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冷血の花は愛に散る  作者: 神城零
第三章「始まりの真相」
15/18

第二話「追憶のネットワーク」

「アド。私はもう十分に休んだわ。出撃の準備をさせてちょうだい」


 私が冷徹に要求すると、アドは咥えていた葉巻をふかしながら、呆れたようにため息を吐いた。


「アホか。今回は入念に作戦を練ってから行くんだよ。お前はもうちょっと休んでろ」

「休む? これ以上時間をかければ、アリスたちの生存確率が低下するわ。即座に部隊を編成し、あの製薬工場を物理的に制圧するのが最も合理的よ」

「前回、その『即座の突入』で敵の罠にハマって全滅しかけたのを忘れたのか」


 アドの低く静かな声が、私の反論をぴしゃりと遮った。


「敵は国家の中枢にいる設計者だ。俺たち『天秤』の戦力や行動パターンを完全に把握した上で、あの地下クラブの罠を仕掛けてきた。今回も、このデータがわざと残された餌である可能性や、さらに凶悪な防衛網が敷かれているリスクを排除できねえ。情報が揃ったからといって、無策で突っ込むのはただの自殺行為だ」


 アドはデスクの上のモニターを睨みつけながら、珍しく自分自身への怒りを滲ませていた。


「俺はもう、お前ら強襲班をあんな無様な形で死地に追いやるようなヘマはしねえ。ロータスにこのプラントのネットワークの脆弱性と、兵力の配置を徹底的に解析させる。お前はそれまで、家で大人しく待機してろ」

「でも……」

「絶対にアリスとタイガーを助け出すんだろ、ピュア」


 アドが私の目を真っ直ぐに見据え、強い意志を込めて言った。


「そのためには、お前のその『感情のエンジン』と、冷徹な『計算式』の両方が完璧に噛み合ってなきゃならねえ。焦りで計算を狂わせれば、今度こそすべてを失うぞ。……俺を信じろ。準備が整い次第、お前を必ず最前線に立たせてやる」


 その言葉に、私はギリッと奥歯を噛み締め、小さく頷くしかなかった。

 彼が言う通りだ。焦燥感に駆られて盲目的に暴れるのは、ただの獣だ。私は感情を取り戻したが、その感情を制御し、最適化された暴力として出力できなければ、アリスたちを助け出すことはできない。


「……わかったわ。待機している」


 私は短く答え、ロータスに視線を向けた。


「ロータス。解析が終わったらすぐに連絡しなさい。私の出番が来るまで、あなたの脳の処理能力を限界まで引き出してちょうだい」

「はいっ! 任せてください、ピュアさん!」


 彼の力強い返事を聞き届け、私はアドの執務室を後にした。

 重厚な扉を閉め、地下の冷たい廊下を歩き出す。

 やるべきことは決まった。だが、待機を命じられた今の私には、ぽっかりと空いた時間をどう消費すればいいのか、全く見当がつかなかった。

 読書をする気分にもなれない。銃のメンテナンスはすでに完璧に終わっている。


「……非効率ね」


 私が小さく呟きながら廊下の角を曲がろうとした、その時だった。


「あっ」


 医務室の方から歩いてきた小柄な人影と、危うくぶつかりそうになった。

 クォーツだ。

 彼女は私を見ると、ビクッと肩を震わせて足を止めた。

 彼女の白い頬や服には、先日までの血の汚れや硝煙の匂いはすっかり消え去り、清潔な白いブラウスとデニムのスカートという、年相応の少女らしい私服を着ていた。医務室の専属医に、先日の戦闘での傷の経過観察でも診てもらいに来たのだろう。


 私とクォーツの間に、数秒の気まずい沈黙が降りた。


 地下クラブでの惨劇の後、私は彼女に謝罪し、彼女もまた私に涙を流して謝ってくれた。私たちはお互いのアリスに対する『独占欲』と『愛情』を共有し、蟠りは解消されたはずだった。

 だが、いざこうして平時の状態で顔を合わせると、何を話せばいいのか全くわからない。

 私は元々、他者との雑談などという非生産的なコミュニケーションを学習してこなかった。彼女もまた、極度の無口で感情表現が不器用なタイプだ。


 気まずい。

 物理的な戦闘よりも、この沈黙の空間をどう処理すべきかの方が、私の脳の演算能力を激しく消費している気がした。


「……傷の具合は、問題ないの?」


 私がなんとか絞り出したのは、極めて事務的な体調確認の言葉だった。


「……うん。もう、ぜんぜん痛くない」


 クォーツは俯いたまま、小さな声でポツリと答えた。

 そして、また沈黙。

 私はどうやってこの場を去ればいいのか、あるいはどんな言葉をかければアリスが喜ぶような『人間らしい』対応になるのかを必死に計算し始めた。


 すると、クォーツが不意に顔を上げ、私の服の袖をチョイと軽く引っ張った。


「……あそぼ」

「え?」


 私の思考回路が、予想外の単語に一瞬フリーズした。


「ピュア……今、お仕事、ないでしょ?」

「……ええ。アドから待機を命じられているわ」

「私も。……だから、あそぼ」


 クォーツは大きな瞳で私をじっと見つめ、もう一度袖を引っ張った。

 遊ぶ? 私と彼女が?

 アリスがいれば、彼女が中心となって私たちを繋いでくれただろう。だが、今この極端にコミュニケーション能力が欠如した2人の殺し屋だけで、一体何をどう遊べばいいというのか。


「……具体的に、何をすればいいのかしら。私、そういう非生産的な活動のデータを持たないのだけれど」

「……車、出して」

「車?」

「ピュアの、黒い車。……海に、行きたい」


 海。

 その単語に、私は少しだけ驚いた。

 彼女の要望は極めて具体的だった。私は少し考え、他にやることもないし、彼女の誘いを拒絶する合理的な理由も見当たらなかったため、頷くことにした。


「わかったわ。地下駐車場へ行きましょう」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 15分後。

 私の漆黒のポルシェは、首都高湾岸線を海に向かってひた走っていた。

 普段は蓮が私の代わりに運転することが多いが、今回は私がステアリングを握り、クォーツが助手席にちょこんと座っている。

 車内には、ポルシェ特有の低く乾いたエンジン音だけが心地よく響いていた。


「……海には、何か目的があるの?」


 私が前方に視線を向けたまま尋ねると、クォーツは窓の外を流れる工業地帯の景色を眺めながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……アリスと、よく来てたの」

「アリスと?」

「うん。……仕事で、嫌なことがあった時とか。血の匂いが、どうしても落ちない時とか。……アリスが、『海風に吹かれたら、全部吹き飛んじゃうよ!』って、よく車で連れ出してくれた」


