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亡くなった母から、三年後にLINEが届いた〜止まっていた家族の時間が、切なくも温かい奇跡で動き出す〜  作者: 鷹司 怜


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【第六章 予約されたLINE】 第21話 未来へのメッセージ


 翌朝、大輔はいつもより早く目を覚ました。


 まだ空は薄く青いまま、庭の紫陽花は朝露をまとって静かに揺れている。


 昨日の食卓の余韻が、まだ部屋のどこかに残っていた。


 母のLINEを見たあと、不思議と心が軽くなっていた。


 悲しみが消えたわけではない。


 それでも、前に進んでいいと背中を押されたような感覚があった。


 縁側に座ると、父がすでに新聞を読んでいた。


「早いな。」


「ちょっと眠れなくて。」


 父は新聞から目を離さずに言う。


「同じだ。」


 短い会話だった。


 けれど、その短さが心地よかった。


 彩花は台所で味噌汁の準備をしている音がする。


 包丁の音、湯気の立つ音。


 家の中に、生活の音が戻っていた。


 大輔はスマートフォンを取り出す。


 昨日のまま、LINEはそこで止まっている。


 新しい通知はない。


 それなのに、何かが「続いている」気がした。


「開くぞ。」


 父の声に、大輔と彩花は顔を上げた。


 父は昨日と同じように、ゆっくりとスマートフォンを手に取る。


 LINEのトーク一覧。


 そこには、変わらず母の名前があった。


 父は迷わず、そのトークを開いた。


 昨日の最後のメッセージ。


『ちゃんと食べましたか?』


 その下に、昨日は気づかなかった新しい表示があった。


 既読の横に、小さなアイコン。


 そして、その下に続く未読メッセージ。


 三人は息をのむ。


「また……来てる。」


 彩花の声は震えていた。


 父は静かにスクロールする。


 そこには、昨日とは違う時間に送られたメッセージがあった。


 今日の午前5時00分。


 大輔は思わず画面に顔を近づける。


 そこにあったのは、短い一文だった。


『おはよう。ちゃんと眠れましたか?』


 大輔は息を止めた。


 昨日の「朝ご飯は食べましたか?」に続く言葉。


 まるで、見ていたかのように。


 昨日の夜。


 三人は遅くまで話し込んでいた。


 そして、それを知っているようなタイミング。


「これ……偶然じゃないよな。」


 父が低くつぶやく。


 彩花が不安そうに言う。


「でも、どうやって……?」


 大輔は言葉を失っていた。


 母はもういない。


 それなのに、まるで今もこの家の時間を見ているようだった。


 父は画面をさらにスクロールする。


 そこには「続き」があった。


『眠れない夜は、無理に寝なくていいです。』


『でも、朝はちゃんと来ます。』


 大輔は胸の奥が熱くなるのを感じた。


 母は「励ましている」のではない。


 ただ事実を言っているだけなのに、不思議と支えられている。


 父は静かに言う。


「母さんは……時間を見て送っているのか?」


 その問いに、誰も答えられなかった。


 ただ一つ分かるのは、このメッセージが“過去の記録”ではないということだった。


 まるで、今この瞬間に合わせて届いている。


 彩花が小さくつぶやく。


「じゃあ……今日も来るのかな。」


 その言葉に、大輔はスマートフォンを見つめたまま頷いた。


 怖さよりも、期待の方が大きかった。


 母は何を伝えようとしているのか。


 なぜ、今になって。


 そして、どこまで知っていたのか。


 外から鳥の声が聞こえる。


 朝が完全に始まっていた。


 父はゆっくりと立ち上がる。


「朝ご飯にしよう。」


「今日は、ちゃんと全部食べるぞ。」


 その言葉に、大輔は小さく笑った。


 母の一通のLINEが、家族の朝を変えている。


 それは偶然ではない。


