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殺人鬼(ジョーカー)

「殺人鬼が出るんで、ノクトさん、なんとかしてください」

「なぜ、それを我に言う?」


 店に顔を出したハイドは前置きもなく我に言う。


「ちょっと前から話題にはなっていたんですよ。モンスターにやられた訳でもなしに、街中で死んでるヒトがいるって」

「我の質問は無視か」

「まあまあ、聞いてくださいよ。それが最近は2、3日にひとりと激増しましてですね」


 街中にモンスターが入り込めば例の門が叫ぶはず。

 それがないということは、モンスターのはずもなし。

 それでもヒトが死んでいく。ひとりふたりならば病ということもあるかもしれないが、こうも立て続けに起これば疑いようもない。いや、そもそも死に様があからさまらしい。


「まあ、いろいろなパターンがあるのですけどね。首を落とされてたり、心臓を一突きにされてたり。共通しているのは刃物によるということで、それも相当な手練だってことです」

「疑わしい者はいないのか?」

「それは手練の刀剣使いなんてどこの組織にもひとりやふたりはいますよ」

「そういえばハイドもそうだったな」

「……やめてください、本当に……なぜかいくつかの組織にちょっと疑われてるんですから」


 どうやら冗談ではなしに、組織間の抗争の火種になりかけているらしい。


「なによりもまずいのがですね」


 そこまで言ってから、ハイドは店の中を見回した。

 そんなことしなくとも、相変わらずの閑古鳥だ。暇なタンゴが狂ったように剣という剣を磨きだしている。このままでは、そのうち我をも磨き始めかねない。


「先日、ついにトーチャーに被害者が、さらに続いてグリーニアにまで被害者が出まして」

「ああ、そこから先はあまり知りたくもないな」


 恐るべき武力を保持し、しかも身内でなければ容赦はない。

 トーチャーとグリーニアはこの地下世界で一二を争う危険組織という触れ込みなのだが、どちらのリーダーからも訳の分からない気に入られ方をしていて、我には直接的な被害というのは皆無だ。

 だが、あのふたりに関わるととにかく面倒というのはよく分かった。

 あのふたりはとにかくカリスマなのだ。

 組織の者は自らのリーダーに死ねと言われたら本気で死を選ぶような狂信者ばかり。

 この世界ではヒトはごくわずかというが、だからといって仲良しこよしで暮らしていこうなんて気を持っている者は少なく、そしてあのふたつの組織の構成員には殊更にさらさらない。

 組織に関わり合いのない他人の命よりも、自分の命よりも、リーダーの命令こそが最優先。次点は組織のメンツだ。

 そんな組織に辻斬りを働くなど、喧嘩を売っている以外の何物でもない。

 そうなれば、犯人探しくらいするだろうし、そうして街中を歩いていれば、トーチャーとグリーニアの構成員同士が出くわしもするだろう。

 このふたつの組織ははっきりと仲が悪い。

 それぞれの組織がこの地下世界において、多くの者の暮らしに関わる部分を司っているから、敵対的に抗争を行っていないだけで、火種さえあればすぐに燃え上がる。

 それこそいつかのリルカ・カーテンコールとミグルイ・カエラのように。

 そんな組織の構成員同士の接触が増えれば、まさしく結果は火を見るよりも明らかだ。


「いやあ、さすがにあのふたつの組織のヒトたちはガチでやりあっても実力者揃いだけあって、そうそう死んだりしませんから、それで今まで決定的な抗争にはならなかったんですけど、こうもあちこちでぶつかり合われると、街自体の被害が無視できなくなってましてね」

「殺人鬼なんて知らないという者にとってはいい迷惑だな」

「あ。あのおふたりのおかげでここがセーフティゾーンになってるから、ちょっと他人事ですね?」


 この店の周りは、この騒々しくもトラブルの絶える事なき地下世界において、例外的に閑静だ。

 それは街から外れているという事もあるのだが、トーチャー、グリーニアの両組織と縁がある事とは無関係ではない。

 我はハイドの言葉を否定はしない。

 ヒトとは面倒なものだ。

 そして我はそんなヒトというのを確かに愛いものだと感じている。

 だが、我にも好みはある。

 面倒ごとは是非とも選り好みしたいところだ。


「そんな訳で、ノクトさん、なんとかしてください」

「待て、だからいったいどんな訳だ?」

「あのふたつの組織がごたついてる今、街中はそれこそモンスターが跋扈しているようなものですよ。そんな中を無事に歩けるヒトなんて、ノクトさんくらいなものでしょう」

「我には足はないぞ」

「そうでした。まあ、面倒を解決してくれるというなら、私が足くらいにはなりましょう」


 リルカが日和見と称したくらいには、このハイドという男は面倒を好まない。

 それがこうして自分も協力するというくらいには、街中は殺伐としているらしい。

 それほど武力的には上位には入らない組織、やまびこ協会としては、ハイドやリコたちエルク、それに何気に腕に覚えがあるらしいタンゴのような者でなければ出歩きにくくなり、それでは組織の運営にも支障が出るということだった。

