王子様の頼み、承諾した魔女姫の采配
燐月、乃愛──彼女はミスティアの兄の影だ。
ミスティアの2つ上の兄──エルダーレイン・ハークレンに懸想している。
…と言うのは、彼女の理想が金髪碧眼の“王子様”が異性の好みであるからだ。
…同時8歳のミスティアではなく、エルダーレインが偶然テラスを通り掛かった時に現れたのが“迷い人”である同時13歳の少女が一目惚れした相手…そのエルダーレインの命を受けてラジエルの塔に出向したのは今より半年ほど前…。
「…そろそろ戻ってくる頃ね、リノア」
桜使いの乃愛は職業としては特殊職業でもある奇術師の派生で桜の花びらをいくらでも魔力に限らないスキルポイントで出せる。
勿論魔力を籠めて強固にしてもいい。
応用がかなり利く術者だ。
桜の花びらを自身の髪や肌、瞳に纏わらせれば…髪色も肌色も瞳の色すら偽らせる事が出来る──つまりはまったく別の人間となって諜報が行える、と言う事だ。
そんな彼女が塔へともう時期戻ってくる。
──東の国の情報を持って。
昨日のルクソー村の件が片付いたばかりのこのタイミングで戻って来れたのには桜使いである乃愛の手腕に由るものだろう。
「…思えば彼女との付き合いも長いのよね、私が8歳リノアが13歳…3歳上の2つ上のエルダー兄さんとはお似合いだと思うし」
ソファの上でごろごろとしながらも、リノアが戻ってくるのをのんびりと待っている。
東の国──ネフェリア王国は何やらキナ臭い。
噂だが──戦争でも起こそうとしてきるのでは、とまことしやかに庶民の間でも語られている。
事実、ここ10年で彼の国は軍拡を進めたし、大規模な演習を良く行っている。
…攻め込まれる最初の国はネフェリア王国の西隣の小国、ヴェセリア王国か、猫獣人の集落、クノファか…。
キナ臭い。
今度近く訪れる大規模盗賊団討伐といい──東の国の挙兵…。
付け加えるに魔物の増加も加えると…本当に“魔王”でも復活したのではないか、と噂が流れている。
「はぁ~面倒。魔王復活とか軽々しく言わないでくれない?」
魔王。
それは異界より来る侵略者。
未知なる力──瘴気を振り撒いてこの世界に害を為す存在の総称。
未知なる瘴気の魔物──“瘴気獣”の猛攻は激しく、奴らは恐れ知らずだ。
通常の不死魔物と違って日中も活動し、夜だろうと朝だろうと暴れ続ける──その異常さに、その不自然さに人々は恐怖し、恐れ戦く。
侵略が目的の彼の存在は正直相手にしたくない。
面倒だ、とミスティアは1人思う。
倒せる倒せないではない──否、恐らく倒そうと思えば倒せる。
…だが、その場合──
「…塔の上に出なくてはいけないのは…ねぇー。
ないわー、出たくない」
面倒。絶対嫌だ。
こんな快適な塔の中から出て行くなど…それこそ従者に任せたい。是非とも糧にしてもらいたいものだ、とミスティアはまた1人にやついた。
あちこちに手をまわして──極力外に出ないで、ここで在宅ワークをこなすのが、ミスティアの本懐だ。本分だ。性分である。生き甲斐で趣味で、ルーティーンだ。
6歳の頃より今現在も時折拡張・改造・増築しているラジエルの塔。
…ここはミスティアにとっての終の棲み家であり、楽園だ。
ミスティアの死後はその膨大な魔力は丸々迷宮でもあるラジエルの塔に捧げるとダンジョンマスター(エンリケ)との間に血の契約までするほどだ。
「そもそも第4王女に何を求めているのかしら?あの御敵…毛根死滅させようかしら──否、それだと母様が可哀想ね。」
禿げた旦那を毎日見る──うん、辞めとこう。
何の罰ゲーム?ってなるからな。うん。
懸命である。
毎日毎回決まった時間に1階の大広間まで来るその豆さは他で使って貰いたいものだ。東の国の侵略とか、大規模な盗賊団討伐とか。
「──只今戻りました、魔女姫様」
一礼して、直通魔方陣でここまで来たのは黒髪ポニーテールの美女…質素でありながらどことなく気品を感じる装いで現れたのは
「リノア…お帰りなさい。待っていたわよ」
「はい、魔女姫様──ティアちゃん」
にっと笑って物腰丁寧な態度を崩して“迷い人”に多い特徴の黒髪黒目、鼻の低い平凡な目鼻立ち…それでも美少女と呼んで差し支えの無い整った顔立ちは童顔ではあるものの人好きのするものだ。
170㎝と女性にしては高い方の身長に、ほどよく引き締まった体躯、胸元はDカップはある膨らみ…正直その部分はミスティアは負けている。
「…それで?乃愛さん東の国はどうだった?」
コポコポとティーポットから紅茶を人数分注いでいるのは千早だ。
テーブルにそれぞれの手前に置いて全員がソファに座るのを確認して口火を切った千早に乃愛──リノアはにこやかに微笑んだ。
「うん、お察しの通りよ。」
香り高いダージリンの芳香を嗅いで幾分落ち着いた声音で東の国の偵察報告をした。
「東の国の王ヴィルヘルムを弑逆した彼の兄──アレクサンドロス3世が王を名乗り始めたわ。
近くヴェセリア王国に侵攻する計画が持ち上がっているわ──まぁ、その簒奪王と(亡き王の息子)王太子ジークフリードとの間で派閥が二分化されていて国内で紛争が絶えない状態──まあ、そのお蔭もあって今の所はヴェセリア王国にアレクサンドロス3世の手は伸びていないわ──以上よ」