 クォーツの声は、いつものガラス細工のような冷たさが消え、どこか懐かしむような温かい響きを帯びていた。


「……アリスは、いつも笑ってた。私が泣きそうになってても、ギュって抱きしめてくれて。……海を見てると、アリスの声が聞こえる気がするの」


 彼女の言葉を聞いて、私は胸の奥が少しだけチクリと痛むのと同時に、深い安堵感に包まれるのを感じた。

 彼女もまた、私と同じように、アリスという太陽の不在に耐えられず、彼女の温もりを感じられる場所を求めていたのだ。


「……そう。アリスらしいわね」


 私はアクセルを少しだけ緩め、車内に穏やかな空気を流し込んだ。


「私も、アリスには救われたわ。私が施設から出て、外界のルールが何もわからなくて、自分の暴力だけで世界を支配しようとしていた時。……彼女が、私に『殺す以外の方法で望みを叶える』という強さを教えてくれた」

「……ピュア、アリスに怒られたの?」

「ええ。私の部屋で、私が彼女を『自分のものにしたいから壊す』と言った時、彼女は私に銃を突きつけて、笑顔で私をねじ伏せたわ」


 私が当時の非合理的な自分の行動を正直に告白すると、クォーツは驚いたように目を丸くし、それから、ふふっ、と小さく吹き出した。


「……ピュア、バカみたい」

「否定はしないわ。当時の私は、本当にバカな欠陥品だったもの」


 クォーツが笑ってくれたことで、車内の気まずい空気は完全に霧散していた。


「私もね……」


 クォーツが、膝の上で小さな両手を組みながら、ポツリと自分の過去を語り始めた。


「私、昔は、もっとうまく喋れなかったの。……言葉にすると、全部、人を傷つけちゃう気がして。……誰も信じられなくて、ずっと一人で、銃の練習ばっかりしてた」

「……」

「でも、アリスが……『喋らなくてもいいよ、クォーツちゃんの気持ちは、私がぜーんぶわかってあげるから!』って。……私に、初めてお菓子をくれたの。……それが、すごく甘くて、嬉しかった」


 クォーツの横顔は、とても優しく、そして少しだけ寂しそうだった。


「だから……アリスがいなくなっちゃって、私、どうしていいかわからなくて。……ピュアの顔を見たら、なんだか、安心したの」

「私の顔を見て?」

「うん。……ピュアの目、アリスを探してる時の私の目と、同じだったから」


 その言葉に、私はハッとした。

 彼女は、私の冷徹な表情の奥にある『アリスを失いたくない』という強烈な焦燥と愛情を、同じ感情を持つ者として正確に読み取っていたのだ。


「……そうね。私たちは、アリスという同じ太陽の周りを回る、不器用な衛星同士みたいね」

「えいせい……?」

「物理学の用語よ。中心の重力に引かれて、ぐるぐると回り続ける星のこと。私たちはアリスの引力に囚われているから、こうして同じ軌道上で出会うことができたのよ」


 私が理屈っぽく例えると、クォーツは「……ピュアの言うこと、難しい」と小さく笑いながらも、どこか嬉しそうに頷いた。


 それから私たちは、ポルシェの車内で、アリスに関する他愛もない思い出話をポツリポツリと交わし合った。

 アリスの買ってくる服のセンスが少し派手すぎること。彼女が淹れるコーヒーが実はあまり美味しくないこと。それでも、彼女が笑ってくれると全部許せてしまうこと。


 私は、自分が他者とこんなにも自然に、そして心地よく『雑談』という行為を行えていることに、静かな驚きと喜びを感じていた。

 感情を取り戻した私にとって、クォーツとのこの時間は、決して非生産的なノイズなどではなかった。それは、私の心を安定させ、次なる戦いへの英気を養うための、極めて重要なプロセスだった。


「……海が見えてきたわ」


 私がフロントガラスの先を指差すと、灰色のコンクリートジャングルを抜けた先に、キラキラと太陽の光を反射する東京湾の水面が広がっていた。

 私は海沿いの公園の駐車場にポルシェを停め、エンジンを切った。


「降りましょう、クォーツ。アリスが言っていたように、潮風に当たって頭の中のノイズを吹き飛ばすのよ」

「……うん」


 クォーツが助手席のドアを開け、私たちは2人で冷たい秋の海風が吹く岸壁へと歩き出した。


 灰色のコンクリートで整備された海浜公園は、平日の午後ということもあって人影はまばらだった。遠くには巨大なガントリークレーンやコンテナ船のシルエットが霞んで見え、足元では波が消波ブロックにぶつかって白く弾けている。

 私の鼻腔を、強烈な潮の匂いが満たした。


 海。

 地球の表面積の約7割を占める、膨大なH2Oと塩化ナトリウムの混合液の集合体。

 知識としては、児童自立支援施設の図書館にある地学や海洋学の専門書で飽きるほど読んでいた。だが、実際にこの目で見て、肌で風を感じるのは、これが私の15年の人生で初めての経験だった。


「……これが、海」


 私は岸壁の手すりに歩み寄り、果てしなく広がる水平線を呆然と見つめた。

 私の視界を埋め尽くす、圧倒的な質量と空間の広がり。風の音と波の砕ける音だけが、耳の中の不要なノイズをすべて洗い流していくような感覚に陥る。

 施設にいた頃の私は、山奥の限られた箱庭の中で世界が完結していると思い込んでいた。外界に出てからも、東京というコンクリートとネオンの密集した閉鎖空間の中だけで計算式を組み立てていた。

 だが、目の前に広がるこの途方もないスケールの物理現象を前にすると、私がこれまで構築してきた小さな論理の城など、ちっぽけな砂上の楼閣に過ぎないのだと思い知らされる。


「……どう? ピュア」


 隣に並んだクォーツが、風に短い髪を揺らしながら、少しだけ得意げに私を見上げた。

 彼女の白い頬は海風に当たってほんのりと赤みを帯びており、先ほどまでの沈んだ表情が嘘のように、少しだけ晴れやかな光を宿していた。


「……ええ。驚いたわ」


 私は素直に自分の内なるデータを言語化した。


「視覚的な広がりもさることながら、波の音の周波数が脳の副交感神経に直接作用して、心拍数と血圧を適正値に下げていくのがわかるわ。アリスが『頭の中のノイズが吹き飛ぶ』と言った理由が、物理的にも精神的にも完璧に理解できた」

「……ふふっ。ピュアは、海を見ても理屈なんだね」

「事実を述べているだけよ。でも……確かに、胸の奥のつかえが取れていくみたい」


 私が小さく息を吐き出すと、クォーツはこくりと頷き、同じように水平線を見つめた。


「……うん。私も、そう思う」


 私たちはしばらくの間、言葉を交わすことなく、ただ並んで壮大な海の景色を共有した。

 アリスやタイガーを奪われた焦燥感や、自分の無力さに対する絶望感。それらが完全に消え去ったわけではない。だが、この圧倒的な自然のエネルギーの前に立つと、自分の中で絡まり合っていたエラーコードが1つずつ丁寧にデフラグされていくのがわかった。

 私たちは今、確かに同じ温度で、同じ安らぎを感じ取っている。言葉を持たない彼女と、感情の出力が不器用な私が、この景色を媒介にして完全にシンクロしていた。


 ふと、クォーツが岸壁の横にある、海面近くまで降りられる親水用の石段へと向かって歩き出した。

 彼女は波打ち際ギリギリの段にしゃがみ込み、寄せては返す海水をじっと見つめている。私も彼女の後を追い、隣にしゃがみ込んだ。


「ピュア」

「何?」

「……舐めてみて」


 クォーツが、打ち寄せる波の飛沫を指先ですくい取り、私の方へ差し出してきた。


「海水を? 海水の平均塩分濃度は約3.5パーセントよ。それに、東京湾の沿岸部の水質は決して良好とは言えないわ。雑菌や微小なプランクトンを直接体内に取り込むのは、衛生的に極めて非合理的……」

