咎狗の徒と盗賊団討伐前線とザッハトルテ
咎狗の徒──それは犬のように嗅覚の鋭い悪党の集団。“恐怖”の代名詞。犬の嗅覚に引っ掛かった獲物は彼らの追跡を逃れられはしない。
彼らが狙うのは──見目麗しい少年&少女。金銀財宝。武器防具。違法薬物。
…金目になりそうなモノなら“何でも”殺して奪ってでも手に入れる──そんな野良犬のごとき所業。
“なのに”末端の雑魚は兎も角──『幹部連中は』毎回捕まらないのだ。不思議なものである。
「…まあ、と言うわけよ。真人に千早、頼んだわよ」
「おぅ、任せろ」
「酷い奴等ね!任せて!そんな外道は一網打尽にしてくるから」
「気合いが入っているのはいいけど…準備は怠らないようにね」
「リノア…二人の事、無茶しないか見張っといてね」
「…分かっているわ」
大昔にある魔道具か、特殊な特定の人物しか扱えない新種の魔法か、或いは<精霊>よりも上位の存在が取り憑いているのか…考えられるべきものは幾らでも出てきそうで…気が滅入る。
ミスティアは痛むこめかみをグリグリと人差し指で揉みほぐして、銘々に散っていく真人と千早…それから乃愛を見送る。
咎狗の徒殲滅作戦まではあと2日もない。
昨日の乃愛の帰還から始まって綿密な計画の立案・組み立てはいよいよ本詰めになっていた。
予想される地は広範囲。
しかも、何処から察知するのか──これはもういよいよ上位精霊の介入か、太古の魔道具の存在を視野に考えた方がいいな──作戦実行直前までは大雑把に担当範囲だけ決めて軍も雇われた傭兵・冒険者もそれぞれがパーティ単位、小隊単位でそれぞれがそれぞれで作戦を立案・遂行する。事になっている。
人質救出(※居る前提で)は可能な限り戦闘の後に行う、とだけ軍からの指示は出されている。
これは敵が冒険者や下級兵士に紛れるかもしれないからと裏切りや陽動を警戒してのものだ。
決戦前夜──4人はミスティアのプライベート空間でもある最上階の私室のリビングのソファに寛いでいた。
それぞれがそれぞれの“準備”を終わらせて水精霊王が用意した紅茶や魔女姫が焼いたザッハトルテにナイフとフォークを通していた。
「はぁ~、甘~~っい♡美味しい…幸せ♡♡」
「…大袈裟ね、乃愛は」
未来の義姉のだらしなく弛緩した表情でほろ苦くもカカオの上品さを感じられるケーキに舌鼓を打っていた。
呆れつつも、一同に提供したケーキは軒並み好評のようだ。
『器用ですね、流石は我が主…私も戴いても?』
「あるわよ、勿論。一人12号のワンホールで追加で焼いてあげるから……ちゃんと眷属で分け合うのよ?独り占めは無しよ?特に水精霊王!」
『…ッッ!ぐっ…、分…かり、ま、し、た…ッッ!!』
拳を握ってぶるぶると震えながら、虚空を睨み付ける水精霊王……それはまるで独り占めしようとした己を見抜かれ独占出来ない事を義務付けられ、眷属の水精霊達に謂れのない嫉妬を向けるようなもの。
「…アンチョビ…はぁ、ダメだからね?“ちゃんと”分け合うのよ──でないともう試作品はアンチョビだけなしにするから。」
『──ッ!!分かりました…くっ、』
…何が“くっ”か。
このずぼらで年がら年中下着+黒ローブの魔女姫はその面倒臭がりな引きこもりのイメージからは想像もつかない趣味──唯一にして無二の女子力──お菓子作りが趣味だったりする。
勿論、普通に料理も出来る。
…ただ、面倒臭がって水精霊王や乃愛、真人に押し付けるだけで。
どちらも決められた分量・手順を間違えなければ作れる。
そこは魔術も錬金術にも通じる所がある。
加減を見極め、適量を加え加工する…そんな所が気に入り趣味の範囲で作られた“お菓子”は出来が良く、乃愛が預り密かに王族──つまり、ミスティアの家族──に提供されている。
“魔女姫の菓子”は王妃やミスティアの兄や姉が主催する“お茶会”でしか食べられない──しかも、気まぐれなミスティアが魔道具開発や錬金術の傍らでたまにしか出ないとあっては尚更貴重な物となっている。
一度その“噂”が飛ぶと目敏い者は“お茶会”の招待状を受け取ると知られないように秘匿するのだとか。
──招待状を奪われるそうだ。
王族からの個人的なお茶会へのお誘いに招待状の改竄は不敬で禁止されているのだが──気にならないぐらいに美味しいのだ。仕方なかろう。
…と、乃愛が伝言でミスティアが御て──陛下からの伝言だそうだ。
「…人は見掛けによらないよね…本当、美味しいわ、ティアのケーキ」
「おぅ、ほんとそれな」
千早は丁寧にナイフとフォークで切り分けて口に運んでいるが、真人はチマチマ遣るのが面倒なのかフォークをザッハトルテの真ん中辺りに突き刺して、ガッと大口で噛み付いている。
「…ん?そう言えば…ティア、他の精霊王は?アンチョビしこ見掛けないのだけれど。」
ふと、気付いたのか乃愛がそうミスティアに訊ねた。
「二人は……今…うん。精霊界を探って貰っているわ」
「精霊界…?」