 そういえば随分以前にリコが変死体がどうとか言っていたなと今更ながらに思い出したが、このところ、ヒミコやタンゴが店に来ることが多く、ヒミコは街の機微が分かっているのかいないのか、タンゴは言葉の機微が分かっていないということで、どうも常の状態ではないらしいのは伝わっていたが、そこまでとは考えていなかった。

 こうなってみると、タンゴの言語能力の向上は急務だとは判断できるのだが、今のところ、タンゴのこちらの言葉での会話は自己流の勉強で覚えた会話能力で海外に飛び出した異邦人そのものだ。

 ヒアリングは日々良くなっている印象なのだが、それに対してのスピーキングはあまりにお粗末。多少間違っていても、通じればそれで良いと思っている節が多分にあった。元いた世界の言葉を使えば、流暢に語るのだが、それでは覚えが悪いと厳しく禁じたところにこの事件だ。

 ヒミコの方はもう少し成長してもらわなければ、どうしようもなさそうなので、どうにもならない。早くリコのようになってもらいたいところだが、寝てるか、本を読んでるか、何を想像しているのかぼーっとしていることの多いヒミコが成長してもリコのようになるとも考えにくいのだが。

 なんにせよというか、やまびこ協会という組織の風潮なのか、どうにもどこかのんびりとした者が多いので、我もその街の異常事態というのを真剣には捉えてなかったのだが、それを聞いても我にとっては一大事とはいまいち思えない。

 どうせその内、分相応を間違って、手練に出くわして死ぬのが良いところだ。

 強者が強者でいられるのは、自らを打倒する者が現れるまで。

 どんな怪物だって永遠には生きられない。

 それが命ある者の定め。

 我のような器物であるか、それとも神でもなければ。


「ほら、どうせめんどくさがっているだけなんでしょう?ずっとひとところにいたら錆び付いちゃいますよ!本気出したら光って飛び回ってビーム出すくらい楽勝だって普段から言ってたじゃないですか」

「そんな風に告げたつもりはない。仮にそれが出来たとしても、殺人鬼を探すのに微塵も関係ないと判断するがな」

「それにほら、最近全然、武器売れてないじゃないですか。犯人見つけたら、それの報酬として人件費相殺してあげますから、急いで急いで」


 確かにそうだ。特に弓矢を置いた辺りから、さらにヒトの出入りが減った。

 トーチャーだけじゃなく、グリーニアともなんか関係あるらしいよ?

 壁に掛かる弓矢を見ている者がそう言っていたのが関係ないと考えられたらどれだけ良かったことか。


「じゃあ、タンゴ君。あとはよろしく!後でトモエも来ると思うから!」

「あいです。がんばってみましたかー」

「待て、それはあまりにも文法が乱れすぎてるぞ!」




 最近は店にあることが多く、誰にも供を頼むことがなかった。

 衣食住がヒトには必要というが、衣の必要は無く、食もまた同じ。住は店ともなれば、街に出る必要は無い。

 むしろヒトにはそれ以外として、娯楽こそが必要なのだと我には考えられたが、我にとっての娯楽はそのヒトの観察で十分であり、それは街に出ずとも待っていればやってくる。

 ……その娯楽の減りは心底残念だが、それもまあその内になんとかしようと考えていたのも確かだ。噂の殺人鬼とやらを見つけられれば、多少は良い噂というのも広まるやもしれない。