「いいから。……舐めてみて」


 クォーツは私の理屈を遮り、いたずらっ子のように少しだけ口角を上げて促した。

 私は一瞬ためらったが、彼女のその表情に抗う理由を見つけられず、自分の指先を海水に浸し、恐る恐る舌先へとのせた。


「っ……!?」


 その瞬間、私の味覚レセプターに強烈な電気信号が走った。

 塩辛い。ただ塩辛いだけではない。苦味、エグみ、そして言葉にできない複雑な鉱物の味が、舌の上で爆発するように広がった。


「な……なによこれっ!?」


 私は思わず顔をしかめ、持っていたハンカチで舌を拭った。


「ただの塩化ナトリウム水溶液の味じゃないわ! マグネシウムやカルシウムの苦味が強すぎるし、何よりこの強烈な刺激は……っ、不快だわ!」


 私が涙目になりながら理屈っぽく抗議すると、隣でクォーツが「あははっ」と、声を上げて笑い出した。

 彼女がこんなに明確な笑い声を上げたのを、私は初めて聞いた。


「……ピュア、顔、おもしろい」

「笑い事じゃないわよ……。データとして3.5パーセントの濃度は知っていたけれど、これほどまでに人間の味覚を刺激する暴力的な味だとは思わなかったわ」


 私はまだヒリヒリする舌を口の中で転がしながら、敗北を認めるようにため息を吐いた。

 本で読んだ知識と、実際の体験。

 それは、私が感情というものを『非合理なバグ』だと定義していた頃の認識と、実際に感情を取り戻してその制御に苦しんでいる今の状況と、全く同じ構造だった。

 頭でわかっていることと、実際に経験することは、全くの別物なのだ。


「……ねえ、ピュア」


 笑いを収めたクォーツが、再び波打ち際を見つめながら、ぽつりと口を開いた。

 その声は、海風に溶けてしまいそうなほど細く、静かだった。


「私ね。……頭のなかに、うまく言葉が、浮かばないの」

「……」

「言葉は知ってる。でも、それをどうやって口に出せばいいのか。相手の言葉の裏に、どんな意味があるのか。……昔から、全然わからなかった」


 私は静かに彼女の横顔を見つめ、相槌を打たずに彼女の言葉を待った。

 彼女は今、自らの最も深いアーカイヴの鍵を開けようとしている。


「お医者さんは、私に障害があるって言った。……コミュニケーションの、障害」


 クォーツは、自分の膝をギュッと抱え込んだ。


「学校でも、いつも一人だった。……みんなが笑ってる理由がわからない。みんなが怒ってる理由もわからない。私が普通に話したつもりでも、相手は『バカにされた』って怒る。……私が黙ってると、『気味が悪い』っていじめられた」

「……あなたの脳の言語処理領域と、他者の感情を推し量る共感回路の出力に、先天的な偏りがあったのね」

「うん。……だから私、言葉を使うのをやめたの」


 彼女の大きな瞳に、過去の暗い記憶の影が落ちる。


「言葉が通じないなら。……私が傷つけられる前に、相手を傷つければいいって、そう思った」


 クォーツは、自分の小さな両手を見下ろした。

 二丁拳銃を扱い、数十人の武装兵を無表情で撃ち殺す、正確無比な殺し屋の手。


「言葉の代わりに、殴った。……いじめてくる子も、先生も、親も。……私に近づく人間は、みんな敵だと思って、力いっぱい叩いたの」

「……」

「でも、そうしたら……誰も、私のそばにいなくなった。親も私を気味悪がって、施設に捨てられた。……施設でも喧嘩ばっかりして、何度も逃げ出して。……気づいたら、裏社会の汚い大人たちに拾われて、鉄砲を持たされてた」


 彼女の語る過去は、私にとって決して他人事ではなかった。

 私は両親の狂気から身を守るために感情を殺し、彼らを物理的に排除した。

 クォーツは、世界とのコミュニケーション不全から身を守るために言葉を殺し、暴力をコミュニケーションの代替手段にしてしまったのだ。

 私たちは、アプローチこそ違えど、世界からの理不尽なノイズを『暴力』という極めてシンプルで原始的な手段で弾き返すことしかできなかった、不器用な欠陥品同士だった。


「私、たくさん……人を壊した」


 クォーツの声が、微かに震え始めた。


「悪い人も、そうじゃない人も。……撃てって言われたら、撃った。だって、そうしないと、私が生きていけなかったから。……でも、撃つたびに、胸の奥がすごく痛くて。……私、本当は、誰かと仲良くしたかっただけなのに。……言葉で、普通にお話ししたかっただけなのに……っ」


 彼女の目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ち、コンクリートの石段に黒い染みを作った。

 私は無言のまま、コートのポケットからハンカチを取り出し、彼女に差し出した。

 クォーツはそれを受け取り、乱暴に涙を拭った。


「……そんな時、アドに拾われたの。私が所属してた小さな組織が『天秤』の標的になって、壊滅した時……私だけが、生き残った。アドは私に銃を向けて、『お前、その若さで随分と殺しに慣れてるな。だが、目が泣いてやがる』って言ったの」


 アドの姿が脳裏に浮かぶ。

 彼もまた、冷徹な仮面の下に、不器用な子供たちを見捨てられない『お節介な管理者』の素顔を隠し持っている。


「アドは私を殺さずに、事務所に連れて帰った。……そこで、アリスに出会ったの」


 アリスの名前が出た瞬間、クォーツの表情に、まるで太陽の光を浴びたような温かい色が戻った。


「アリスは……私がいきなり殴りかかっても、全然怒らなかった。私の拳をヒョイって避けて、『元気だね! お腹すいてるの?』って、満面の笑みで……私に、チョコレートをくれたの」

「……アリスらしいわね。彼女は、相手の攻撃的なベクトルを、非合理的なまでの善意で完全に相殺してしまう機能を持っているもの」

「うん。……私、びっくりして。……今まで、私にそんな顔で笑いかけてくれる人なんて、誰もいなかったから」


 クォーツは、自分の胸に手を当てた。


「アリスは、私が喋らなくても、私が何を思ってるか全部わかってくれた。……『クォーツちゃんは、本当は優しい子なんだよね』って。……私を、バケモノじゃなくて、普通の女の子として扱ってくれたの」