 確かに「何か」が動き始めていた。


 朝食の湯気が、ゆっくりと天井へ昇っていく。


 味噌汁の匂いが部屋に広がり、どこか現実感を取り戻させていた。


 それでも、大輔の頭の中にはさっきのメッセージが残っていた。


『おはよう。ちゃんと眠れましたか?』


 まるで“今”を見ていたかのような言葉。


 父も同じように考えているのか、黙ったまま箸を動かしている。


 彩花だけが、少し落ち着かない様子で味噌汁を口に運んでいた。


「お母さん……」


 ぽつりと呟く。


「どうやって、こんなことできるのかな。」


 その問いは、誰に向けたものでもなかった。


 ただ、空気の中に落ちていくような声だった。


 父はゆっくりと味噌汁を飲み込み、言った。


「分からない。」


「でも……母さんは、そういう人だった。」


 大輔は顔を上げる。


「そういう人って?」


 父は少しだけ考えてから答える。


「先のことを、やけに気にする人だった。」


「明日の天気。来週の予定。半年後のことまで考えてた。」


 彩花が苦笑する。


「それ、ただの心配性じゃない?」


 父は小さく笑った。


「そうだな。」


「でも、母さんは“準備する人”でもあった。」


 大輔はその言葉に引っかかりを覚えた。


 準備。


 未来への準備。


 スマートフォンの画面をもう一度開く。


 そこには、たしかに「昨日」と「今日」のメッセージが並んでいる。


 時間は、ただ流れているだけではない。


 区切られているように見えた。


 まるで、何かの計画のように。


「なあ。」


 大輔が口を開く。


「このLINE、ただの“予約送信”じゃない気がする。」


 父が視線を上げる。


「どういう意味だ?」


「普通の予約なら、まとめて送れるはずだろ。」


「でもこれ、時間ごとに“分けて”送られてる。」


 彩花がはっとする。


「確かに……昨日の夜と、今朝で別々だった。」


 大輔は画面を見つめたまま続ける。


「しかも、内容が“その時の俺たち”に合わせてる。」


 沈黙が落ちる。


 父はしばらく黙ったあと、静かに言った。


「もしそうだとしたら……」


「母さんは、俺たちの今を“知らなきゃいけなかった”ことになる。」


 その言葉に、空気が一瞬冷えた。


 彩花が不安そうに眉を寄せる。


「でもそれって……おかしくない?」


「もうお母さん、三年前に……」


 言いかけて、言葉が途切れる。


 誰もその先を言わなかった。


 大輔はゆっくりとスマートフォンをテーブルに置いた。


「分からない。」


「でもさ。」


 一度言葉を切る。


「少なくとも、このLINEは“過去の延長”じゃない。」


「“今のために作られてる”気がする。」


 父は目を細めた。


 まるで、遠くを見るような表情だった。


「もしそうなら……」


「母さんは、まだ俺たちの家族の中にいることになるな。」


 その言葉に、誰も否定できなかった。


 むしろ、どこか納得してしまう自分がいた。


 味噌汁の湯気が少しずつ弱くなっていく。


 食卓の時間が終わりに近づいていた。


 そのときだった。


 スマートフォンが小さく振動した。


 ――ブブッ。


 三人の視線が一斉に集まる。


 画面が光る。


 新しい通知。


 送信時刻は「今」。


 大輔の心臓が跳ねた。


 父がゆっくりと画面を手に取る。


 そこにあったのは、短い一文だった。


『今、ちゃんと笑えていますか?』


 その瞬間、大輔は息を呑んだ。


 まるで、目の前の家族をそのまま映し取ったような言葉。


 彩花が小さく笑う。


 涙をこらえながら。


「……笑ってるよ。」


 誰に向けたわけでもない返事だった。


 でも、それで十分だった。


 父はスマートフォンを静かに置いた。


「母さんは……」


「見てるんじゃない。」


 一拍置く。


「“そうなるようにしてる”んだな。」


 大輔はゆっくりと頷いた。


 まだ全ては分からない。


 それでも一つだけ確かなことがあった。


