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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第六章 久しブりトさよナらを
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魔物ノ体

 戻ってきたオースの手を見て、シアンは驚く。


「ぬえええぇっ!? どうしたの!? その手!」

「ちょっと怪我してな」

「この短時間で何があったって言うの!? もしかして、傭兵団が追いついたとか!?」

「違う」


 彼女の動揺っぷりに、オースは引いていた。


「じゃあ、何なの! その手の痣は!」

「もうだいぶマシになった。騒ぐようなことでもねぇよ。ったく、うるせぇ奴だな」


(マジで治らんな。それに、さっきまであった傷口から見えた体の中、銀色だった)


 神聖騎士オロと相対した際、レイがオースを庇って流したものと同じ色。魔物にとっての血液の色。この体は、魔王の体からできたもの。平均的な魔物と、能力はほぼ同じであると考えるのが妥当だった。


(いつもの体と同じ感覚でやってたら駄目だな。取り扱い注意ってことか。まぁ、いつかは治る訳だし……)


「ちょっと、見せてご覧なさいよ!」

「おい、ちょ!」


 色々と考え込んでいると、不意に腕を掴まれた。そして、彼女は険しい表情で痣の様子を見つめる。近くで見られるのは避けたかったが、手遅れだった。


「あら?」


 手をまじまじと見つめながら、彼女は声を上げる。


(ちょっとずつ治ってってるの……バレたか!?)


 オースに、緊張が走った。


「アマラの爪って綺麗ね」


 が、次に彼女から発せられた言葉は、拍子抜けするものだった。力が抜けて、思わずオースはがくっとなってしまう。


「あ? そ、そんなことかよ……ったく」

「そんなことじゃないわ! こんなに綺麗な形の爪なのに、勿体ないわよ」

「爪とかどうでも良すぎる……」


 一応、爪を確認してみるが、オースにはよくわからなかった。そもそも、綺麗な爪とは? 基準もわからなかった。


「いい男の条件を自分から手放すなんて!」

「いい男の……条件? なんだ、それ。初耳だぞ」


 村では、聞いたことのなかった話だ。オースが関心を持った瞬間――。


「ママが言ってたの。いい男は、手足の爪が綺麗だって」


 まさかのローカルルールであった。


「……あっそ。で、そろそろ手を離して貰ってもいいか?」

「あ、ごめんごめん。ついつい、話を逸らしちゃうんだよね。魔術で治してあげようって思ったの」

「え!?」


 次から次へと、彼女は予期せぬ出来事を起こす。もし、これでおかしなことになってしまったら、言い逃れができない。


(ま、魔物に回復魔術は有効なのか!? 何も変化なしだったらどうしよう。それどころか、回復魔術が魔物細胞と相性悪かったりしたら……いや、その時はお前が失敗したんだぞーって笑ってやればいいか!? それでも、駄目なら……いざという時は――)


 光に包まれる手を見ながら、オースは覚悟を決める。次に見える手の様子と、彼女の反応で全てが決まる。


「ほらほら、すっかり元通りよ!」


 光が消え、彼女は手に視線を落として、自信満々に微笑んだ。


「……マジか!」


 どうやら、魔物にも回復魔術は有効なようだった。緊張の糸が解けて、オースはほっと安心感に包まれる。


(変に考え過ぎちまったみてぇだな。まぁ、魔術で魔物殺されたりなんだりするしな……回復だけ駄目なんてことはねぇよな)


「ほっんと、失礼しちゃうわよ。ちょっとビクビクしちゃってさ。失敗するんじゃないかみたいなこと思ってたんじゃないの?」

「いや、だって勉強しないと魔術って使えねぇじゃん」


 ビクビクしていたのは、別の理由だが――そういうことにしておいた。


「こう見えても、あたしはしっかり学校に通ってたわ。魔術専門の学校じゃないけど。これくらいの魔術なら、余裕よ」


 こんなよくわからない武器屋を動かしている時点で、魔術レベルはオースよりも高いことは何となく察していた。しかし、学校にいくつかの種類があることは知らなかった。


(俺には縁もゆかりもない話だから、初耳だぜ)


「ま、何はともあれ治って良かったわ。何があったのかは知らないけど、気を付けなさいよね」

「別に……」


(放っておけば、いつかは治る。人間の体と同じにするな。でも、まぁ一応? 言っとくか。感謝の一つも言えねぇのかって、うだうだ言われても困るしな)


