偽神暗器
みなぎセンセイ!
ハイドは言った。
首を落とされたり、心臓をひと突きにされたりと。
ところがこの男はどうだ?
こんな男と戦ったら、誰も彼もがひき肉にされるのが良いところではないか。
手練は手練でも、イメージが違い過ぎた。
本当にこれが件の殺人鬼なのか。
そう疑う思いがあったのだが、今はもう確信している。
この男に違いないと。
まるで別人ではないか。
もう男は左手にあった両手剣すら自ら投げ捨てている。
巨漢の男にとっては片手剣どころか、小剣とも呼ぶべきそれだけを握り、そしてハイドを寄せ付けず、リルカの矢を躱し、ひたすらに合理的に、それもわずかな身じろぎや体捌きだけで戦い続けている。
「ノクトさん!もしかして!兄弟とか!!いたりしますか!?」
その言葉に答えを返さない。
同じ神の手になる物ならば確かに他にもあった。
だが、我はこんな剣は知らない。
男はまるで宙に静止する蜂だ。
捕まえようと思っても、手を伸ばせばするりと躱す。
そしてこちらを刺そうと針を伸ばす。
複眼を持っているかのように、ハイドとリルカの即興のコンビネーションを躱し、どの角度からの射撃も斬撃も刺突も躱してしまう。
もしもハイドひとりだったならば、例えあの一撃を回避出来たとしても、次の一手、その次の一手と追いつめられ、やはり終わっていただろう。
知性もなく、理性もない。
ただ獲物に執着し、攻撃性だけを発現し続けるその様はまるで虫か。
そこまで考えたところで、ひとつの解を得た気がした。
虫のような。
影の中の剣。
そして我。
そうか。
「ノクトさーん!起きてますか!?結構!本気で!決め手がないんですけど!!なんかないです!?」
確かに決め手がない。
何しろ攻撃が当たらない。
ただ、そこで弓を構える女はどうにも本気じゃないと刃に映る。
憎い敵、そう表現していたが、今のリルカの目はじっと観察し、そして我のように何かを考えているように映った。
「ああ。良かったな。決め手が来たぞ」
「え?……えぇ!?」
「あら、ミグルイさんじゃありませんこと」
「……どうしててめえもいやがる、カーテンコール!?」
リルカが現れた時点でそうではないかと考えていたのだが、あの時去っていったグリーニアはリルカの元へと行ったのだろう。我がいたとでも報告しに。だから、リルカはここに現れた。
そしてトーチャーもまた報告に行ったのだ。
ミグルイの元へと。だから、ミグルイもまたここに現れる。
「今は私情を挟まずにおけないか?じゃないと足下をすくわれるぞ?」
この男のことは誰も知らないようだった。
誰も名前を呼ばないし、どこの組織の者なのかすらも判然としていない。
それなのに、グリーニアのリーダーとエコーズのリーダーふたりを相手にしても、そのまま抗し得ている。
いくら手練といっても、これほどの腕を持っていれば、どこかの組織のリーダーであってもおかしくない。
だが、知らない。
ならばコイツはいったいどこの誰なのだ?