「……だからあなたは、アリスに依存した。彼女の存在が、あなたの世界と繋がるための唯一の翻訳機インターフェースになったのね」

「うん。……アリスがいないと、私、また一人ぼっちのバケモノに戻っちゃう気がして。……だから、ピュアが来た時、すごく怖かったの」


 クォーツは真っ直ぐに私を見た。

 その瞳には、もう私への敵意はない。あるのは、かつての自分の弱さを認める、静かな謝罪の色だった。


「ピュアは、頭が良くて、強くて。……アリスとも、難しそうな言葉でたくさんお話ししてて。……私なんかより、ずっとアリスの隣に似合ってるって、そう思っちゃった」

「私の計算能力と語彙力は、ただの学習データの結果よ。それに、アリスにとって私とあなたの価値に優劣など存在しないわ。彼女のあの無限の包容力は、私たちのような欠陥品を等しく受け入れるキャパシティを持っているもの」


 私が論理的に彼女の不安を否定すると、クォーツは小さく吹き出し、涙の跡が残る顔で笑った。


「……ふふっ。ピュアは、本当に理屈っぽいね」

「否定はしないわ。それが私の機能だから」


 私は立ち上がり、海風に向かって大きく背伸びをした。

 海の広大さと、塩化ナトリウムの強烈な味。そして、クォーツの語った過去のアーカイヴ。

 今日この場所に足を運んだことは、私にとって極めて有意義なデータのアップデートとなった。私は、自分と同じように世界のノイズに傷つき、アリスという太陽に救われたもう一人の『妹』とも呼べる存在を、完全に理解したのだ。


「……ねえ、クォーツ」


 私は海を見つめたまま、彼女に手を差し伸べた。


「私たちは不器用で、言葉の代わりに暴力を出力することしかできない欠陥品かもしれない。でも、私たちはアリスにもらった温もりを知っている。だから、もう独りじゃないわ」

「……ピュア」

「アリスとタイガーを、絶対に助け出しましょう。あなたのその正確無比な二丁拳銃と、私の長距離狙撃と物理演算。私たちの力を完全にリンクさせれば、あの神宮寺誠一郎の要塞だって、必ず物理的に粉砕できるわ」


 私の差し出した手を見て、クォーツは一瞬だけ躊躇い、それから力強くその手を握り返してきた。


「……うん。絶対、助ける。……私の、大好きなアリスを。ピュアの大切な、仲間を」


 彼女の握力は、見た目の華奢さからは想像もつかないほど強かった。

 私たち2人の間にあった見えない壁は、この冷たい海風の中で完全に崩れ去り、共通の目的を持つ最強のパートナーとしてのリンクが確立された。


「さて、そろそろ戻りましょうか。アドの待機命令を破って外に出ているのだから、これ以上時間を浪費するのは非合理的よ。ロータスの解析も終わっている頃かもしれないわ」

「うん。……ピュア、車出してくれて、ありがとう」

「どういたしまして。でも、帰りはあなたが助手席のナビゲートをしなさいよ。私は道を知らないんだから」

「……えっ。私、地図とか見るの、苦手なんだけど……」


 クォーツが困ったように首をすくめるのを見て、私は少しだけ意地悪く口角を上げた。


「大丈夫よ。間違えたら、その分だけ私の運転技術のデータ収集に付き合ってもらうだけだから」

「……ピュアの運転、ちょっと怖いかも」


 私たちは軽口を叩き合いながら、ポルシェの停めてある駐車場へと歩き出した。


 西の空がオレンジ色から深い群青色へとグラデーションを描き始め、海風は一段と冷たさを増していた。だが、私の内側にあるエンジンは、クォーツという新たな理解者を得たことで、心地よいアイドリング状態を保っている。

 漆黒のポルシェの助手席にクォーツを乗せ、私はエンジンを始動させた。腹の底に響くような水平対向6気筒の低い咆哮が、静かな海浜公園の駐車場に轟く。

 私は車を走らせ、首都高湾岸線へと合流した。


 車内は、行きのような張り詰めた沈黙とは打って変わり、適度にリラックスした空気が流れていた。

 助手席のクォーツは、小さなポーチをごそごそと漁り、カラフルな包み紙のキャンディを取り出すと、ポイッと口の中に放り込んだ。コロコロと飴を転がす微かな音が聞こえてくる。


「……そういえば、疑問に思っていたのだけれど」


 私はステアリングを握ったまま、前方に視線を固定して口を開いた。


「あなたはいつも、何かしらの甘いお菓子を口にしているわね。戦闘の前後や、会議の最中でも。それは何か合理的な理由があるの?」

「……お菓子?」


 クォーツは口の中でキャンディを端に寄せ、少しだけ首を傾げた。


「うん。……甘いものを食べてると、安心するの」

「血糖値を急激に上昇させることで、脳の報酬系を刺激し、セロトニンやドーパミンの分泌を促しているのね。極度の緊張やストレス状態を物理的に緩和するための、理にかなった自己防衛手段だわ」

「……ピュアにかかると、お菓子も難しくなるね」


 クォーツがクスクスと小さく笑う。


「でも、それだけじゃないの」

「と言うと?」

「……私が初めてアリスに会った時、彼女がチョコレートをくれたって言ったでしょ?」

「ええ。記憶領域にしっかりと保存されているわ」

「あの日から……甘いものを口に入れると、アリスが笑いかけてくれた時のことを思い出せるの。……心が、ぽかぽかする。だから、お菓子を持ってるだけで、一人じゃないって思えるんだ」


 彼女の言葉に、私はなるほどと納得した。

 味覚という物理的な刺激と、アリスという精神的支柱の記憶が、彼女の脳内で完全にリンク(条件付け)されているのだ。私にとっての、蓮が作ってくれる温かい食事と同じメカニズムだ。


「……ねえ、ピュア」


 クォーツが、少しだけ真面目なトーンで私の名前を呼んだ。


「さっき海で……私、自分のこと、コミュニケーションの障害があるって言ったでしょ」

「ええ。他者の感情の機微を読み取ることや、自分の思考を言語化して出力することに先天的、あるいは後天的なエラーがあると言っていたわね」

「うん。……ピュアは、私のこと……おかしいって、思う?」


 彼女の声には、長年抱え込んできた劣等感と、私という新たな理解者から拒絶されることへの微かな恐怖が混じっていた。


 私はアクセルを一定に保ちながら、冷徹に、しかし私なりの誠意を持って彼女の問いに対する演算結果を出力した。


「全く思わないわ」

「……え?」

「私があなたと接していて、コミュニケーションに障害があると感じたことは、一度もないわ。あなたの言葉数が少ないのは事実だけれど、それは単に出力されるデータのパケット量が少ないというだけで、情報の伝達というプロトコル自体は完璧に成立しているもの」

「……ぷろとこる?」

「つまりね、あなたは無駄な言葉を使わないだけで、伝えるべき意思はちゃんと私に届いているということよ」


 私は助手席の彼女をチラリと一瞥した。


「それに、あなたが他人の感情を理解できないという自己評価も、間違っているわ。あなたは私がアリスを探している時の目を『自分と同じだ』と正確に見抜いた。私が言葉で説明するよりも早く、私の感情の波長を読み取ったのよ。それは、共感能力の欠如なんかじゃない。むしろ、言葉というノイズに頼らずに、相手の本質的なデータを直接ダウンロードできる、極めて優秀なセンサーを持っている証拠だわ」


