてしまうか」
「え、えと……はやくん?」
比較的珍しい困惑の声に、思考は冷静になるどころか変な方向に加速させられる。
「女の子に触れるのに余り薄着なのもまずいよな……」
「そ、それはだいじょうぶ、だし……びしょぬれになってももう一回お風呂入っちゃえばいいんだけ、ど」
狼狽えているの見本のような声。
その状態になった様子も何度か目にしているけれど……桃香相手にだけ働く妙な積極性が今も見たいと働き出す。
「はやくんに逢いたいな、って言ったのわたしだし……ほんとにそうなんだけど、はやくんにぎゅってしてもらうとしあわせだけど」
「ん」
「あとが、大変なことになっちゃう、よ?」
「……うん」
辛うじて残っていた冷静さを意識して手繰り寄せて、馬鹿な考えを封じ込める。いや、封じ込めようとしていた。
なのに。
「桃香にそう言って貰えたら、猶更顔が見たくなるんだけど」
「わ……」
「じゃないな、俺がその……抱き締めたくなっただけよな」
馬鹿野郎は一人だけで、そう呟く。
「え、えと……タオル、準備しておけばいいのかな」
「ん……冷たいだろうけど、ごめんな」
「ううん、ううん」
意を決してカーテンに手を掛ける、その瞬間。
厚めの布地の隙間から、一瞬照明を消している部屋の中が浮かび上がるくらいの光が入る。
そこから数秒置いて、窓が震えるくらいの轟音も。
「「……」」
そしてそれに搔き消されたように見せかけてから、改めて強く窓に打ち付ける滝のような雨粒。その窓を押し込むような強風。
「はやくん」
「ああ」
「わたしはびしょ濡れでもいいけど、お部屋が……」
「……だな」
雷の一喝で取り戻した冷静さ。
「来てくれようとしたことは、うれしかったよ」
「いや、ごめんな」
「はやくんのせいじゃないよ」
もし決行したとしたら優しくタオルで拭いてくれたのがわかる声。
「桃香」
「うん」
「明日、三分だけ早く起きようか」
「だね、それがいいね!」
なお。
「桃香」
「うん」
「すまん」
「ううん、わたしも」
明朝まだ濡れたアスファルトを並んで走ることになる二人だった。
バカップル遂に止まる……?




