10
〜〜〜
翌朝。
森の空気は、昨日よりも澄んでいた。
「よし、次の拠点まで一気に行くぞ!」
ゴウメイの声はいつも通り明るい。
「今日の調子、なんかいい感じね」
マリアも軽く笑う。
「うん。なんか、昨日より魔力の流れがスムーズ」
ココネも頷く。
すべてが順調だった。
順調すぎるほどに。
アレンは、先頭で歩きながら小さく息を吐く。
ジークの言葉。解除。
そして、ジークが言った“もう一つの世界”。
それが、頭から離れない。
「アレン」
後ろから声。
ジークだ。
「なに考えてる?」
「別に」
即答する。
だが。
ジークは、少しだけ首を傾げる。
「そっか」
それだけ言って、前を向く。
その仕草が、逆に気になる。
昨日と同じ。
いや、違う。
同じ“ように見える”。
だが、微妙に。
“反応が一拍遅い”。
アレンはそれを、振り払うように歩を進めた。
〜〜〜
次の目的地。
小さな砦跡。
魔物の群れが定着しているという情報だった。
「ここか」
ゴウメイが拳を鳴らす。
「昨日みたいにいくぞ」
アレンが指示を出す。
「正面突破はしない。挟撃だ」
「了解」
配置は完璧だった。
そして。
「来るぞ!」
砦の影から、魔物が飛び出す。
ゴブリン、オーク、混成部隊。
だが。
「遅い」
ゴウメイが一歩で距離を詰める。
一撃。
地面ごと吹き飛ぶ。
「いける!」
ココネが魔法を放つ。
精密。
昨日よりさらに鋭い。
「治癒、展開!」
マリアの支援も完璧。
戦闘は一方的だった。
圧倒。爽快。
これ以上ないほどに“理想の勝利”。
「よし! 終わりだ!」
ゴウメイが笑う。
「やっぱ俺たち最強だな!」
その言葉に、仲間たちが笑う。
だが。
アレンは、笑えなかった。
何かが違う。
勝っている。
完璧に。
なのに。
“達成感が薄い”。
「ジーク」
呼ぶ。
「今の、どうだった」
「え?」
ジークは少し遅れて反応する。
「すごく。良かったと思うよ」
「そうか」
短く返す。
だが、その“間”がまた引っかかる。
昨日と同じ。
ほんのわずかなズレ。
そして。
その違和感は、アレンだけのものだった。
「ねぇ、ジーク」
ココネが笑顔で駆け寄る。
「今の。前より連携すごく良くなってたよね!」
「うん。そうだね」
「昨日から、なんか一気に動きやすくなった気がするのよね」
マリアも同意する。
「お前のおかげだろ、ジーク」
ゴウメイも笑う。
「いや、俺は」
ジークは一瞬だけ言葉を止める。
「みんながすごいから」
そう答える。
完璧な回答。
なのに。
アレンの中で、何かが冷えていく。
なぜだ。なぜ“全員が成長しているのに”、違和感が増すんだ。
その時だった。
──ふと。
砦の奥。
焼け焦げた壁。
そこに、何かが“刻まれている”のが見えた。
「?」
アレンは歩み寄る。
文字。
いや、記号に近い。
歪んだ線。
まるで爪で引き裂いたような痕。
「これ……なんだ?」
「なにかの印か?」
ゴウメイが覗き込む。
「見たことないね」
ココネが首を振る。
その時。
ジークが、静かに近づく。
「それ」
小さく呟いた。
「知ってるのか?」
アレンが問う。
ジークは、数秒黙る。
そして。
「知らない」
「でも」
一瞬だけ、視線が揺れた。
「どこかで見た気がする」
その言葉。
それに、アレンの背筋が冷える。
“どこかで見た”。
それは、自分以外では絶対に出ない言葉。
なのに、ジークは確かにそう言った。
「ジーク」
アレンは一歩近づく。
「お前、本当に何も知らねぇのか」
その問い。
それにジークは笑おうとして──
止まった。
「わからない」
「時々、自分が自分じゃない気がするんだ」
その瞬間。
風が止んだ。
ゴウメイの笑いも。
ココネの声も。
マリアの表情も。
一瞬だけ“薄く”なる。
まるで、この世界そのものがわずかにズレたように。
「……っ」
アレンは息を呑む。
だが、次の瞬間には全てが元に戻っていた。
「アレン?」
ジークが不思議そうに見る。
「大丈夫?」
「ああ」
答えながら、アレンは確信した。
おかしい。なにかが。
そして。
その違和感の中心にいる存在。
それがジークであることだけは、もう疑えなかった。