 やってくれと頼んだ覚えはないが、オースは仕方なく言った。


「俺は治してくれなんか言ってねぇけど、わざわざどうも」

「も~素直に言えない訳? 子供でも言えるわよ」


 彼女は頬を膨らませて、態度を改めるように諭す。


「言えないな。俺の感謝は安くない」


 オースは腕を組み、ふんと顔を逸らした。


「いい年して、ほっんと」

「ほら、さっさと飛ばせ」

「えー!」

「俺が町に戻るまでが、お詫びだろ」


 再び顔を向け、じっと見つめる。こんなに楽な移動手段を失うのは痛い。とにもかくにも、町にまでは戻って貰いたかった。


「可愛げがないっていうかねぇ。いいけども」


 呆れ顔を浮かべながらも、彼女は壁に触れて武器屋を浮かした。変化する景色を見ながら、呟くようにオースは尋ねた。


「……学校って、どんなだ?」

「どんなって、急に何?」


 その唐突な質問に、彼女は困惑した。


「知らねぇから聞きてぇ、それだけ。悪いか?」

「……そういうことね。でも、どんなって言われてもなぁ。どう説明すればいいのかなぁ。名門に通ってた訳でもないし、特別な成績を収めた訳でもないし……」


 しかし、そのオースの言葉で色々と察したようだ。深くは尋ねずに、疑問に答えようとしてくれた。


「俺は、魔術のイメージしかない。さっき、お前が言ったじゃねぇか。魔術専門の学校じゃなかったって」

「あったり前よ! 魔術専門の学校なんて、お金持ちがゴロゴロいるの。あたしみたいな庶民が行くような所じゃない。行く人がいたとしても、それは才能を見込まれて支援者が付いてくれるって言うレベル。つまり、ダイヤの原石じゃないと無理って訳。あたしみたいな凡人は、障りの魔術と読み書きくらい」


 彼女は、まくし立てるように喋った。魔術専門の学校は、財力がなければそう簡単に行ける所ではないらしい。そして、彼女が通ったのは普通の学校。普通に生きていれば、普通に通える場所。学校=金持ちのイメージがあったオースは、その格付けを知り――冷めた笑みを浮かべる。


「で、俺みたいな貧民は凡人の学校にも行けねぇと」

「わー! そういう意味で言ったんじゃないの! ごめん!」


 慌てふためき、彼女は必死に頭を下げた。土下座でもするのではないかと思うくらいの勢いで。


「ばーか、ちょっと揚げ足取っただけだ」

「マジ意地悪……」


 悪戯っぽく笑って見せると、彼女は不貞腐れる。


「悪いな。んで、魔術以外に読み書き……って言ったっけ? つまり、お前は文字が読めるってことか?」

「えぇ、まぁ、そうね」


 彼女は、ぶっきらぼうにそう返す。


「ランプト語以外の……例えば、サリーサン語とかも?」

「あたし達は、ランプト語しか学ばないわ。それ以外の言葉を教えて貰っても、覚えられる気もしない。そう考えると、名門に行ってる人達は凄いわ。必ず、ランプト語以外の言語を一つ話せるようにならないといけないんだって」

「ふ~ん」


 その話を聞いて、オースは閃いた。学校に行っていないのに、多言語を話せたら凄いことなのではないかと。


(俺は、ありとあらゆる言語をインプット済み。そろそろ、ここでマウントの一つでも取ってやるかな)


 最近行ったサリーサン帝国の言葉を発そうと試みたものの――。


(――あれ?)


 しかし、ランプト語以外の言語はこれっぽっちも出てこなかった。何もわからない。


(まさか、この体で理解できるのランプト語だけってことか?)


『貴様()()、ありとあらゆる言語がインプットされた。自然と使い分け、自然と聞き取れる。我々の求める人型魔物の理想形を、貴様は実現している』


(あぁ、そういうことか……あの体に施されたもので、魔物そのものの能力じゃねぇんだな)


 危うく、自ら爆発してしまう所だった。心の中で、密かに納得する。


「アマラ?」


 ぼんやりとするオースを見て、不思議そうに彼女は声をかけた。


「あ、いや……ちょっとくしゃみが出そうになったんだ」

「何よ、それ。ていうか、出なかったら気持ち悪い奴じゃない」

「あぁ、絶賛不快感到来中だ」


(色々気を付けねぇと。いつもの感覚でやると赤っ恥だ)


「ティッシュで、鼻こちょこちょやってあげようか?」

「結構だ」


 再び外に視線を移すと、遠くにぼんやりと町が見え始めていた。すると――。


「っと、この辺で降ろそうかな」


 壁に近付き、着陸態勢に入ろうとしていた。


「おい、まだ町は遠いぞ」

「だって、堂々と戻っていったら、狙われちゃう。ちょっと遠いけど、死ぬよりはマシでしょ?」


 彼女は楽しそうに笑いながら、壁に触れるのだった。

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