 母のLINEは、過去の記録ではない。


 そして、奇跡でもない。


 これは――


 家族がもう一度「家族になるための仕組み」なのだ。


 スマートフォンの画面は、何事もなかったかのように暗くなった。


 それでも、大輔の目にはさっきの言葉が焼きついていた。


『今、ちゃんと笑えていますか?』


 たった一文。


 だが、その言葉は妙に“現在”に重なっている。


 父は静かにスマートフォンを伏せた。


 そして、少しだけ肩の力を抜くように息を吐いた。


「母さんは……本当にずるいな。」


 彩花が小さく首をかしげる。


「ずるい?」


 父は少し笑った。


「こういうタイミングでしか、俺たちに言葉を残さないところだ。」


 大輔はその言葉に、ゆっくりと頷いた。


 たしかにそうだ。


 もしこれが生前の母なら、こんなふうに“区切られた言葉”ではなく、もっと何気なく、もっと日常の中で言っていたはずだ。


 でも今は違う。


 言葉は、選ばれている。


 届ける“瞬間”まで計算されているようにさえ見える。


 彩花がぽつりと言う。


「じゃあさ……お母さんは、私たちがちゃんと笑えるようになるまで、これを送ってるってこと?」


 その問いに、誰もすぐには答えられなかった。


 だが、大輔の中ではひとつの感覚が形になり始めていた。


「……たぶん、それだけじゃない。」


 父が顔を上げる。


「どういうことだ。」


 大輔はスマートフォンを見つめながら続ける。


「“笑え”って言ってるんじゃないと思う。」


「むしろ、“笑える状態に戻してる”というか……」


 一度言葉を探すように止まる。


「俺たちが勝手に、そうなっていくように組まれてる気がする。」


 居間が静かになる。


 外では風が紫陽花を揺らしていた。


 父はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見た。


「もしそうなら……」


「母さんは、俺たちの未来を“管理”してることになるな。」


 その言葉は冗談のようでいて、どこか真剣だった。


 彩花は不安そうに笑う。


「それ、ちょっと怖いかも。」


 だが、大輔は首を横に振った。


「怖いっていうより……」


「安心のほうが強い。」


 父が振り返る。


「安心?」


「だってさ。」


 大輔は少しだけ笑う。


「間違った方向には行かないってことでしょ。」


 言いながら、自分でも驚くほど自然にその言葉が出た。


 母のLINEは、過去を引きずるものではない。


 かといって、未来を押しつけるものでもない。


 ただ静かに、少しずつ。


 “戻している”。


 本来の家族の形へ。


 父はゆっくりと座り直し、スマートフォンを見つめた。


「母さんは、最後まで家族のことを考えてたんだな。」


 彩花が小さく頷く。


「うん……ずっと前から。」


 大輔はふと、昨日の卵焼きを思い出した。


 焦げていたあの味。


 それを笑い合って食べた食卓。


 あれもきっと、この流れの一部だったのだろう。


 何気ない日常を取り戻すための、小さな一歩。


 そのとき、父が静かに言った。


「今日はもう一つ、分かったことがある。」


 二人が顔を上げる。


「このLINEは、“過去の母さん”じゃない。」


 一拍置く。


「“今の母さん”だ。」


 その言葉に、大輔は胸の奥が熱くなるのを感じた。


 もういないはずの存在。


 けれど、今もなお家族の時間の中にいる。


 それは悲しみではなく、確かな“つながり”だった。


 窓の外で、風が止んだ。


 静寂が訪れる。


 だがその静けさは、以前のような「空白」ではなかった。


 何かが満ちている静けさだった。


 大輔はスマートフォンをそっと手に取る。


 画面はもう暗い。


 それでも、次のメッセージが来ることを、なぜか確信していた。


 母はまだ終わっていない。


 この家族の物語は、まだ続いている。

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