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ヒロインを目指すピンク髪の転生男爵令嬢ですが、すでにイエローカード一枚で後がありません

作者: 夜音
掲載日:2026/11/07

 ルミエール王国、王立リベルラ学園の広大な敷地には、講堂を中心にして東西南北に四つの棟が建っている。その中のひとつ、人気のない北棟の半地下にある相談室に呼び出された。


 扉を開くと、部屋の中央に質素なテーブルがひとつと、テーブルを挟んでこれまた質素な椅子が二つ。


 マロンブラウンの髪に黒ぶちの眼鏡。その奥で輝く落ち着いた緑色の瞳をした女性が、テーブルの向こう側の椅子に腰を下ろしている。


「はじめまして、アリス・サリネロさん。わたくし治安維持課、転移・転生係、転生者担当主任のルル・アンブラッセと申します」


「……はじめまして」


 状況が飲み込めないまま会釈した私は、目の前の女性に空いている椅子に座るように促された。


 一体なんなの? どうして私がこんな場所に呼び出されるの?


 治安維持課? 転生者担当? 


 ――もしかして、私が転生者だと知ってるってこと? 落ち着け私。バレるようなこと何かしたっけ? いいえ、してないはず。でも思い返せば、この学園に入学してからおかしなことばかりだった。




 そもそも、自分が転生者だと気がついたのは学園に入学する直前だった。


 頭を打ったり、高熱を出した訳ではない。ある日突然、唐突に前世を思い出したのだ。私は日本人だった、と。


 前世を思い出したと言っても、当時の自分の名前や顔は思い出せない。けれど、おぼろげな記憶の中の私は、親の言葉に逆らうことのできない気弱で地味で冴えない女だったのだと思う。


 だけど、この世界の私は違う。


 肩まで伸びた髪はふんわりと軽くて淡いピーチピンク。茶色の瞳はぱっちり二重の正直、美少女だ。


 これが乙女ゲームなら誰が見たって間違いなく主人公(ヒロイン)は私。


 そうか、私はこの世界のヒロインなんだわ。前世の気弱で地味で冴えなかった私に神様がくれたご褒美。王子様と結ばれる運命なのよ!


 しばらくして病弱な母と二人暮らしの平民だった私は、お金と引き換えに顔も知らなかった父親に引き取られた。そして、ただのアリスから男爵家の娘アリス・サリネロとなった。


 まあ、庶子の扱いなんてテンプレ通り。お金まで積んで私を養女にした割に父は私に無関心。継母や異母妹の蔑んだ視線に使用人の態度も冷たいものだったけれど、逆境にむしろ私は興奮すら覚えた。


 まさに悲劇のヒロイン。かわいそうな私を王子様が救ってくれるんだわ。


 こうして待ちに待った王子様との出会いの場、ルミエール学園に入学したのだ。


 私の王子様――クリストファー・ルミエール様は、目が覚めるような金髪をハーフアップにしていて、深い青の瞳は吸い込まれそうなほど美しい。


 入学式当日、迷子になった私はクリストファー様と偶然出会えた。


 やっぱり運命なのよ。そう確信した私は上目使いで尋ねた。


『私、迷子になってしまって、あの、講堂はどこでしょう?』


 だけど、私の王子様は無言のまま講堂の方向を指差すだけだった。彼はニコリともせず薄紫のブレザーの胸ポケットに手を伸ばすと、グッと唇を噛み締め無言のままその手で講堂の方向を指差した。


 その胸元を飾るのは、黄色と赤いバラが一輪ずつ。


『……あ、あちらですね、教えてくださりありがとうございます』


 戸惑いつつもお礼を述べる私に対して、クリストファー様は最後までひと言も発することなく立ち去ってしまった。


 恥ずかしがり屋さんなのかしら? ちょっと意外。いかにも王子様って見た目なのに。でも、ギャップ萌え!


 入学式の後、教室に入るとクリストファー様も同じクラスで、なんと私の隣の席。


 きゃあ! やっぱり私はヒロイン! きっとこれから悪役令嬢に嫌がらせされて、卒業式で定番のざまあが待ってるんだわ!


『隣同士、よろしくお願いします』


『……よろしく』


 ちょっと無愛想で低い声も素敵。けど、やっぱり恥ずかしがりなのか、こちらをまったく見てくれない。彼は真正面の黒板をじいっと見据えている。


 クリストファーの愛称はクリスだったはず。クリスとアリスって似てるわ。きっとこれも運命ね。


『クリス様って呼んでもいいですか?』


 両手をグーにして頬に添え、コテンと首を傾ける。


『……っ!』


 ずっと合わなかった視線がついに私を見てくれた。クリス様の青い瞳が大きく見開かれていく。


『私、アリスって言うんです。クリスとアリスって似て――』


 パンッ。


 無言で胸ポケットから黄色いバラを抜いたクリス様が、私の机の上にそのバラを叩きつけた。


 え? 黄色いバラ? なんで胸ポケットに常に黄色と赤いバラを挿してるのかしら?


