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009

 俺はドールの機体状況を確認する。


 うん、大丈夫だ。頑丈な造りになっているからか、大きな破損は見当たらない。安形の言った通り、制御装置だけが故障してしまったのだろう。


 俺は歩行人形が動くことを確認すると、軽く息を吐いて呼吸を整える。


 準備は整った。後は実行に移すだけだ。


「各員、準備は良いか?」


『『『はい!!』』』


「それじゃあ――――頼んだぞッ!!」


『『『了解!』』』


 俺の言葉を合図に、巨乳ランキング一位と三位が行動を開始する。


 今までシャイプシフター相手に、ヒットアンドアウェイで戦っていたが、二人で同じ方向に逃げつつ、銃で撃ち注意を引く。


 彼女たちが誘導する先には、高周波ブレードを杖代わりにしたうえで、ブースターを器用に出力調節して辛うじて片足で立っているドールがいる。


 そのドールに乗るのは、左腕の骨折している彼女だ。


 一位、三位の二人は、そのドールに向けてシェイプシフターを誘導している。彼女たちの役割も大変ではあるが、この中で一番大変なのは、間違いなく左腕を骨折している彼女である。


 俺はただ、三人が無事に成功させることを祈って見ているしかない。


 俺の役目は最後の最後。大詰めのところなのだ。俺は成功させるためにも、決して出しゃばらないし、動かない。


 俺が歩行人形に乗っていることがバレてしまえばすべてが水の泡だ。


 そうならないためにも、俺はじっと待ち続ける。


 シェイプシフターが壊れかけのドールを視認できる位置まで誘導すると、彼女たちは攻撃の手を緩め、わざと壊れかけのドールがシェイプシフターの視界内に映るように動き回る。


 そして、スラスターを限界まで駆動させて、旧式が出せる限界の速度を持って壊れかけのドールの横を通り過ぎていく。


 そうすれば、奴の目に映るのは自分をここまで追い込んだ憎き仇敵ただ一機だけであった。


 シェイプシフターが吠える。


 怒り心頭なのか、今まで戦っていた二機のドールのことなど忘れたかのように突き進む。


 速度を上げて肉薄する。


 そして、ドールとシェイプシフターが接触する――その刹那、彼女がドールの前方に付いている減速用ブースターを勢いよく駆動させる。


 シェイプシフターの迫る速度に合わせて、ドールは後ろへと飛ぶ。


 ドールは、シェイプシフターの速度に合わせて飛んでいる。その手腕に、やはり彼女に任せて正解であったと一人納得する。


 当たりそうで当たらないそのもどかしさゆえか、シェイプシフターが猛り狂いながらさらに速度を上げる。何としてでも落そうという執念が伺える。


 そして、上がった速度でようやくドールに金づち頭が触れた。いや、逆だ。ドールが金づち頭に自ら触れたのだ。


 俺はその瞬間、歩行人形を歩かせる。


 ここで決める。ここで決めなくては、後は無い。


「頼んだぞ、エリート様!!」


『――ッ!!』


 同じ速度でドールとシェイプシフターが下がり続ける。


 ドールが、シェイプシフターの金づち頭のふちを掴む。壊れた左腕は、金づち頭の下の方に添えられる。本当は掴めれば一番いいのだが、壊れてしまっているのなら仕方がない。


 右手に力を入れ、放さないようにしっかりと掴む。


『あああああぁぁぁぁぁぁっ!!』


 そして――勢いよく後ろに倒れこんだ。


 倒れるさいに残った右足を引っかけて思い切りけり上げる。若干違うが、巴投げの要領である。


 掴まれ、下の方から思いきり押されているシェイプシフターは、勢いそのままに投げ出され、背中を地面に強かに打ち付ける。


 そうすれば、ほら、弱点(はら)が丸見えだろう?


『やった!』


『喜ぶのはまだ早い! おい、さっさと決めろ!』


「分かってる!」


 エリート様がちゃんと役目をこなしてくれたのだ。なら俺も、自分のやるべきことをやってやる。


 ジタバタと暴れ回るシェイプシフター。それを、体勢を少しずつ変えながら必死に抑え込むドール。


『わたしたちだって!!』


『居るんですからね!!』


 そこに、一位と三位がスラスターを全開にして駆けつけ、左右から抑え込む。


『夕凪くん、速く!!』


「分かってるって!!」


 分かっている。分かっているが、歩行人形は走れない。俺がどんなに急いても、スラスターも無ければ、ブースターも無いのだ。


 俺も出来る限りの最高速度で向かっているが、どうしても歩く以上の速度は出せないのだ。


 そうしている間にも、シェイプシフターは暴れ回る。


『ぐっ! こんのぉ!!』


『少しは、じっとしてて!!』


 必死に抑え込む三人。曲がりなりにも三機で抑え込んでいると言うのに、それを跳ね除けかねないほどの膂力。


 尾びれが、大きく跳ね上がる。


 振り回し、空を切らせることで前に進もうとしている。


『ぐっ! あぁ……っ!!』


 鎮痛剤が切れてきたのか、エリート様が悲痛な声を上げる。


 その声を聞き、更に焦燥感が募っていく。


 俺が焦っている間にも、シェイプシフターの身じろぎは大きくなる。


 これを逃したら、シェイプシフターは二度と隙を見せてはくれないだろう。俺たちは奴に負け、奴は街に向かう。そこで奴の蹂躙が繰り広げられる。


 そんなこと……させるかよッ!!


