前と後ろ/三年生四月
葉桜の中に僅かに残っていたピンク色が風に乗って。
最近の花冷えで保っていたけれどもう見納めかな、なんて校門をくぐり帰路につきながら思ったところで。
「じゃーねー! 桃香~! 吉野君!」
「お先~」
「また明日ね」
通りの反対側の歩道を自転車に乗った絵里奈とその荷台部分を掴んで後ろから押している琴美の姿に軽く手を挙げて応じる。
「何処か行くのかな?」
「一緒にちょっと離れたお店でお買い物だって」
「まあ、そっか」
頷いた後で、何だか妙なスタイルで帰って行ったな、と考えていると。
「休み時間に相談してたけど、琴美ちゃんの自転車に荷物全部乗せてそれを絵里奈ちゃんが漕いで琴美ちゃんが走るのが一番速いからだって」
美術部とスイミングクラブに通う二人で自転車が一台だとそういうことになるらしい。
まあ、確かにそれが良いのか、なんて考えていると。
「桃香?」
「えへ」
珍しく自分から手を離したかと思えば隣を歩いていた姿が軽く遅れて、それから背中に軽い衝撃が来る。
「どうした?」
「なんとなく、二人のまね?」
「そうか」
五パーセントくらい上乗せされたスピードで歩きながら。
「あ、そういえば、なんだけどね」
「うん」
「わたしのお母さんの昔の苗字って『わ』から始まるんだよね」
「何となく聞いたことはあったかも」
綾瀬も好きだけれど、そちらはそちらで似合っている気もした。
「もしそっちだったら、昨日からの新しい席、はやくんの後ろだったね、って」
「そうなるな」
今回も一番端の一番後ろになった隼人。
学年全体で言えばまだ後ろになれる存在はいるが、今年もその人とは同じクラスではなかった。
「だったら、それも楽しかったかも」
「そうなるのか?」
「休み時間とか、いちばんに話せるよね」
「近いしな」
「お弁当もチャイムが鳴ったらすぐ食べれるよ?」
「それは昼休みになってから広げなさい」
「放課後、真っ先に二人で帰っちゃったりとか」
「急ぎの用事がある時ならいいかもな」
「ね」
まだ軽いプッシュを後ろから受けながら歩き続ける。
「少なくとも言えるのは」
「なぁに?」
「……」
桃香が、ちょっと駄目になる。
そして恐らく自分も。
それを精一杯婉曲にして口にする。
「仮に桃香が俺の前だったら先生に怒られそうだから、そうじゃないのは幸いだな」
「えへへ、そうかもねー」
言いながらも流石に四六時中ということは無いだろうとも。
けれど隙さえあれば、くらいにはなりそうだ。
「やっぱり、はやくんが前かな」
「ん」
「いろいろ、できちゃうしね」
両手で押されていたのが、片方だけ外れて……その手が人差し指になって、背中で遊ぶ。
「わかる?」
「たい焼き」
「おいしいよね」
「すき焼き」
「それははやくんのお家の昨日の晩ご飯」
「ススキ」
「今は春だよ~」
今度はぺちぺちと背中を軽く叩かれる。
「桃香」
「うん」
「家に帰ってから」
「はーい」
軽く一回額を当てられた後。
背中と歩調をずらして、また隣同士に戻る。
「それと」
「なぁに?」
「桃香はやっぱり、窓際に居るのがいいな」
柔らかい陽光の中で、笑顔を見せて欲しい。
「そう?」
「ああ」
「はやくんがそう言うなら、そうしておくね」
「よろしく」
繋いでいる手を、お互い順番に、軽く握り合う。
「あ、そだ」
「ん?」
「あらためて、だけど新しいクラスでもよろしくね」
軽いピースサインと、それによく合う表情。
「それ、昨日も言った」
「何回言ってもいいの」
「まあ、それもそうか」
「そうだよ~」
そんな、新学年二日目の出来事。
三年生編です、大体平常運転ですが。宜しくお願い致します。