「……今だけですよ」
ミグルイの目に諦めが浮かぶ。
前にリルカと争った時に我が止めたことを思い出したのか。
次の瞬間にはもういつもの獰猛さが瞳に宿る。
手にした鎌を突き出し、走り、振るう。
鎌による斬撃は通常の剣のそれとは違う。
まさしく命そのものを刈り取るような凶刃は唸りを上げて男を襲う。
男はそれすらもサイドステップひとつで躱した。
ミグルイの刃は初見で躱せるような類いの軌道ではない。
深く、そして相手の命を抱え込むように広く、躱したと判断しても、伸びてくるように命へと届く。
幾度も戦っているであろうリルカや、ある程度、戦いを観察してから防ぎに向かったあの時のハイドとは違って、いきなりでなぜそんなことが可能なのか。
そこに矢が飛来する。
完全なる死角、男の真後ろからの一本だ。
躱せるはずがない。
背中に目でもなければ。
だが、それすらも自ら手にする刃を振るって防いだ。
寸分の狂いなきタイミングだ。
ヒトにしてはあまりにも無機質に、合理的に動くそれにミグルイが疑問をていする。
「なんだあ?こいつは!」
「殺人鬼ですよ!知ってるでしょ!!」
「ぁん?」
「ちょっと!怒らないでくださいよ!!」
ミグルイが加わって尚も戦い続けている。まるでこれでは神話の時代の英雄だ。
まさしく我が最も必要とされたあの時代の再現だ。
だが、それは男だけじゃない。
我の刃に映る姿にしても、かつての英雄たちと遜色ない者がここには揃っている。
「ミグルイ、炎を出せ」
我の言葉にミグルイが反応して、斬撃に炎の尾が引かれる。
この薄暗い路地ではミグルイのランタンが目の前を流れるだけでも、かなりの目くらましになるはずだ。
それすらも意に介していなかったようだが、更に強い炎の光が流れた。
業炎は一瞬。
魔法を警戒してか、男は今までにない大きな動きで距離を取ろうとした。
「ハイド」
「なるほど!」
そこを驚異的な脚力で間を詰める。
大きく跳べば、その分、地から足は離れる。
ほんの一瞬だが、その一瞬でハイドは接近する。
男は刃を振るおうとする。
「リルカ」
「分かってましてよ」
矢はハイドを追い越し、男に迫る。
躱すにも足は宙にあった。
躱せない。
だから男は剣で受ける。
その瞬間に、今度はハイドが自らを追い越した矢に追いついた。
「もらった!」
ハイドのナイフが突き出される。
それは確かに男の胸を突く。
男は刃に穿たれながらも、まだ剣を振るおうとしていた。
目前のハイドの命を奪うべく。
だが、それは成されない。
既にミグルイが迫っていた。
「落ちた首で、てめえの身体の不幸を見るんだな」
ミグルイの言葉通りに、男は首を落とし、そしてその手から刃は落ちた。
吹き出した血が降り注ぐ。
酷く凄惨な状況でミグルイは笑い、ハイドは疲れたと言わんばかりに腰を落とした。
リルカは血に汚れるのが嫌なのか、近づいては来ない。
「まあ、こんなものか」
「どうせなら、もっと早くなんとかしてほしかったんですけど」
「ちょっと考え事をしていてな」
落ちた剣が我の刃に映っている。
確かに印象は似ている。
だが、そこに表れている作り手の意志は、やはり我とは無縁に考えられた。
「待て、拾うな。いや、見るな」
「え?」
腰を落としたハイドが手近にあったそれを、ナイフの消えた手を伸ばし、拾おうとしていた。
我の考えが違っていたのか、それとも、まだだったのか。
ハイドは我の声に従い、手を止める。
「やはり、そうなのですの?」
「ああ。おそらくな」
「……どういう訳でしょう?」
尋ねるリルカに答えれば、ミグルイは我へと疑問を向ける。
「さて、どう説明したものかな」
既に答えを直感しているのだが、それを分かりやすく説明するのは骨だ。
どうやって説明するかを考えながら、ひとまずはその剣をどうするべきか、現実的な対処の方から話し始めた。
店の中には我がこちらで知り合った者たちが勢揃いしている。
ハイド、リコ、トモエ、ヒミコ、タンゴ、ミグルイ、リルカ。
いないのはアルフレッドくらいのものだ。
「さて、始めようか。ハイド」
「はい。えー、ノクトさんに言われた通りに調べましたところ、確かに前線から倒したモンスターの剣を持ち帰ったヒトがいました」
