衣通姫-触れた巡り合わせ-
梅雨明け切らぬ蒼い空の下。
遠方から参られた客人を連れ、成実は城を案内していた。
久しぶりに見せた太陽、湿気を帯びた風に吹かれ、ぬかるむ足元を向わせる。
「此処はね、政宗様自慢の庭なんだよ。
城奥に位置するから、お招きが無い限り足を運べないんだけどね」
傍らの青年へと成実は視線を移した。
豊臣から名代を兼ねて登城した将は自分より一つ年上。
と……するならば、主の政宗様と同年と云う事になる。
違和感を抱きつつも、ある憶測を胸に納得と彼を拝していた。
身分や境遇、積み重ねた経験は結果的に纏った雰囲気。
過した環境で全くと異質な人物像に果てるのだと。
「いががなされました、真田殿?」
「あ……いえ、何でもありませぬ」
押し黙り庭園を見据える真田殿に向け小首を傾げた。
立ち止まり飛石から一歩も進まないため、訝しげに成実は問いかける。
側に立つ人の日に焼けた肌と意志の強い面差しを追う。
「あれに見える御方は、誰か御存知でしょうか?」
「えぇーと、誰の事でしょう……」
少し幼さを残す目元と瞳が一直線に向う先へ目線を添わた。
風下に立つ成実の頭髪を撫で、重く少し冷たい湿った風が過ぎていく。
ふと己の鼻腔を突いたのは。所有を誇示する香りであった。
未だに成実の心中を強く刺激し逃れられぬ、明らかな牽制を孕む伽羅の芳香。
視界に捉える前に、彼が指し示した者の素性を察してしまった。
ゆるりと確信を告げる口を開いた。
「嗚呼、彼女は雛姫様です」
直に至るのは見えぬ当主の存在。
彼女が纏う愛用の香は、立場を主張し扱いを暗に示する気配を放つ。
「……雛姫殿と申されるのですか?」
「親しみを込め“駒姫”と愛称で呼ばれる事が多いですね」
山肌を模した岩池へ接する老松の前。
並び植えられた樹木の下、雛姫と侍女の美津が梅の実を摘んでいた。
午前中に御機嫌窺いと訪れた際に耳にした、彼女の意気込みを俄と思い出す。
“美津と梅干を作る”のだと、意気揚々と宣言していた。
雨の晴れ間をぬっての作業であろう。
「東国一の美少女との呼び声高いのですよ」
「駒姫……」
自慢を含む評価を真田殿へ問い、返答を求めていた。
従兄弟の贔屓目を省き、冗談抜きで美人だと自負して思う。
咲き切らぬ花の美貌には、未だ幼さを残す繊細で儚い危うさがある。
その東国一の美貌と称される容姿に御仁も目を停めたのだろう。
成実は悪戯心を抱き信繁殿の揶揄ってみた。
「可愛い子でしょう、見惚れてしまいましたか?」
「……なっ!」
雛姫は簡素な小袖姿を身に纏っていた。
普段身に纏う豪華な打掛とは違い、侍女と色や柄も相違ない着物地。
近付けば一目で作りが木綿ではなく絹製と判るだろう。
しかし、此処からでは判断付き兼ねるまい。
「“御目が高い”と言いたい気分です、俺的に」
美しさは衣を通し輝きと際立ちに表れる。
本朝三美人の一人とも称される、衣通姫の謂れもある事柄。
案外とこの真田殿は面食いなのかも知れない。
「一目惚れとか、この場での冗談で終わらせて下さいね」
「その様な事、私は一言も申しておりません」
「……戯言を真に受けないで下さいよ」
顔に耳朶までもを赤らめ、両腕を振る真田殿。
政宗様と違って女慣れしていない風情が、初心で面白い御仁である。
反応が一々と起伏激しく可笑しくて堪らない。
取敢えずは互いに無礼あっても不味いと、雛姫の素性と身分を明かしてみた。
「雛姫様は、俺や政宗様と従妹に当たる姫です」
「政宗殿の従妹君なのですか?
侍女ではなく、正真正銘の伊達家が姫君……」
「彼女は伊達政景殿が一人娘」
真田殿は人目を憚らずに驚愕と叫ばれた。
人差し指は梅の木の方角で雛姫へと向けて振るえ動かしている。
言いたい事は判りますよ。成実は黙って頷き返した。
何で姫君の立場で、暢気に梅の実を摘んでいるって言いたいのですよね。
「……婿取りですか?」
「いや、その問題は別に解決してるんだけど」
あれ真田殿がこの話題に食いついて着ましたよ。
意外って言うのか、変な方向へ話が進みそうでマズイかな。
此れはチョット系譜的に外部に漏れるには不味い運びになりそうです。
我が従妹殿、並びに従兄殿の御為にも宜しくないですね。
豊臣側から婿押し付けられたり、外交関係で不和が生じそう。
「雛姫様が政宗様の側室だって事は、ご存知で……?」
政宗様は東北の雄たる伊達一門の当主。
早々と政略結婚にて正室を迎えた事実に、子を得るために側室を置くのは当然だ。
当主の務めに公然と含まれ黙されている。
其れでなくても嫡子不在は一族皆の悩みの種。
だから、せめて懐妊までは仲睦まじい二人に波風を立てて欲しくない。
「……政宗殿の御側室!」
「政宗様は一門の御当主ですから、居て当然ですよ」
逆に現時点で側室がたった一人って事実が珍しいと思う。
成実が返した言葉に信じられぬ様子で、体を震わせ絞出すように喘ぎ紡ぐ声音。
カタカタと肩を震わせ、腰へ帯びた脇差までもが鳴っている。
益々と面差しに赤みが増して行く様相が、彼が存外に初心だと腹に抱く。
尚更と面白可笑しくて揶揄したくなる。
態と煽る言葉を脳裏で捜し求めた。
従弟のしがない呟き、控えめに溜息を交じえて事を述べる。
「もう、鬱蒼しい位に仲が宜しいんですよ。
一目を憚らずに終始連れ立って、全く困ったモノです」
「……!!」
羞恥に満々た赤い御顔で突然に座り込まれた。
梅雨あけきらぬ庭園に突如と出没した不審人物。
真田殿の挙動不審振りが忍びの手により報告され、在らぬ誤解と認識を政宗様が抱いたのは云うまでも無い。
指の隙間を紅く染めた液体が鼻血であった事実、成実は当事者として然りと見たのだ。
真田殿が来城する機会があれば、要注意人物と監視が厳しく付けられる事となったのは当然であろう。
黒脛巾や紅脛巾、それに家臣達も振り回される側って苦労するよね。
監視名目に潜む嫉妬とか牽制とか……。
当主たる政宗様に渦巻いた感情一括り、命令には逆らえませんし。
非常に難しい人を登場させてしまいました。
人物設定に描写が固定されてる感があって、後悔です……。
-衣通姫-
本朝三美人の一人と伝承される人物。
読んだ書籍によって禁忌の境遇は違うのですが血縁の話。




