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44◆メリーナの出発

教会の奥の間で受ける祝福は今まで受けてきたものとはまるで違っていた。

教会中の者で大急ぎで準備をし、いつも忙しい司祭も身を整えてやってくる。

そうして受けた祝福は、身も心も晴れ渡るような思いがした。神の加護とはこんなにも偉大なものなのか。


「聖女メリーナ、その力でこの国に安らぎを与えて来なさい」


祝福を終えた司祭はメリーナに優しく微笑んで言った。教会の中では聖女よりも司祭が上の立場となるので司祭は敬称を付けずに呼ぶ。跪いて神妙に頷いたメリーナだが、ライラに言われた衝撃の言葉を思い出し立ち上がる。


「そうだ、ライラ!ネックレスってどういうことよ!」

「ネックレス?一体何のことですシスター・ライラ」


司祭もメリーナと一緒になって問う。ライラは顔色一つ変えず、ただ、いたずらがばれた時のようにあらぬ方向を見ながら肩をすくめて答えた。


「メリーナの聖女の力は大きすぎるから、漏れ出さないようにしたの。それ、制御用のアクセサリーなんだわ」


ライラの言葉にメリーナはあんぐりと口を開いたまま閉じることができず、司祭は眉間に指をあてて悩ましく俯いた。


「聖女の力を隠蔽していた、ということですかシスター・ライラ」

「どうせ鑑定したらわかるだろうと思ったのよ。小さいうちから聖女だなんだって、面倒でしょ?それに大きくなればそんなちゃちなアクセサリーじゃなくて、もっと素敵なの付けるでしょうって。メリーナ、あんた気付かなかったの?」

「……ずっと付けてたわよ」

「あら、そりゃどうも」

「もー!そういう大事なことは言ってよー!」


自分の力が知らぬうちに制御されていたのなら、いくら回復魔法を強く使おうと思っても力が発揮されないはずだ。一定以上の力は石に吸収されるようになっているのだから。薬などには上手く力を作用させ効果を上げることができていたらしい。


「私がどれっだけ苦労して練習してたと思ってるのよ…!」

「いいじゃないの、すぐできるようになったらあんたなんてすーぐ練習やめるでしょ」


ライラに言い返されてメリーナはぐうの音も出ない。確かに最初からできていたら課題として取り組むことはしなかったはずだ。そして習得のために頑張って勉強した内容は身についていなかっただろう。使えるようになるため努力をしていたので、魔法の回路や効率化についてとことん勉強した。今後もそれは役立つ。ライラという人はメリーナをよく解っているのだ。


「信っじらんない!」

「ほら、早く行きな」

「行くわよ!」


やってきた時の悲壮感はどこに消えたのか、メリーナは頬を膨らませてプンスカと大股歩きで教会の奥の間から出て行った。後ろからライラの大笑いが聞こえてくるのが余計に腹が立つ。

見送りのためにそのあとを付いていきながら、司祭はライラに小声で囁く。


「シスター・ライラ。あなたは今日から床磨き一週間ですよ」

「あら司祭様、そんなものでいいんですか?」

「…結果的に、誰も傷つけてはいないですし、要所で役立てることができるようなので、大目に見ましょう」

「そう…三日じゃだめですか?」

「私はそこまで甘くはないですよ」


教会の中で最も重労働と言われる床磨き。輝くばかりに仕上げないと合格とはならず、掃除の当番が回ってくると誰もがため息を漏らすそれは、誰かに罰として与えられると当番から免除となる。きっと他のシスターから後でにこやかに「悪いわね」と言われるはずだ。


聖女を待っていた使者はやってきたメリーナの雰囲気が変わったのが一目で分かった。


「メリーナ様…?」

「さあ行きましょう、マリウス殿下をお待たせしておりますわ」


先ほどの思わず守ってあげたくなるような雰囲気はなく、使者はただ黙って頷き御者に指示を出した。

馬車が走り出すのを教会の者たちが恭しく見送る。


「…頑張ってね、メリーナ」


ライラは小さくなる馬車をいつまでも見つめ、呟くようにそう言った。


***


城に到着したメリーナは王との謁見の場へ連れられた。そんな場所にはもちろん初めて足を踏み入れるが、淑女としての礼儀作法はできているはずだと自分を奮い立て堂々と進む。


「メリーナ、急に呼び出してすまなかった」

「アレス殿下!」


王がいるものだと思い込んでいたので、知った顔があってメリーナはほっとした。学生同士の立場で会っているわけではないが、やはり気心の知れた相手は安心する。


「戦場へ行くと言ってもメリーナは後方支援だ。王国の騎士たちが聖女を必ず守るのでそこは安心してほしい。君の回復薬の力を必要とする者がいる」

「はい、この力必ずお役に立てましょう」


メリーナの完璧な受け答えにアレスは少し苦く笑う。彼女が回復魔法の習得で苦戦していることはベイルからよく聞いているし、頼りにされてもプレッシャーはあるだろう。


「…怖いだろ?今は父上もいない。もっと楽にしてくれていい。ライラには会えたか?」

「もしかして、アレス殿下がお気遣いくださったのですか?」

「うん。それがいいかなって思って」


その言葉で、メリーナの表情はぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!本当は不安でいっぱいだったんですけど、ライラと喋ったらとっとと仕事して帰ってやるー!って気になって…」


思わず興奮した口調になり、メリーナはハッと口を噤む。今この場にいるのは騎士団長と護衛騎士だけで、口うるさい官僚はいないようだ。メリーナの態度に苦言を呈する者はいない。

アレスはそんな元気なメリーナの言葉に思わず笑みが出た。アンデッド・ドラゴンの話を聞いてから初めての笑顔だ。


「デリア領の人たちに、君のその元気を分けてあげてくれ」

「わかりました!」


アレスの言葉にビシリと敬礼で返したメリーナが面白くて、アレスは今度は噴き出した。

彼女の明るいオーラは、こんなにも心を軽くするのか。

アンデッド・ドラゴンへの具体的な対策も立たない今、アレスも不安と、何もできない不甲斐なさでいっぱいだ。マリウスが立ち向かった所で恐らく死ぬだろうと皆が思っている。だけどそうしなければ次の手も考えられないのだ。


「マリウスのことも、頼んだ」


今は見送ることしかできないが、生きて戻ってくることを聖女に祈らずにいられなかった。

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