前線でも名うての組織、アイアンキャットパンチのバーマン・バズという男で、豚の身体の首の部分にヒトの腰から上をとって付けたようなオーケンタウロスというモンスターの軍勢が押し寄せた時に自らの剣を失い、代わりにとその剣を手に入れたようだった。
「バーマン氏はその後、死体で発見されています。この殺人鬼事件の初期ですね。ノクトさんの説が正しければ、他の被害者の誰か、あるいはあの時の男にでも返り討ちにあって、それで乗り換えにでもあったのでしょう」
「てめえは分かってんだろうが、こっちはまだ良く分かってねえんだ。ちゃんと説明しろ」
「まあそう急くな。我から伝えよう。今回の殺人鬼というのはあの男ではなく、あの剣ということだ」
「は?」
「え?」
驚く者が多い中で、リルカだけはやっぱりという表情で頬に手を当てていた。
「なに、我のような剣があるのだ。この世界のモンスターの中にもそういう物があったというだけのことだ」
問題は、神がいないとリルカが断言するこの世界で、あの意志なきモンスターたちがどうして我のような物を造り得たのか、なのだが、そこまでは言及しない。
「あの剣は手にした者の意志を奪い、鞘とし、そしてヒトを襲い続けていたという訳だ」
かつての世界、ノーマンズランドでこんな話があった。
ある島国の話だ。
そこにはひとりの英雄がいた。
群雄割拠の時代に、ただのひとりで敵国へと向かい、そこで多くの人間を斬り、戦い続け、やがてひとりの王の御旗の元に統一を成した。
この王というのが人間に交わっていた変わり者の神であり、そして英雄はその操り人形だった。
「とある北国では英雄はその国の王と三日三晩力比べをし、その果てに勝利して、王を傘下に収めた。またとある山国ではヒトを襲い、食らい続けた巨大な蛇を独力で打ち倒し、またとある海国では誰よりも早く泳いでみせて人心を掌握した」
「まさしく英雄ですね」
関心するハイドに我は告げる。
「そうかな?またある国では英雄は王と千の兵士たちに酒を飲ませ、酔って寝込んだところを皆殺しにした」
「そんな……」
「またある国では女装して王に近づき、寝所に誘って殺した」
「卑怯なヤツだな」
「一方では正々堂々と戦い、一方では卑劣な策でも平気で用いた。だがな、おかしいとは思わないか?」
我の問いにヒミコとトモエが顔を見合わせる。
他の者も、リルカを除いては我が何を言いたいかを察していない。
「当時の王とて、この世界と変わらない情勢だった。力の強い者が王だ。誰よりも生き残る力に秀でているのが王だった。そんな時代にその王と力比べをしたり、巨大な蛇を倒したり、その姿はきっとあの殺人鬼と呼ばれた男と変わらないものだったはずだ。そんな男が女装して、なぜ寝所へと連れ込める?」
「……よっぽど趣味が独特な方だったのでは?」
ハイドの答えにリコとミグルイが細めた目を向ける。
「端的にだな、こんな話もある。女装したのではなく、英雄は女だったと」
「……てめえ、なんでそこでオレ様を見る」
「いや、なんでもないです」
ハイドがミグルイの割れた腹筋を見て睨まれているのを宥めて話を続ける。
「いくら英雄とて神ならざる身では万能ではない。それなのに、英雄はどんな無理難題をもこなし、どんな策でも平気で用いた。ひとつの話ごとにまるで別の英雄が存在したかのようにな。それはそうだろう。英雄は大勢いたのだから。ひとつの英雄としての名前で束ねられていただけで」
例えばトーチャーという組織があり、その組織の者は自らの名前を持たずにどこに行ってもトーチャーと名乗った。
炎のランタンの付いた鎌を手にして。
各地の交流も進んでいない時代だ。
流通する情報にも限りがあり、必ずそれは伝聞だった。
だから人々は勘違いしたのだ。
その鎌を持っていたトーチャーというのはたったひとりの英雄だったのだと。
「その英雄には実は名前が無く、それどころか己自身の意志すらなかった。あったのは剣の名前と、剣の意志だ」
人間を鞘として、意識を消し去り、自らの手足として渡り歩いていたのだ。
我と似たようでいて、まるで違う思想のその剣はYと呼ばれていた。