 私のロジカルな、しかし完全な肯定の言葉を聞いて、クォーツは驚いたように目を瞬かせた。


「だから、あなたはおかしくなんかない。ただ、世界の多数派が使っている不便なコミュニケーションの規格フォーマットに、あなたの優秀なスペックが合致していないだけよ」

「……」


 クォーツは、口の中でキャンディを転がすのをやめ、じっと私を見つめた。

 そして、ふわりと、とても柔らかく、可愛らしい笑顔を浮かべた。


「……ピュアの言うこと、やっぱり難しいけど。……でも、すごく、嬉しい」

「事実をデータとして提示しただけよ」

「……ふふっ。ありがとう、ピュア」


 クォーツは再び窓の外に視線を向けたが、その背中からは、先ほどまでの張り詰めた緊張感が完全に消え去っていた。

 私は、自分が他者を論理で『慰める』という高度な処理を成功させたことに、微かな満足感を覚えていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 クォーツを彼女が拠点としている組織のセーフハウスまで送り届けた後、私は一人でタワーマンションへと帰還した。

 エレベーターにポルシェを収め、車用エレベーターで自室へと上がる。


 扉を開けると、そこには完璧な静寂が待っていた。

 アリスの騒がしい笑い声も、蓮がキッチンで立てる生活音もない。ただ、空調の微かな稼働音だけが、白と黒で統一された無機質な空間に響いている。


 私はコートを脱いでソファに掛け、リビングの中央に立った。

 数日前までなら、このノイズの一切ない空間こそが、私の論理的思考を最適化するための最高の環境だった。

 だが、今の私には、この静寂がただの『不在』としてしか認識されなかった。


「……少し、空気が淀んでいるわね」


 私はふと、大理石のセンターテーブルの端に視線を落とした。

 私の異常に発達した動体視力と空間認識能力が、そこに蓄積された極めて微小なエラーを検知したのだ。

 黒いガラス天板の隅に、本当にごく僅かだが、白っぽい埃の粒子が積もっている。

 視線を巡らせると、テレビボードの裏や、レザーソファの隙間にも、ミリ単位のチリが落ちているのがわかった。


「……なるほど」


 私は、その埃を見つめながら、一つの計算式を弾き出した。

 このマンションは、24時間換気システムと高性能な空気清浄機が稼働している。それでも、人間が生活していれば、衣服の繊維や皮膚の角質が剥がれ落ち、必ず塵となる。

 私がここに住み始めてから数ヶ月、私は一度もこの部屋が汚れていると感じたことはなかった。

 それは、私の視覚が鈍かったからではない。


 蓮だ。

 彼が毎日、私が寝ている深夜や早朝の時間を使い、私の視界に入らないように細心の注意を払いながら、この広大な空間の埃を1ミリ残らず拭き取り、磨き上げてくれていたのだ。

 彼が事務所に拘束され、この部屋から不在になって1日2日。たったそれだけの期間で、部屋には明確な物理的ノイズが蓄積し始めている。


「……私の快適なテリトリーは、彼の継続的な労働力メンテナンスによって維持されていたのね」


 私は、彼がこれまで私に提供してくれていた見えない価値の大きさを、埃という物理的証拠を通して正確に認識した。

 彼をただの『便利な手足』だと思っていた。だが、彼がいなければ、私の世界はこうして少しずつ、確実に淀んでいくのだ。


「……私も、少し動いてみましょうか」


 私はふと、そんな非合理的な考えに至った。

 普段なら、掃除などという単純作業は、私の高度な演算能力と肉体を消費するにはあまりにも非効率だ。ルンバを起動するか、外部の清掃業者を入れるのが最適解だ。

 だが、今の私は、蓮がいつもしてくれていた作業を自らトレースすることで、彼がこの部屋に残した痕跡を再確認したいという、奇妙な衝動に駆られていた。


 私はキッチンの戸棚からマイクロファイバーのクロスを取り出し、水で固く絞った。

 そして、テーブルの上の埃を静かに拭き取り始めた。

 力の入れ具合、クロスの動線。物理的に最も効率の良い拭き方を計算しながら、リビングの棚や装飾品の周りを片付けていく。

 単純作業の繰り返しだが、不思議と心は落ち着いていた。


 リビングの清掃を終え、私は自分の寝室の奥にある、ウォークインクローゼットの整理に取り掛かった。

 高級ブランドの衣服が整然と並ぶ中、部屋の最も奥のデッドスペースに、一つだけ異質な物体が置かれているのが目に入った。


「……これ」


 私は手を止め、その物体を見下ろした。

 くすんだ銀色の、古びたスーツケース。

 私が14歳の終わりに施設を脱走し、その後警察に捕まって拘置所を出た日。施設の監視役だった男が、私に手渡してきたものだ。


『こちらのスーツケースに、施設に置いて行かれた純玲さんの私物をまとめています。元々、全て純玲さんが社会に出られる際にと用意していた物です』


 当時の私は、過去の産物など一切不要だと思い、中身を確認することもなく、このクローゼットの奥に押し込んで完全に存在を忘却デリートしていた。

 だが、今の私——両親の実験の真相を知り、祖母という血縁の存在を知り、そして5歳の自分と統合を果たした私にとっては、このスーツケースの意味合いは大きく変わっていた。


 私はスーツケースの取っ手を掴み、クローゼットから広い場所へと引っ張り出した。

 ダイヤル式のロックはかかっていなかった。留め具を外し、ゆっくりと蓋を開ける。


 中に入っていたのは、私が施設で10年間着続けていた、無機質で灰色のスウェットや、色あせたシャツ。

 それらは綺麗に洗濯され、几帳面に畳まれていた。外界の高級な衣服に比べれば、防寒性もデザイン性も皆無の、ただの布切れだ。


 そして、その服の束の横に、無造作に置かれているものがあった。


「……現金?」


 私は目を細めた。

 そこには、銀行の帯封でしっかりと束ねられた1万円札の束が、ズラリと並んでいたのだ。

 1束が100万円。それが10束。

 合計、1000万円。


 施設に収監されていた未成年の少女が、社会に出る時に持たされる金額としては、明らかに異常な数字だ。国からの支給金だとしても多すぎる。

 あの監視役の男が、個人的に用意したものだろうか?