結構重要な報告を受けた。
それに対しての魔女姫様の返答は。
「…そう。リノア、兄上と御敵にありのまま伝えて」
だけだった。
「えっ、それだけ?!」
千早が口をポカーンと開けて、きょとんとしている。
真人は「はあ、やれやれだ」と肩を竦めている。
「わかったわ、ティア」
「うん、盗賊討伐に参加するのでしょう?ならラジエルの塔出身の冒険者『アリス』として活動しなさい。
──あなたはエルダー兄さんの婚約者でもあり、行く行くは“宰相夫人”になるのだから」
「…も、もう…っ!からかわないで…っっ」
頬を真っ赤に憤慨する乃愛はお姉さん然としていた先ほどとは打って代わって途端に幼く子供のようになる。
…これもまた未来の義姉のかわいらしい一面だ。
「ふふ…義姉さんがかわいらしい方で私は嬉しいですわ」
対外的な貴族の令嬢のような口調で義姉をからかう。
「…!!!」
クスクスと笑う未来の義妹に言葉を無くす乃愛。
はあ、と溜め息を吐いて真人は助け船を出してやることにした。
「…それで、リノア?討伐作戦は後3日もないが…千早、おい!いつまで呆けてる!?こいつはこう言う奴だろ!諦めてこれからの事に頭を割け…!!」
「──ハッ!?そ、そうだったわ…リノア盗賊のアジトの情報はあるかしら?」
「…私は戻って来たばかりで詳しくは知らないのだけど──と言いたい所だけれど──あるわよ、ほら」
バサッ、と懐から紙束──それは詳細に書かれた地図だった。
「──ねぇ、皆して酷くない?」
「「「ティアは黙ってて!!!」」」
「お、おぅ…はい、黙ります」
全員に黙っててと猛抗議されて、ミスティアはたじろいだ。
かなり真顔で咎められたので…ミスティアも大人しく黙るしかなかった。
真剣に地図に向き直って国内の盗賊のアジトとおぼしき印が付けられた箇所を一つ一つ確認していく…
「…私達は冒険者組として、この辺りの派遣になると思うわ」
「東の国に居た…ってのに、なんでこんな詳細に分かるんだ?」
「渡航する前に調べて置いたのよ」
「さすが♪リノアさんは優秀ね!」
「そうでしょうそうでしょう」
ふふんと得意気になる乃愛。
3人の話し合いは更に深くなっていく…ミスティアそっちのけで。
え?ミスティアは参加しないのか…って?
当日もその戦後処理も塔の中ですが。なにか?
ミスティアを塔から出したいと言うなら魔王と邪神と瘴気王が同時に塔へ侵攻を開始しないと。
お気に入りのアッサムティーにうまうましているミスティアはもうすっかり休憩モードである。
魔女姫としての仕事はもう既に終わっている。
従者の本作戦派遣への通知、各種魔道具の提供──ラジエルの塔所属のこの3人以外の通知…人族はこの3人のみだが──エルフやドワーフ、竜人や小人族、妖精族と人族の混血児等多数の人族以外の冒険者がラジエルの塔に在籍&間借りしている。
…まあ自由な冒険者は時折数人出て行ったり、新たな人族以外の冒険者が代わりに泊まっていたり…と、魔女姫ですら把握していない同居人が居たりする。
60階と70階にそれぞれ100室ずつあり、この3人同様に家賃代わりの魔力を知らず知らずの内に毎日捧げている為問題はない。
基本は無料で素泊まりできる拠点としてラジエルの塔内の施設を利用する彼らだが…まあ、ここに来れる事態、皆実力は折り紙付きだろう。
魔女姫の依頼に参加する冒険者は少なくとも100組はあるだろう。
そのほとんどがSSS級、SS級、S級かA級、最低でもB級ランクの冒険者パーティである事からも推して知るべし、だ。
…皆、魔女姫印の転移魔道具である装飾品──ラジエルの塔を模した装飾品を身に付けている。
それらは鍵であり、転移アイテムであり、所有者の血と魔力で登録された所有者限定の魔女姫の信頼の証…これを手にすることはいつしか冒険者の密かな存在意義となった。
これを手渡される時は──魔女姫が精霊を遣わして手続きをすると言う…それだけでも凄い事だ。
渡されるのは最低でもラジエルの塔を生還して実力を示すこと。
…同時に素行調査もされる。
人格・品格・実力・自尊心…全てを精霊が加味して魔女姫へと報告するのだ。
…不正など起きようもないし、精霊視があるエルフやドワーフでも精霊王が本気で隠れたら見分け等付かない。
…その中から研究のみをしたい、と言った冒険者はそのまま与えられた部屋に永住して、研究区画でもある80階への入室を許可される。
「…ふぅ、落ち着くわね~」
「にゃぅ~」
ソファに腰掛けて膝の上で丸くなる白猫を撫で紅茶を飲む…まったりとした午後の時間、作戦会議をする3人を尻目に水精霊王が空いたカップに新たな紅茶を注ぐ。
『私は主人の願いを叶える者ですから』
「うん?どこからそんな話に…?」
『気にしないでください、ただの決意表明ですから。』
「そ、そう…。」
水精霊王は時々主従愛が強すぎる…どうしてこうなったのか……出会った当初はミスティアにすら他の人間同様に冷たい態度だったのに──と、当時を振り返るように目を細める。