「今回の殺人鬼も同じだよ。最初にそのバーマンなる男が意識を奪われ、そしてバーマンよりも優れた肉体の持ち手が倒したのだろうが、剣は今度は自らを打倒した者を新たな鞘とした。倒される度に強くなり、強くなる度に死体は更に増えていったという訳だ」
「……モンスターの奴ら、そんなもん作りやがったのか」
「これからはみだりに拾ったりしないことだな」
「徹底させましょう。それで?あの剣はどうされたのですの?」
「ああ、一応、何かあってはことだからな。これだけの面子が揃っていれば大丈夫だろう。タンゴ」
「あい」
タンゴはリルカに頼んで作らせた木製の箱に入れられたそれを持ってきて、店の床へと置き、蓋を開く。
中から現れたのは、名も知らぬあの剣だ。
「それじゃあハイド」
「……もしかして、またアレですか?」
ハイドの疑問に、アレが何なのかを想像したリコとトモエとヒミコが顔を顰めた。
「一度で済む。皆、耳を塞げ」
「……僕は塞げないんですけど」
「我慢しろ」
ハイドが我を振り上げる。
そのまままっすぐに箱へと振り下ろす。
刃と刃がぶつかり合う硬質な音が、不思議な反響音を木霊させる。
空気が震える。
我はそれに共鳴するように、更に身を振るわせた。
音はどんどんと大きくなっていく。
空気が張りつめ、このままでは空間ごと割れるような、そんな恐れを抱いたのだろう。
誰もが、リルカですら不快な顔を浮かべている。
それでも我は身を震わせる。
空間が歪に、まるでそれに耐えられなくなったように、ピシリとひび割れた音が響いた。
【割れろ】
共鳴し、共振し、そして割れた。
音は消え、静寂が店に戻る。
「あ……あー、終わった?」
「みみがぐわんぐわんしてるー」
「あー、あー、あー、なんか部屋揺れてません?」
「それ、三半規管が狂ってんぞ。だせえ」
「そういうミグルイさんも頭揺れてますよ」
「まだキンキンしてますね。耳が」
ハイドが箱の中を覗き込むまでもなく、それはもう粉々に砕け散っていた。
「……ノクトさん、本気出すと本当にヤバいんですね」
口元は笑っていたが、目元は笑っていなかった。
「なんでもこんな風に壊せる訳ではないがな」
今は密閉された空間だから出来た。
あの殺人鬼となっていた男と出会った場所では出来なかったことだ。
「さて、これで殺人鬼騒ぎは終わりだ。もしもまたこんな剣が出てきたら店に持ってくることだ。タダとは言わんが、それなりの値段で処分してやろう」
「あれ?もしかして今回の処分費用ってもしかして、僕のところに請求来ます?」
「当然だろう。依頼したのはハイドだ」
費用を告げれば、ハイドは「え?そんなに?」と、口元すらも笑っていなかった。
嫌なら他に頼めば良い。
鞘にされる危険性というのを無視出来るのならば。
その後、たまに同じような剣が持ち込まれることがあり、店の経営状況は改善された。
しかし、だ。
「ありあっしたー!」
タンゴが元気良く挨拶して、いまだに良くやってくる数少ない常連客、スキンヘッドの男が店を出て行く。
「あの男が来てから、また来るまでに他の客がふたりしかいなかったのは我の認識違いであると願いたいのだが?」
「おー、誰に願われるのでしたか?」
「……さてな」
星にとでも告げようとして、この地下世界にはそんなものは見えないと思い出す。
この店の例の喋る剣は、店の中の物を何でも壊せるらしいなどという話が都市伝説か、怪談の類いのごとくに噂されているらしいと知ったのは、久しぶりに店番に現れたリコによってだった。
くそっ、何かをすればするほどに妙な噂が増えていっているではないか。
「あー、ワタシ、知ってます。じごーじごく?」
「ある意味、間違ってないが、間違ってるぞ」
自分の行いによって地獄に落ちるというのなら、確かに自業地獄かもしれないが、勝手に我を地獄に落とさないでもらいたい。
「じごーじぎゃく?」
「……もしかして、わざと間違ってないか?」
タンゴは笑ってまた剣を磨き始めた。
今日もまた暇なのであった。
「じごーじばく?」
「ちがう」
「じごーきちく?」
「ちがう」
「The go JITAKU?」
「この店はホワイトだ。ちゃんと定時に帰らせてるだろ」
「おー、そうでした」
ノクトさんのお店はホワイトです。多分。