 『私の娘と、あなたを重ねてしまうからでしょうか』と、私を見送る時に涙を流したあの男が。


 私はその札束の1つを手に取り、その重みと、そこに込められた非合理的な善意の質量を測った。

 今の私にとって、1000万円など、アリスのカードを一度切れば簡単に手に入る端金だ。だが、10年間私を監視し続けた一介の公務員にとって、この金額を用意することがどれほどの労力を伴うものだったか、計算するまでもない。


「……みんな、バカみたいに不器用ね」


 私は札束をそっとスーツケースの中に戻した。

 そして、服の束の一番上に、白い封筒が一つ置かれているのに気がついた。


 宛名はない。ただ、封が糊付けされているだけの、シンプルな封筒だ。


 私はその封筒を手に取った。

 中には、便箋が数枚入っているのが、指先の感触でわかった。

 あの監視役の男からの、最後のメッセージだろうか。それとも、施設に保管されていた私の過去に関する何らかのデータだろうか。


 私は静かな寝室の中で、その白い封筒をじっと見つめていた。

 糊付けされた封を、ペーパーナイフを使うまでもなく、指先で丁寧に切り開く。

 中から取り出したのは、3枚の便箋だった。几帳面で硬い筆致のインクの文字が、白い紙を埋め尽くしている。

 差出人の名前はなかったが、文面を見れば、それが誰から書かれたものかは一目瞭然だった。


『これを読んでいるということは、純玲さん、あなたは人間の感情を取り戻したのですね』


 冒頭の一文。

 私はその論理的な推論に、思わず小さく息を吐いた。

 彼の言う通りだ。感情を持たないかつての私なら、過去の遺物など単なる不要なデータとして即座にデリートし、この手紙を開封するどころか、スーツケースごと廃棄していただろう。

 私が今、この便箋に目を通していること自体が、彼が予測した『エラーの修復(感情の獲得)』の物理的証明に他ならない。


『感情のないあなたは、この手紙を読もうともしないでしょうから。もしそのままのあなたであれば、この手紙も、そして同封したお金も、一生日の目を見ることはないと思っていました。ですが、もしあなたが心を少しでも取り戻し、過去を振り返る日が来たのなら……私が犯した罪と、あなたを取り巻く恐ろしい真実を、どうしても伝えておかなければならないと思ったのです』


 私は便箋の2枚目に目を落とした。


『私には、娘がいました。……あなたと同じ、5歳になる年に、重い病気でこの世を去りました。私があなたの監視役としてあの施設に赴任したのは、ちょうどその直後のことだったのです』


 私は、施設を出る日の彼の涙を思い出した。

 『私の娘と、あなたを重ねてしまうからでしょうか』。

 あの日、私が理解できなかった彼の感情のバグの正体。それは、喪失感と投影だったのだ。


『あなたが毎日、感情を見せずに黙々と難しい本を読み漁る姿を見るたびに、私は亡くなった娘がもし生きていたら……あんな風に賢く、静かな女の子に育っていたのだろうかと、叶わぬ夢を見ていました。私は、あなたの中に娘の面影を探し、不器用ながらも、あなたを大切に思っていました』


 私は手紙の文字をなぞりながら、かつての私に向けられた無償の愛情の存在を、データとしてではなく『心』で受け止めていた。

 だが、その温かい言葉の直後。3枚目の便箋に記されていた内容は、私の全身の血液を一瞬にして凍りつかせた。


『ですが、私はあなたを守れませんでした。あなたが収監されていたあの特設の児童自立支援施設……あれは、国が用意したものではありません。あなたの伯父である神宮寺誠一郎という政治家が、裏から手を回して設立した、あなたを完全に隔離・監視するための私的な「実験施設ラボ」だったのです』


「……っ」


 私は、手紙を持つ手をピクリと震わせた。


『あなたは、あそこで定期的に精密検査と称して、体に無数の電極やセンサーを貼り付けられていたのを覚えていますか? あれは健康状態のチェックなどではありません。神宮寺誠一郎が、あなたの脳波、心拍、筋電位、そして極限の演算状態におけるホルモン分泌のデータを、リアルタイムで収集するためのものだったのです』


 視界が、急速に歪み始めた。

 施設での記憶が、悍ましいノイズと共にフラッシュバックする。

 冷たい診察台。私の頭部や胸、腕に貼り付けられた冷たいパッチ。白衣を着た大人たちの、私を人間ではなく『モルモット』として観察するような、無機質で気味の悪い視線。


『神宮寺誠一郎は、あなたの両親が行っていた「生きたコンピューターを作る実験」のデータを受け継ぎ、あなたという「完成品(最高傑作)」の生体データを元にして、新たな私兵を量産する計画を企てていました。あの施設での10年間のあなたの生活、読んだ本、摂取したカロリー、睡眠のサイクル……その全てが、彼の手のひらの上で完全にコントロールされ、記録されていたのです』


「……っ、あ……」


 喉の奥から、乾いた音が漏れた。

 私の胃袋が、強烈な痙攣を起こし始めた。

 吐き気。物理的な毒物を摂取したわけではない。だが、私の精神を構成する最も根源的な部分が、あまりの嫌悪感と冒涜に耐えきれず、猛烈な拒絶反応を引き起こしていた。


 私が安全な箱庭だと思い込み、10年もの間、静かに知識を吸収していたあの施設。

 外界から隔離された私のテリトリー。

 その全てが。私の人生の全ての時間が。

 あの神宮寺誠一郎という男の、狂った監視下にあったというのか。


 私の思考、私の身体の成長、私の演算能力。

 それらすべてが、カメラ越しに、センサー越しに、見知らぬ男の欲望のために覗き見られ、データとして切り売りされていた。


「う、おぇっ……」


 私は手紙を床に落とし、両手で口を覆った。

 胃液が逆流する。私は寝室を飛び出し、バスルームのトイレへと駆け込んだ。


「オェェェッ……! ゲボッ、ガハッ……!」


 便器に顔を突っ込み、私は激しく嘔吐した。

 朝に飲んだコーヒーの残骸と、消化しきれていない胃酸が、黄色く濁った液体となって便器の底にぶちまけられる。

 それでも、吐き気は全く収まらない。

 胃が空っぽになっても、私の身体は内臓の奥底から何かを絞り出そうとするように、何度も何度も痙攣を繰り返した。


「オォォッ……ゲェッ! げほっ、ゴボォッ……!」


 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになる。

 口の中は強烈な酸味と苦味で満たされ、食道が焼けるように痛い。

 気味悪い。気持ち悪い。吐き気がする。

 私の存在そのものが、私の身体の奥深くまで、あの男の視線と執着によって泥のように汚されている。


 両親は私を実験動物として壊した。

 神宮寺誠一郎は、壊れた私をモルモットとして10年も飼育し、私のデータを盗み続けた。


 私の人生の15年間は、彼らの狂った野望の産物でしかなかった。

 私の意志など、どこにもなかった。

 私が施設を脱走したことすら、あるいは、彼が意図的に監視を緩め、私を外界に放ってデータを収集するための『次のフェーズ』だったのかもしれない。


「……あぁっ……あぁぁぁっ……!」


 私は便器を掴んだまま、震える声で呻いた。

 口から粘り気のある唾液と胃液が糸を引いて垂れ落ちる。

 私は、虫だ。透明なガラスケースの中で、彼らに観察され、解剖され、利用されるだけの、哀れな標本。


 呼吸が荒くなる。肺に酸素が供給されず、視界の端がチカチカと明滅する。

 私は震える足で立ち上がり、洗面台の蛇口を捻って冷たい水で口をゆすいだ。

 鏡に映る自分の顔。

 血の気が失せ、目は充血し、口の周りは胃液で汚れ、幽鬼のような酷い形相をしていた。

 この顔も、この身体の造形も、すべて彼らの実験の結果だというのか。


 私は洗面台の縁を強く握りしめ、ギリッと歯を食いしばった。


「……ふざけ、ないで……っ」


 私はよろけながら寝室へと戻り、床に落ちたままの手紙の最後の数行を、涙で滲む目で睨みつけた。


『私は、彼らの計画に加担していたことを、深く、深く恥じています。私には、国家の権力を握る神宮寺の計画を止める力はありませんでした。私ができたのは、せめてあなたが外界へ出る時に、少しでも生きる糧となるよう、自分の全財産をスーツケースに忍ばせることだけでした。本当に、申し訳ありません』