 乙女ゲームの好感度の目安とか?


 疑問だらけのまま翌日、担任の教師からクリス様は隣のクラスに異動になったと聞かされたのだった。


 クリス様に近づきたくてもクラスが違うと接点がない。廊下で見かけて駆け寄ろうとすると、側近らしい男子生徒が壁になって遮られてしまう。


 それでも懲りずにクリス様を追いかけ回す私は、女子生徒たちに囲まれてしまった。


『王子に近づこうだなんて、なんて身の程知らずなのかしら!』


『元平民のくせにクリストファー殿下に色目を使って、下品ですわ!』


 私を取り囲む女子たちの背後には、ひときわゴージャスな金髪縦ロールが私を睨み付けながら腕を組んで仁王立ちしている。


 間違いない、悪役令嬢だわ。


 これはイベントなのね。きっと、ここでクリス様が私を助けに来てくれる。


『何をしている!』


 低くて鋭い声が響いた。


 声のする方を向く。もちろんとびきりの笑顔で。


 ――えっと、誰?


 助けに来てくれたのは、灰色の髪に不精髭の中年の男性教師だった。


 クリス様はどこ? どこなの? 


 周囲を見渡すとクリス様は離れた木陰に隠れるようにして、顔だけちょこんと出してこちらの様子を窺っている。あ、私と目が合った途端、ものすごく嫌そうな表情で完全に隠れてしまった。


 何故なの? これってイベントじゃなかったの? そもそも、クリス様との仲を深めようとするとことごとく失敗に終わっちゃう。




「――一般的には幼少期に高熱を出すか頭を打ったりして前世を思い出すんですが、学園入学直前や成人後に突如、思い出す場合もあるんですよね」


 淡々としたルルさんの声に、現実に引き戻される。


「監督責任者である保護者には、国から直接教育方針の指導が行われるはずなんですが……。なるほど、男爵家の庶子パターンですか。元々は病弱な母上と二人暮らしだったのならば、仕方がないと言えば仕方がないでしょう。どうやら前世を思い出したのは最近のようですし、後程、男爵家には罰金と始末書の提出を求めるとします」


 手元の書類を確認するように視線を落としたルルさんは、ペンで何かを書き込んでいく。


「時々いるんですよね。ピンク色の髪をした娘が王子に見初められるかもしれない、とワンチャンを狙う貴族家が。主に地方貴族の方々に多いのですが、王国の歴史を知らないのでしょうか……。きちんとした保護者ならピンクの髪はカツラで隠しますから」


 ペンをテーブルに置いたルルさんがおもむろに左手で眼鏡を外す。さらに右手は頭に伸ばされた。次の瞬間、マロンブラウンの髪が引き剥がされ、その下から鮮やかな青みがかったピンクの髪が現れた。


「――こんな風に」


 根元の色が濃くて毛先に向かうにつれて淡いグラデーション。艶やかで張りがあって私のピーチピンクの髪よりも神秘的な、間違いなくヒロインにふさわしい髪色。それに、緑色だった瞳も同じピンクに変わっている。


「でも、よかったです。アリスさん、あなたが『聖女』を自称するタイプじゃなくて……。もしも『聖女』を名乗っていたら斬首刑一択でしたよ。何代か前の王太子殿下がピンク髪の自称聖女にコロッと落とされて、婚約破棄を宣言しちゃったわけです。お怒りになった婚約者様のご実家の公爵家が挙兵、公爵派と王家派に別れてまさに一触即発の事態に陥ったのです。結果的に王太子と自称聖女が処罰され終息しましたが、一度入った王家と公爵家の亀裂は埋まらず、その後公爵家は独立。――それが現在の隣国コンカドール公国です。ちなみに、自称聖女が何をしたかといいますと、王太子殿下に手作りクッキーを食べさせたのです。それを何度も繰り返しました。実はクッキーに微量の毒が仕込まれていまして、当然、王太子殿下は寝込んでしまう。そこに毎日甲斐甲斐しく看病に訪れ祈る健気な少女。すると、王太子殿下の体調はみるみる回復……そして、少女は『聖女』となりました、と。まあ、自作自演だったのですが、彼女を愛していた王太子殿下は奇跡だと信じてしまったわけです。チョロい男――失礼しました」


