43◆聖女の呼び出し
学園長直々に呼び出されたメリーナは、きちんとした説明もないままに王家の馬車に乗せられた。今日はおかしなことが起こる。セシリアが欠席をしていたので体調でも崩したのかと思い、お見舞いに行こうかとメリーナは考えていたのだが、上級生の女子生徒に尋ねるとそうではなく、朝に忽然と姿が消えていたという。
部屋にはセシリアの文字で自宅に戻る旨のメモが残されていたのだが、そこで大騒ぎしたのがカーン公爵家の迎えの者だ。セシリアが家にいるのであれば迎えなど来る必要はない。
そんなこともあって学園は何となく朝からざわついていたところに今度はメリーナの呼び出しだ。
城からの使いが言うには、行けばしばらく戻れないが生活のことは心配無用なので、必要最低限の荷造りをするようにとのことだ。
聖女の洗礼を受けた時に一通り説明は受けたが、聖女の仕事を申し付けられたら何よりも優先される。きっとそんな仕事が行く先であるのだろうけど、しばらく戻れないとはどういうことだろうか。
馬車に乗り込んだメリーナは不安そうな顔で、化けの皮を被った彼女は可憐で庇護欲をそそる。城からの使者はアンデッド・ドラゴンのことは知らないが、彼女が従軍することを伝える役割を担っていた。
「メリーナ・ワールズ嬢、あなたはこれからマリウス殿下の赴く戦地へ同行していただきます」
「戦地?」
今この国は戦争もなく、辺境の魔物も各領地の兵が対応できる程度しか出没していないと聞いている。マリウス殿下が王国軍を率いるとは一体どういうことだろう。
そして自分が聖女となり受けた恩恵の支払い方を、この時初めて理解した。
この力が必要だと判断されれば、メリーナの都合など一切お構いなしなのだ。
わかっているつもりであったが、いざその時がやって来て、自分の覚悟は全く以て覚悟といえないものだと分かる。
戦場なんて恐ろしい。力の使い方などまだ勉強中でどうしていいか分からない。軍に混ざって自分は一体どのように振る舞えばいいのだろうか。そんな思考がメリーナの頭をぐるぐると巡る。
顔色が引いて真っ白になって黙っているメリーナに、使者は掛ける言葉もなかった。城の、しかも王族に近い場所で仕えている身だが、兵士ではない。デリア領に魔物が出たらしく、デリア公爵が負傷しマリウス王子が直々に兵を率いることになったと聞いて、自分は兵士じゃなくて良かったと心の底から思ったものだ。
デリア領は王都から随分離れた田舎で、きっと魔物被害も王都まではやって来ない。当事者は大変だろうが、とっとと鎮圧でも何でもしてくれと思っている。
王国軍の兵士や騎士団はそれ込みで高い給料と保証があるのだし、好きでやっているのだろうという思いもある。
だけどさすがに、まだ学生のこんなか弱い女の子が戦場へ行かされるのは気の毒であった。かと言って慰める言葉も出てこない。自分の気持ちに折り合いがつかなければいつか「聖女なのだから当然だ」と思って心を落ち着かせるのだろう。
「途中。聖クレア大聖堂へ立ち寄りますので、祝福をお受けください」
「聖クレア大聖堂…?」
不安で押しつぶされそうだったメリーナの表情に光が差す。戦場へ行く事実は変わらなくとも、そこにはライラがいる。メリーナもライラがどうにかしてくれるとは思っていない。だけど今とにかく、ライラに会いたかった。
「ライラ…!」
「メリーナ?」
聖クレア大聖堂に到着すると、ライラは入り口前の掃除をしている最中だった。王家の馬車と今にも泣きだしそうなメリーナの様子に、ライラは事態の予測をする。
「王家で聖女の力を必要とすることがございましたか」
「問いには答えん。聖女に祝福を与えよ」
ライラの言葉に無碍な返答をした使者は、先に段取りが付いていないことに舌打ちをする。連れてきたはいいが、教会で聖女が祝福を受ける手配などやったことがない。
「聖女への祝福の儀式は本来なら前もって準備をして一日がかりでいたしますが」
「そんなに待てるか!正午には城から出発するんだ」
「では一時間ほどですね。できる限りをいたしましょう。使者の方は馬車でお待ちください。聖女メリーナ様、こちらへ」
ライラがメリーナの手を引いて大聖堂の中へ誘う。そのままいつも見慣れた礼拝堂を抜け、その先の扉、メリーナが立ち入ったことのない場所へ足を踏み入れる。
そうして誰もいなくなったとたん、メリーナはライラへ抱き着いた。
「私…戦場へ行くって…っ!怖い、どうしようライラ」
「おう、根性決めろ。聖女だろうが。それともどうしても嫌だったら、今なら逃がしてやれる」
「え…?」
「絶対に逃がしてやる。どうする?時間がない、すぐ決めな」
ライラの目が真剣にメリーナの目を覗き込む。聖女の力が必要とされる戦場、間違いなく国家の一大事だ。王国軍が聖女の身を守ったとしても戦いの場に身を投じるのに変わりはない。
「逃げられるわけないじゃない!だって私聖女よ!?どんなことがあっても聖女としての義務が優先されるって、だからこそ国でその身を保証するって最初にちゃんと聞いてるわ!行かなくていいわけないでしょ!」
「うるせえな。聖女がなんだよ。私はメリーナの気持ちを聞いてんだ。どうだっていいんだよ聖女とかはよ!」
「馬鹿にしないで!私は行くわよ!だって聖女だもの!怖いけど行くの!…でも、怖いの…!」
大変なことからはすぐに逃げる子だった。首根っこをひっつかんでどれだけ怒ってきたかわからない。だけど国のために命を張れなど一度だって言ったことはない。大変なことから逃げないようにしたのは、全てメリーナの人生のためだ。
「怖くても、行くの?」
ライラの口調は打って変わって優しげだ。そっとメリーナの背中を撫でる。
「行くの…。聖女ってことから逃げたら、友達に顔向けできない」
家名や国を背負って生きている友人たちに、怖いから聖女の仕事から逃げましたなんて、そんな姿を見せたくない。そんな誇りと呼べるようなものは、学園に入って初めて知ったものだ。
ライラから身を離してメリーナは真っすぐにそう伝える。その姿は化けの皮を被った可憐な令嬢ではなく、教会で過ごしてきたメリーナだった。
そんなメリーナにライラは優しい笑顔を向けた。
「メリーナ、戦場に行ったら付けてるネックレス外しな」
「え?」
「それ、あんたの力を吸収してるんだわ」
「え…はい!?」
突然のライラのネタバレにメリーナがあっけに取られてる間、ライラは祝福の儀式の準備の手配のためにスタスタと奥へ進むのだった。