 あの1000万円。

 それは、彼が私のために自分の人生を削って用意した、贖罪の金だったのだ。


『純玲さん。あなたが外界で、「天秤」という司法の裏の組織に拾われたと聞いた時、私は本当に、神に感謝しました。……どうか、彼らと共に。純玲さんと、アドという男が率いるその組織が、この神宮寺誠一郎の恐ろしい野望を、エデン計画を、全て壊してくれますように。……不器用な私ですが、あなたの幸せを、誰よりも祈っています』


 手紙は、そこで終わっていた。

 私はその便箋を両手で握りしめ、ゆっくりと胸に押し当てた。


 気味悪さも、絶望も、消えたわけではない。

 私の過去は完全に汚染され、私の人生は彼らの手のひらの上だった。

 だが。


「……私の、今の居場所は」


 私は、顔を上げた。

 鏡に映る幽鬼のような顔ではない。

 私の脳裏に浮かんだのは、アリスの向日葵のような笑顔。

 蓮が私のために作ってくれた、温かい食事の匂い。

 タイガーの豪快な笑い声。クォーツの差し出してくれたキャンディ。ルミナスやレイの、静かだが確かな信頼。

 そして、私を拾い、私の暴力を正しく導いてくれたアドの姿。


 彼らは、私を実験動物として見ていない。

 彼らは、私を『早乙女純玲』という一人の人間として、不器用ながらも愛し、受け入れてくれた。

 私が外界で手に入れたこの繋がりは、神宮寺誠一郎の計算式には絶対に存在しない、私が自らの意志で選び取った『真実のバグ』だ。


「……私の人生のすべてが、あなたの実験だったとしても」


 私は、冷たい寝室の空気を肺いっぱいに吸い込み、深く吐き出した。

 吐き気は収まっていた。

 代わりに、私の胸の奥底で、かつてないほど純度が高く、静かで、そして絶対的な『殺意の炎』が青白く燃え上がっていた。


「私の未来と、私の大切な仲間たちまでは……絶対に、あなたの計算通りにはさせないわ」


 私は手紙を丁寧に折りたたみ、元の封筒に戻した。

 監視役の男の不器用な愛情と贖罪は、私が確かに受け取った。

 私はもう、過去に怯える5歳の子供ではない。私は『天秤』の最高戦力であり、感情という最強のエンジンを搭載した、完璧な殺戮機械ピュアだ。


 神宮寺誠一郎。

 私の伯父であり、私の人生を弄んだ設計者。

 あなたの『エデン計画』は、私がこの手で、物理的に、1ミリの塵も残さずに完全に粉砕してあげる。

 アリスとタイガーを必ず奪還し、あなたのその頭蓋骨を、私の銃弾でぶち抜く。


 私はコートを羽織り、クローゼットからガンケースを引き出した。

 私の休養は、これで終わりだ。

 アドの待機命令も関係ない。私の心は完全にデフラグされ、次なる戦いへの完璧な演算準備が整った。

 

私はタワーマンションの玄関の扉を開け、冷たい外界の夜の中へと、静かに、そして確かな決意と共に足を踏み出した。


━━━━━━━━━━━━━━━━━


 霞ヶ関の事務所、地下の専用エリア。

 深夜の静寂に包まれた廊下を抜け、私はアドの執務室の重厚な扉をノックもせずに押し開けた。


「おい、お前……」


 デスクで大量の資料と睨み合っていたアドが、呆れたように顔を上げた。隣のサブデスクでは、ロータスが血走った目でマルチモニターに張り付き、凄まじい速度でキーボードを叩き続けている。


 私は無言のままアドのデスクまで歩み寄り、コートのポケットから取り出した白い封筒を、彼の手元にバンッと強く叩きつけた。

 施設を出る時に監視役から渡され、先ほどまで私の胃袋の中身をすべて吐き出させる原因となった、あの手紙だ。


「……なんだこりゃ」

「私の人生の答え合わせよ」


 私が冷徹に告げると、アドは眉をひそめながら手紙の中身に目を通した。

 彼の目が文字列を追うごとに、その険しい表情がさらに険悪なものへと変わっていくのがわかった。彼もプロだ。私の生い立ちと、神宮寺誠一郎という男の狂気を、文字情報から正確に読み取っている。


「……なるほどな。神宮寺の野郎が、お前の施設を裏から操っていたってわけか。お前を『最高傑作』と呼んだ理由も、これなら辻褄が合う」

「ええ。私の15年間のすべては、あの男の実験(エデン計画)のためのデータ収集期間だった。私はずっと、ガラスケースの中の虫だったのよ」


 私はギリッと奥歯を噛み締め、両手でデスクの端を強く握りしめた。


「我慢の限界よ、アド。まだ作戦は練れないの? いつまで私をこの無意味な待機状態に置いておくつもり? これ以上時間をかければ、アリスとタイガーの生存確率が低下するだけではなく、私の精神衛生上のエラーが限界値を突破するわ」


 私が鋭く問い詰めると、アドは深く、本当に深いため息を吐き、タバコに火をつけた。


「……休暇の意味を知らねえのか、お前は。ちょっとは家で大人しく寝てろって言ったはずだがな」

「寝てなんていられないわ。私のすべてを弄んだゴミを、1秒でも早く物理的に粉砕しなければ、計算の辻褄が合わないのよ」

「焦るな、ピュア」


 アドは紫煙をゆっくりと天井に向けて吐き出した。


「お前の怒りはもっともだ。だが、敵はあの巨大な製薬工場地下を完全に要塞化している。ロータスが今、システムのバックドアをこじ開けるための最終コードを組んでる最中だ。突入のタイミングをミスれば、お前も死ぬし、アリスたちも確実に消し飛ぶ」


 アドは私を真っ直ぐに見据え、諭すように言った。


「もう少しだ。もう少しだから、待ってろ。完璧な殺戮の舞台を用意してやるからよ」


 その言葉の奥にある、彼なりの強い意志と責任感を感じ取り、私は小さく舌打ちをして引き下がった。

 物理的に扉を突破できない以上、ロータスの電子戦の完了を待つのが最も合理的だ。私がここで暴れても意味はない。


「……わかったわ。待つわ」


 私はコートを脱ぎ、アドの向かいにある革張りの来客用ソファに深く腰を下ろした。

 ロータスのタイピング音だけが、室内に一定のリズムで響いている。

 数分間、私は目を閉じて自分の感情のエンジンをアイドリング状態に保っていた。だが、手持ち無沙汰な時間が、私に一つの非合理的な行動を促した。


「ねえ、アド」

「あ?」

「ロータスの解析が終わるまで、少し雑談に付き合ってちょうだい」


 私がそう切り出すと、アドはタバコを咥えたまま、目を丸くして固まった。


「……雑談、だと? お前が?」

「ええ」

「らしくねえな。お前、他人の無駄話なんて一番嫌いなタチだろうが。エラーがどうとか言ってよ」

「以前の私ならね。でも、感情を取り戻した今の私にとっては、他者のアーカイヴを知ることも、有益なデータ収集の一環だと計算したのよ」


 私が理屈をこねて正当化すると、アドは「ハッ」と鼻で笑い、灰皿にタバコを押し付けた。


「まあいい。どうせ俺も待ち時間で暇を持て余してたところだ。何が聞きたい」

「あなたのことよ」


 私は姿勢を正し、ずっと疑問に思っていたことを単刀直入にぶつけた。


「あなたはなぜ、この『天秤』という組織にここまで肩入れしているの? 司法の裏で暗躍する殺し屋の元締め。そんなリスキーな立場にいるのに、あなたはなぜ、極悪人を組織に入れないの?」