 久しぶりの街中は、確かに閑散としている。

 例によって出くわしたのは、松明片手にうろついていたトーチャーくらいだった。


「グリーニアの姿はないな」

「ああ、もう、ノクトさんが余計な事言うから」


 噂をすれば影がさす。

 確かに通りの先に例の喪に服しているような鎧姿ふたりが刃に映る。

 そして近くにいたトーチャーもそれに気付いたようだが、お互いに何をするでもなく、それぞれが別の方向の通りの先に消えていった。


「さすがノクトさん。ご利益ありますね」


 ハイドまでもがご神体扱いか、と告げてやりたいところだったが、違わないじゃないですか、などと返されるのが落ちなので、気になっていたことを尋ねる。


「……それで?探すとて、どうやって探すのだ?まさかこのまま通りをうろついて、襲われるのを待つだなんて言ってくれるなよ」


 聞いた瞬間、ハイドの笑みが消え、ややマヌケにも見える口の開け方をして真顔で口にした。


「え?」


 と、ひと言だけ。


「なんだ?その間の抜けた反応は?」

「いや、ノクトさんと一緒なら、それで十分、出くわすんじゃないかなぁ、と」


 こんな男が組織のリーダーで大丈夫なのか?と、ハイドの資質すら不意に疑ってしまった。

 だが、噂をしていれば影がさすものだ。

 我がその影を認識するまでに、そう長い時間はかからなかった。


「告げたくはないのだがな」

「え?嘘ですよね?まさか本当に?」


 我の奇縁とでも呼ぶべき何かに期待していると自分で言っていながら、半信半疑だったのか、渋々声にすれば、ハイドは驚きを見せる。

 ハイドが首を振っても、その先にはなんの姿もない。

 疑問ばかりを声にしつつも、ハイドは我を手にするのとは反対の手にナイフを握る。


「来るぞ」

「え?え?」

「上だ」


 我が影を映したのは、手近な建物の上。

 我の言葉が聞こえた訳ではあるまい。

 ハイドが刃を両手に握ったことで、感づかれたことを察知したのか、迷わずに影は飛び降りていた。

 瞬間にハイドは回避を選ぶ。

 それは正解だった。

 落ちてきたのは男。

 それも右手に自身の胸よりもなお大きく幅広な斧を、左手に自身の身長よりもなお長い両手剣を持った半裸の巨漢だった。

 頭にだけヘルムを被っているのが、どこかトーチャーの者を思わせるが、トーチャーのようなすぐにそれと分かる象徴とも呼ぶべき物は何ひとつ身に付けていない。


「こんなあからさま過ぎる奴をどうして誰も彼もが見逃していた?」

「誰も上なんて見上げないからですよ!」


 なるほど。確かに道理だ。

 この地下世界でわざわざ見上げる動作をする者は少ない。

 そこにあるのは固い岩盤と、いつか落ちてくるんじゃないかと不安にさせる地天の城だけなのだから。

 ハイドが喚く間に男は地面を派手に割り砕いた。

 もしもハイドが受けを選んでいたら、どうなっていたかは明白だ。

 ハイドが駆け寄って刃を振るうには、得物の相性が悪過ぎた。

 それよりも先に男は両手剣を振るう。

 躱せば今度は斧がうなりを上げる。

 まるで竜巻だ。

 近寄ろう、手を出そうとすれば、巻き込まれる。

 確かにハイドが店で告げた通りの手練だった。


「確かにそうだが、おかしくないか?」

「今!ノクトさんと!悠長に!!話せる暇は!ありません!!」


 喚きながらも器用に斬撃の合間に返してくるのだから、余裕があるんじゃないか?と告げたかったが、実際、ハイドは押されていた。

 相手の斬撃を受けられないというのが大きい。

 膂力の差は明らか。

 受ければ最後、腕力に押し切られてしまう。

 だからハイドには避けるしか選択肢が無い。

 リルカやミグルイに比べれば、まだまだといったところなのだが、尋常でないのは確か。

 左手の両手剣がハイドに向けて差し込まれる。

 ハイドはそれを潜るようにして、一歩を踏み出し、踏み出した先でそれがミスリードだったと気付く。

 気付いた時には斧がもう振り下ろされていた。

 受けるしか無い。

 そう判断したハイドが我ではなく、自らのナイフの方でそうしようとしていることに気付いた時に、我は考える。

 ハイドにとって、そして敵である男にとっての、意識の狭間だ。

 ハイドの肉体を支配して、無理矢理避けるか?

 それをすれば、おそらくハイドの足の筋肉がねじ切れかねない。

 躱せるが、その先で手詰まりしそうだ。

 ならば魅了を掛けるか?

 いや、最近、それはどうにも良い結果を生んでいない。

 リルカが、そしてミグルイが魅了に抗し得たのだ。

 どうしてコイツがそうでないと判断出来るのか。

 ならば、ハイドを鞘にするか?

 それをすれば、こんな男など、造作もなく終わりに出来る。

 だが、我はそれはしないと決めていた。

 ハイドが我ではなく、自らのナイフで受けることを判断したのは、我を武器ではなく、ヒトとして扱っているという証左なのだと気付いていた。

 そんな相手を鞘にしてしまうのはあまりにも。


「勿体ないな」


 声にした時には凶刃はハイドの目前。

 それでも我が考えるのをやめたのは諦めたからではない。

 目前にあったはずの断頭の刃が文字通り吹き飛んだ。

 轟音とも呼ぶべき衝撃と共に。


「貸し、ということで宜しいのかしら?」


 斧が男の手から離れ、街を不安げに照らす松明の光の届かぬ闇へと消える前に声が響く。

 声は斧を飛ばした矢を放った者のそれ。


「ああ。仕方ない」

「それは僥倖でしたわ。憎い敵に出会えたばかりか、ノクトブランド様にそのように仰って頂けるのですから」


 別の闇から姿を現したのは、溶け込むような鎧の女。

 リルカ・カーテンコール。


「え?」

「あら?」

「ああ。これならばおかしくないな」


 ふたつの武器のひとつが失われたならば、やりようはある。

 リルカが現れた今ならば更に。

 だが、ハイドもリルカも攻撃へと転じる前に、それを見せつけられていた。

 我の刃にも当然映っている。

 斧を手放したはずのその手に、まるで刃が生えていくようなその様を。

 それはリルカもハイドも目にしたことのある光景。

 ハイドがどこからともなくナイフを取り出すのとは違うそれは、我がふたりに見せてやった光景だ。

 男は刃を現出させる。

 自らの手のうちに生じた影の中から。

 そうして現れた刃、それはどこか古代の剣、はじめてヒトが手にした刃そのもののようであり。

 そしてそれはどこか我を思わせずにはいられない、そんな原初の剣のようであった。





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