 俺は今までよりも雑に、けれど今まで以上の最高速度で歩行人形を進める。


 今までは、確実に歩くために安全重視で歩かせていた。けど、止めだ。多少のリスクを背負ってでも、走らせる(・・・・)


『は? はぁっ!?』


 驚愕の声が聞こえてくるが、気にしている余裕は無い。


 いつも以上に反動が大きいが、それも気にしてはいられない。


 これで、速度は上がった。けれど、それでも間に合わない。


 俺が辿り着く前に、シェイプシフターが拘束から抜け出すだろう。俺が予想していた以上に、シェイプシフターの膂力が凄まじい。


 何か、何かもう一手……!


 俺が歩行人形を走らせながらも俺は必死に考える。


 しかし、俺に使える手駒はもう無い。


 シェイプシフターの尾びれが大きく持ち上がる。


 まずい! 今のままでも抑えきれてないのに、これ以上暴れられたら……!!


 完全に拘束が解かれれば、俺たちに勝機は無い。


 なにか、何かないのか!


 焦燥に駆られ俺は正面にしかないモニターを必死に覗き込み、策を練ろうとする。


 そのとき、荒い画面越しに輝く粒子をまき散らす二つの影が見えた。


 だから俺は、ただ走ることに集中した。


 その二つの影は、シェイプシフターの腹にダガーを刺した、生き残っていた軍の機体であった。


 結構な衝撃で地面にぶつかったと思ったのだが、どうやら生きていて、まだ動けるようであった。


 軍の二機はボロボロの機体を動かし、地面に叩き付ける寸前の尾びれに掴みかかった。


 機体が軋み、金属がひしゃげる音を響かせる。


 恐らく、衝撃は俺が受けたものよりも大きいはずだ。彼らはその衝撃を逃がす場所が無い。その機体に受けるしかないのだ。それゆえに、その衝撃は操縦席にまで届いているはずだ。


 けれど、彼らは放さない。ここで放してしまえば負けると分かっているから。最後の意地を見せているのだ。


 ……なら、俺も意地を見せないとな。


 歩行人形を走らせる。


 途中何度もバランスを崩しそうになるが、勘と経験を生かして態勢を即座に立て直す。


 安形やエリート様、それに、今シェイプシフターを抑えてくれている皆。こんなにお膳立てしてもらっているのだ。絶対に成功させる。絶対に、倒して見せる。


 神経を研ぎ澄まし、いつもの操縦以上に気を遣ったからか、それとも初戦闘の上に思いのほか長期戦になったからか、どちらにせよ俺は疲弊していた。


 本当なら、今すぐにでも操縦を止めて家に帰って汗を流してから布団に潜り込んで眠りこけたい。


 けれど、そうしないのは意地と皆の期待に応えるためだ。


 シェイプシフターを、倒すためだ。


 全部綺麗に終わらせて、後腐れも後顧の憂いも無くなったら、帰ってとことん寝よう。明日学校あるけど休んじまえ。と言うより、俺退学だし、しばらくは惰眠をむさぼろう。それくらい頑張った、うん。


 だから、さ。


「――っらあっ!!」


 シェイプシフターに近づいてきたところで、俺は歩行人形を跳ばす。そして、暴れ回るシェイプシフターの上に着地すると、片膝立ちになる。


 身体を傾けて砲門を奴の腹に向ける。砲門の先には大きな傷口がある。そこからなら、難なく体内に砲弾を撃ち込めるだろう。


「帰ってさっさと寝てぇんだ。お前ももう眠っちまえ」


 俺は慈悲も容赦もなく発射ボタンを押す。


 直後、激しい轟音と共に、二つの砲門から同時に黒煙と火花を生み出しながら、砲弾が撃ちだされる。


 砲弾は傷口から内部に侵入し、その威力と熱を持ってシェイプシフターの体内を蹂躙する。


 血飛沫が噴き出す。そして響き渡る断末魔の叫び。


 俺は耳を抑えることをせずに、ただ終わりを待つ。


 やがて、力尽きたのか、断末魔の声は止み、今まで力んでいた身体から力が抜け落ちる。


 奴の命が、尽きたのだ。


 モニター越しに見える奴の目には、怒りも何も見えてこない。何も写さない、訴えかけてこない。そこにあるのは『無』だけだった。


 俺は張り詰めていた息を吐き出す。


 そういえば、まだ、役目が残ってたな……。


「こちら夕凪、状況終了。敵、沈黙。俺たちの、勝ちだ……」


 俺が勝利報告をする。


 一瞬、静寂が支配したが、やがてヘッドホン越しにも分かるほど熱気が渦巻き、そして――


『『『『『うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!』』』』』


 大歓声が沸き上がる。


 うちの避難シェルターか、エリート様の管制室か分からないが……いや、両方と言う可能性もあるな。ともあれ、シェイプシフターの断末魔にも負けず劣らずの勝鬨(かちどき)の声が上がる。