「……」

「アリスの『不殺の誓い』を裏でサポートしたり、クォーツのような不器用な少女を拾ったり、ロータスのような一般人をサポーターとして迎え入れたり。冷徹な裏社会のトップなら、感情を切り捨てた純粋な暴力装置だけを集めるのが最も合理的なはずよ。なぜあなたは、そんな『人間らしさ』にこだわるの?」


 私の問いに、アドはしばらくの間、無言で宙を見つめていた。

 彼の顔には、普段の不敵な笑みはなく、どこか遠い過去の傷跡をなぞるような、深く静かな影が落ちていた。


「……俺はな、ピュア。昔は本当に、絵に描いたような正義の味方バカだったんだよ」


 やがて、アドはぽつりぽつりと語り始めた。


「俺は弁護士だった。六法全書を信じ、法廷で真実を証明すれば、どんな悪でも裁けると本気で信じていた。……若かったんだな。俺には、どうしても救いたい依頼人がいた。権力者からの不当な圧力で、家族を奪われ、すべての罪を被らされようとしていた男だ」

「冤罪事件ね」

「ああ。俺は証拠を集め、法廷でそいつらを丸裸にしてやるつもりだった。だが……相手は、神宮寺誠一郎のような、国家の根幹に根を張るバケモノだったんだよ」


 アドの声が、微かに低く、怒りに震えた。


「裁判の数日前。俺の依頼人は『自殺』として処理された。そして、俺をサポートしてくれていた同僚や、依頼人の残された家族までが、交通事故や不審死という名目で、合法的にこの世から消された」

「……」

「俺は絶望した。法律なんてものは、権力者が自分たちを守るためのただのルールブックに過ぎねえと思い知らされたんだ。法で裁けねえ巨悪が、確かにこの国には存在している。……だから俺は、弁護士バッジを外し、銃を取った」


 アドは自分の胸元にある、メッキの剥がれた弁護士バッジ——ひまわりの中に天秤が描かれたそれを、指でそっと撫でた。


「俺は復讐鬼になった。闇ルートで武器を買い、依頼人を殺した権力者の手先どもを、次々と物理的に排除していった。お前が六本木で見せたような、効率的で無慈悲な殺戮を、俺も繰り返したんだ」

「……あなたは、私と同じだったのね」

「ああ。だがな、ピュア。復讐を遂げた後、俺の心に残ったのは、虚無だけだった」


 アドは自嘲するように笑った。


「血で血を洗う生活の中で、俺は自分がただの『人殺しの獣』に成り下がっていくのを感じた。気に食わねえ奴を殺し、邪魔な奴を殺し、気づけば俺自身が、かつて憎んだ権力者どもと同じ、命を物としか見ないバケモノになっていた」

「……」

「そんな時だ。俺は、アリスに出会った」


 アドの瞳に、かすかな優しい光が宿った。


「両親を通り魔に殺され、返り血に染まりながら震えていたあの小娘。あいつは、圧倒的な暴力の才能を持ちながら、俺に泣きながら言ったんだ。『私は、悪人しか殺さない』ってな」

「……ええ。彼女らしいわ」

「俺はハッとしたよ。圧倒的な力を持っていながら、それでも人間であろうとする強さ。あいつのその不器用な心が、俺を『獣』から引き戻してくれたんだ」


 アドは私に向き直り、力強く言葉を紡いだ。


「だから俺は、『天秤』を作った。法で裁けねえ悪を狩る。だが、絶対に『人間としての心』は捨てない。効率だけで極悪人を集めれば、組織はすぐに狂気に飲まれ、守るべきものまで壊してしまう。だから俺は、心に傷を負っても人間であろうとあがく奴ら——アリスやクォーツ、ロータス、そしてお前のような不器用な連中を、ここに集めたんだ」


 その言葉は、私の胸の最も深い部分に、静かに、しかし確かな熱を持って響いた。


「お前が5歳の時から感情を殺し、機械として生きてきたことは知っていた。だが、俺はいつかお前が、アリスたちと関わることで、人間としての心を取り戻してくれると信じていた。……だから、お前がアリスたちを見捨てられずに泣き崩れた時、俺は怒る一方で、心底ホッとしたんだよ」


 アドが不敵に笑う。


「『最高傑作の殺人機械』なんかじゃねえ。お前はちゃんと、仲間を想って涙を流せる、立派な人間になったんだ。……だから俺は、この組織(天秤)に命を懸けている。お前らみたいなバカどもが、少しでも息のしやすい世界を作るためにな」


 私は、言葉を失っていた。

 アドという男の、底知れぬ懐の深さと、不器用な優しさ。

 私が外界に出て手に入れたこの居場所は、決して偶然の産物などではなかった。彼が、彼自身の過去の罪と後悔を土台にして作り上げた、傷ついた者たちのための『防波堤』だったのだ。


「……ふふっ」


 私は、自然と口角が上がるのを止められなかった。


「本当に、非合理的で、バカみたいにお節介な男ね、あなたは」

「褒め言葉として受け取っとくぜ」


 私が皮肉交じりに笑うと、アドも肩をすくめて笑い返した。

 私の胸の中にあった、過去への絶望と、自分自身の存在に対する不快なノイズは、彼とのこの雑談によって、完全にクリアな状態へとデフラグされていた。

 私はもう、自分の弱さも感情も恐れない。

 この『天秤』という居場所と、愛する仲間たちを守るためなら、私のすべての演算能力と暴力を喜んで行使できる。


 その時だった。


「……突破しました!!」


 隣のデスクでキーボードを叩いていたロータスが、椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。

 彼の目の前のモニターに、緑色の『ACCESS GRANTED(アクセス承認)』の文字が輝いている。


「製薬工場地下施設、メインサーバーのファイアウォールの解析完了! 論理爆弾ロジックボムのインストールプロトコル、すべて構築できました! いつでも行けます!」


 ロータスが血走った目で、しかし確かな自信に満ちた表情で私たちを振り返った。


 アドが椅子から立ち上がり、私に向かって獰猛な笑みを浮かべた。


「聞いたな、ピュア。お前の休暇はこれで終わりだ」

「ええ。十分すぎるほど英気を養ったわ」


 私は立ち上がり、コートのポケットからグロック19を取り出し、スライドを引いてチャンバーの弾を確認した。

 チャキリ、という冷たい金属音が執務室に響く。

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