 丁寧なのにちょいちょい言葉遣いが乱れるな、この人。でも、きっと前世は私と同じ日本人だったのね。


「……ってか、怖っ!」


 思わず声が漏れた。あっぶな。だって、クリス様に渡そうと思って寮の食堂を借りて作ったクッキー持って来ちゃってるよ。


 処刑の元凶は膝の上に置かれた鞄の中にあるのだ。いや、私のクッキーは毒入りじゃないけれど。


「ご存知ありませんでしたか? その事件がきっかけで、治安維持課、転移・転生係が創設されたのですよ。元々、ルミエール王国は多くはないけれど、異世界転移者や異世界転生者が珍しくない国。転移者は魔法や錬金術を扱うことができ、この国の役に立つ者が多い。わたくしの認識阻害効果のあるこの眼鏡も転移者作。それに比べて転生者は、放っておくと高確率でヒロインになりたがるのです。転移者は黒髪、転生者はピンク髪で生まれてくるから勘違いしてしまうのでしょうが、この世界は乙女ゲームの世界でも、ラノベの世界でもありません。そもそもアリス・サリネロ(あなた)が主役のゲームや小説をプレイしたり読んだ記憶がありますか? ないでしょう? ですから、あなたはこの世界のヒロインではありません。なので、王子は攻略できません。更には王子だけでなく宰相のご子息も騎士団長のご子息も、実は身分を隠して留学しているどこかの王子も攻略対象ではないのです。金髪縦ロール……は、いますが悪役令嬢とは限りません」


 転生者はピンクの髪で生まれてくる? オトゲーでもラノベでもない? そんな、せっかく美少女に生まれたのに、私はヒロインじゃないの? 気弱で地味で冴えなかった前世の私へのご褒美は?


「――でも、可能性はゼロじゃないでしょ?」


 声が震える。だって、そんな話、受け入れられない。


「いいえ。代々、王子は決して近づいてはならぬ女の特徴を、幼い頃から教え込まれるのです。ひとつ、ピンクの髪を持つ者。ひとつ、元は平民だが男爵家の養女になった者。ひとつ、聖女と呼ばれ聖なる魔法が使えると宣う者。それらは悪女であり、関われば王位継承権を失い、廃嫡される道しかないと。そのため、歴代の王子は必然的に『ピンク髪センサー』を身に付けています。なので残念ですが、あなたがクリストファー殿下に選ばれることは万にひとつもありません。ちなみに、殿下から黄色いバラを一度受け取りましたね? 黄色いバラは二本で退場、すなわち学園退学及び無期限の王都追放処分となります。念のためお伝えしますが赤いバラは一発退場、僻地の修道院行ですからね。今後の殿下に対する言動にはくれぐれもお気をつけください。ご理解いただけましたらこちらの書類にサインをお願いします」


 ルルさんは顔色ひとつ変えることなく私の前に一枚の紙を置いた。




【誓約書】


 私、アリス・サリネロは、以下の事柄を行わないことを誓います。


 ・王太子殿下及び高位貴族令息に許可なく親しげに話し掛ける、及び愛称で呼ぶ行為。

 ・薬物毒物混入防止のため、手作りの飲食物を手渡す行為。

 ・王太子殿下及び高位貴族令息に意図的に衝突する行為。

 ・王太子殿下及び高位貴族令息の婚約者に苛められたと不当に訴える行為。

 ・自らを『聖女』と自称あるいは、錯覚させる行為。


 また、今後自らの頭髪を治安維持課転移・転生係から支給されたカツラによって入浴・就寝時以外、常時隠匿し生活いたします。


 上記に反した場合は、如何なる処罰も受け入れ一切の異議を申し立てないと誓います。



 黄色のバラ二本、赤いバラ一本で退場ってサッカーかよ。うわあ、初日から禁止事項やらかしてたじゃん。でもさ、そんなの誰も教えてくれなかったんだから、知らなくても仕方なくない? なのにすでに学園退学王都追放コース、一歩手前って終わってる。


 諦めの境地で誓約書にサインして、顔を上げルルさんを見ると、いつの間にかマロンブラウンの髪と黒ぶち眼鏡、緑色の瞳に戻っていた。


「はい、確かに。お話は以上となります。それでは、学園生活を平穏に過ごせるよう願っております」



 ∗



 はあ、気が重い。


 眉にかかる平凡でありふれた茶色の髪に触れ昨日から何度目かわからない溜め息がこぼれる。あの後、誓約書の内容を思い出して、あまりの理不尽さに真夜中、クリス様に渡せなかった手作りクッキーをやけ食いして胸焼けしてしまった。


 茶髪になっただけで、一気に美少女から生徒A。ピンク髪のポテンシャル恐るべし。


 あーあ、お気に入りのピンクの髪が二度と人前で晒せないなんて。


 はあ、あんまりだ。


 ふと、人の気配に視線を向けた先、廊下の向こうからクリス様が歩いてくる。胸元には今日も咲き誇る黄色と赤いバラ。


 背中を嫌な汗が流れてゾワゾワっと寒気が走った。


『それでは、学園生活を平穏に過ごせるよう願っております』


 ルルさんの声が脳内で再生される。


 いやいやいや、平穏な学園生活なんて初手で詰んでて既に無理なんですけど。救済システムとか用意してよ!


 没個性の茶髪になった私にクリス様はまだ気がつかない。


 私はゆっくりと回れ右して、脱兎のごとくその場を逃げ出した。


 ヒロインなんて目指しません。 私、モブで充分です!



最後までお読みいただきありがとうございます。



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