『や、やった……やったよぉ……!!』


『はい、はい……! やりました……やりましたよ……!』


 一位と三位さんが潤んだ声で喜ぶ。まあ、初戦闘だし、ドールに乗り始めてまだ一か月なんだ。死ぬかもしれない状況になって生き残れたのだから、感極まってしまうのも無理はないだろう。


『やった、やったぁ!! 夕凪、やったよ! 倒したんだよ!! 夕凪!!』


 天童も天童で、やたら俺の名前を連呼しながら喜ぶ。


「わかってるよ、天童」


『分かってんなら喜べよ! 倒したんだぜ!?』


 俺の言葉に、安形がそう言ってくる。


「喜ぶよりも、まず疲れた。早く帰って休みたい」


『おま……はぁ……お前には情緒と言うか、何と言うか、色々足りない気がするよ、まったく……』


 安形に呆れられながらそう言われれば、流石の俺でも少しはムッとする。


「勘違いするな」


『あ?』


「嬉しくないわけじゃない」


『……ぶはっ! そうかよ! そいつは良かったよ、本当に!』


 なぜか吹き出しながら言われたが、まあ、分かってくれているのならそれでいいだろう。


「ともあれ……」


勝った。勝てた。


 俺は張り詰めていた息をゆっくりと吐きだす。緊張が抜けて良き、身体の力も抜けていくのがわかる。


 思いのほか、緊張していたんだな……。


 っと、そう言えば。


「エリート様、大丈夫か?」


『え、あ、はい。大丈夫です』


「そっか。悪かったな、適任とはいえ、一番危険な役をやらせちまってさ」


『……いえ、大丈夫です。むしろ、一番大事なところを任せていただいて、嬉しかったです』


 え、何言ってんの? 普通一番危険なことやらされたら嫌じゃない? え、このエリート様もしかしてマゾ?


『信頼、していただけて、嬉しかったです……』


「ああ、そっちね……」


『そっち?』


「いや、なんでもない。こっちの話だ」


 どうやら、信頼されているようで嬉しかったらしい。よかった、マゾじゃなくて。いや、マゾでダメなことはないんだが、どういう顔して話せばいいか分からないからさ。


 ともあれ、ようやく終わった……。


「安形、回収に来てくれ。もう帰りたい」


『今向かってるよ! って、お前言っとくけどお前は一番最後だからな!』


「……なぜ?」


『レディーファーストって知ってるか?』


「悪いが記憶にない。さあ、俺を迎えに来い」


『じゃあ怪我人優先って知ってるかな!?』


 俺が冗談を言えば、安形が切れのいいツッコミで返してくる。この常のやり取りを、常と同じ状況で行えるのが心地い。


「冗談だよ。じゃあ、俺はしばらく寝てるわ」


『え、操縦席で寝るのか?』


「ああ。もうマジで眠い。疲れた。お休み」


『え、ちょ、お――』


 俺は誰にも邪魔されないように、ヘッドホンを外す。安形が何かを言っていたが気にしない。


 身体を固い座席に預け、目を閉じる。


 はぁ、本当に疲れた……。


 今日一日で色々なことがあったなと思いながら、俺の意識は沈んでいく。


 もう少しで眠れそうと言ったところで、歩行人形のハッチが開かれる。


 機内に刺す陽光に眉を寄せ、俺は俺の眠りを邪魔した相手を見る。


 そこには、輝かしいばかりの黄金の髪を風にたなびかせ、綺麗な(おもて)に笑みを浮かべる女性――つまり、エリート様がいた。左腕は簡易的な布で吊っている。


「なんだ、眠いんだが?」


「いえ、眠るならわたしのドールで寝ていただこうかと思いまして」


「……なぜ?」


「クッションが柔らかいので」


「なるほど……」


 彼女の提案に、俺はしばし思案する。が、答えはすぐに出た。


「面倒だ。ここでいい」


「そうですか」


 断られたにもかかわらず、彼女は笑顔。……やっぱり、マゾなのか?


「私も、少し休みます」


 そう言って、ハッチの上に座り込む。


 いや、なんでそこに座るの?


 俺の疑問が顔に出ていたのか、彼女は俺の顔を見ると悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「動くのが、面倒なので」


「そうか」


 なら、しょうがない。


 俺はその一言に納得すると、目を閉じると、今度こそ眠りについた。


「私を認めてくれて、ありがとうございました。その……嬉しかったです」


 意識が途切れる間際に何か聞こえてきた気がしたが、俺はその言葉を考えることなく、意識を手放した。


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