魔女姫の友への依頼
友とは何か──?
問われればこう答えるだろう。
それは…ミスティアである、と。
彼女は、当時6歳だった俺──斎藤真人に同じくあの豪華な漫画から飛び出たような中世ヨーロッパ風なお城のテラスで出会ったお姫様──後に魔女姫、塔の上の姫君と呼ばれるオレンジ色の髪の外国人顔のかわいい女の子…彼女との出逢いが俺を今日まで支えてくれた。
…同じくらいの背丈だった10年前と違って、俺の背は175㎝、靴のサイズは25㎝にまで伸びたし、体型だって筋肉がついてがっしりとした。
黒髪・黒目の子供が少年になるくらいには生きて来れた。
「だーっ!もうっ!!森ごと燃やしたいーーっ!!」
両手を天に突き出して憤慨する同じく黒髪・黒目の少女は──五十嵐千早。
俺とは似ても似つかない顔立ちと性格の女だ。
…それも当然だ。
俺と千早は髪と目の色こそ同じだが、親と住んでいた所も違う赤の他人だからな。
「そう言うなって…俺だって苛ついてんだ。今ティアに貸してもらった火精霊王、カラシニコフに森を探って貰ってからよ」
「…偵察って普通風とかじゃないの?」
「案外と今の気候には合ってるみてぇだぞ?」
「そうなの?」
精霊は季節に変動され易い。
また、今は丁度この季節は春。
温厚な気候になる春先からは風、夏場は火、秋は土、冬は水属性を司る精霊の力が強まる。
勿論それ以外の季節で術を行使しても発動はする──するが、やはり季節や気候に変動が見られるのは精霊術の特徴だ。
精霊にもランクがあり下は小妖精、妖精、湖妖精、妖精姫、妖精王、小精霊、精霊、精霊姫、精霊王…となる。
この村──ルクソー村に滞在してから一週間。
一向に出てこない盗賊団に苛々としていた。
話では最低でも精霊ぐらいは憑いているのでは、との話。
でないとこんだけ隠れられるとは思えないのだ。
「はぁ。カラシニコフが戻ったらわかんだろ。もう少し待ってよーぜ?」
「──むぅ、分かってるわよっ!」
鬱々としながらも、切り出した岩石の平らな所に腰掛ける。
千早は俺以上に短気である。
…と言うのも魔女姫様──ティアの依頼で盗賊の被害に参ってるルクソー村を救ってくれと“依頼”されたので村へと向かったんだ。
村長や村の人の話では…盗賊等は森の奥の洞窟から来ているらしいのだが…神出鬼没でめったに姿を見せないそうだ。
一度その森の奥の洞窟に向かった冒険者パーティがなんの成果も挙げられず、戻ってきて…村を出て行った後に盗賊が現れて村一番の器量よし女性、エリザを拐って行ったとか。
彼女のその後の行方は知れずで…数日おきに見目麗しい少女や少年が拐われている──そんな事が5年も続いている──のだとか。
5年前から──と言う事は丁度二人が他国へと派遣されていた時期だ。
勉強と地域別魔物分布を二人に実地で学ばせる為に国外に出ることを認めた…その留守中はミスティアは塔の上で完全治癒薬の試作を行っていた。
…とてもではないが自国ではあれ小さな田舎村を気に掛けては要られない。
“王様の耳はロバの耳”ではないからな。
…そんな些細な被害には目も手も向けられない。
『──真人、戻ったぞ。盗賊等は件の洞窟にいる。
…煙で燻すか?』
「お、戻ったか…被害に遇った村人は?」
『…村長の娘であるエリザの姿はない。恐らくもうとっくに売られてしまったようだ』
「チッ、胸糞悪い話だな」
「なにそれ…ッ!?人身売買は犯罪じゃなかった!?」
『法など守るものか…あれらは害虫だ』
赤毛の筋骨隆々の美丈夫が彫りの深い顔立ちを不快に歪めて吐き捨てる。
『…我が視ていた時、あれら害虫は一人の少女に群がっていた…初物だとか、気持ちいい、出すぞ…とか。あまりにも見るに耐えん光景だ…あの少女はまだ10歳くらいにしか見えない年恰好だ──人とはああまで醜くなれるものなのだな』
人扱いすらしない。…そんなにか。
「なっ、それ…って!?ロリコンレイプ魔じゃないっ!!」
「10歳くらいの子供が何の罪もないのに…奴隷商に売っ払うのか…その子だって親が、帰るべき場所があるのに…っ!」
『…燻すか?』
「ああ、徹底的に殺ってくれ。不幸を撒き散らすような害虫は駆除しろ!」
『承知した』
ゴゥッ!
盗賊の潜んでいる洞窟が赤く燃え上がった。
「──おい、火精霊王。」
『フッ、案ずるな。燃えているのは盗賊だけだ──被害者の子等は安全圏へと転移してある』
「ぬお…っ!?い、いきなり魔方陣が──って、ええ…ッ!?ま、まさか…この薄汚れた子供達が…拉致被害者!?」
『うむ。不快な奴隷紋も不快な首輪も燃やしたでな…案ずるな、かわいい子等よ』
薄汚れ、傷だらけの少年少女達が突然の転移に慌てふためいた。
「ふぇ…っ!?えっ、えっ?」
「あ、あれ…?首輪が…奴隷紋が…ないっ!?」
「えっ?え…っ?」
「おねえちゃんとおにいちゃんが…?ぼくたちをたすけてくれたのです…?」
「わっ!わぁ…っ!?お外…ぼくたちお外にいるよ…ッ!?」
ぼろ切れのような格好で誰も彼もが擦り傷だらけの身体をしていた。
「…ねぇ、君たちさ…ルクソー村の子かな?」
「うん、そうだよ!お兄ちゃん…!!」
元気いっぱいに頷いたミルクティー色の髪の男の子…年の頃は大体10歳前後か。
「その前に手当てが先よ、真人?」
「──そうだった。回復魔法は…っと、これか」
おもむろに広げた巻物…それには“魔女姫”の治癒の魔方陣が施されている。
使いきりだけど…こういう時に便利なのである。
「エリアヒール…!」
解錠である魔法名を口にするだけで該当する魔法が寸分違わず構築される。
「私はこれね…浄化!」
同じく浄化の魔方陣が施された巻物を広げて解錠である魔法名を口にする。
「わわ…っ!?わぁ~っ!!」
「ぼくたち…きれいになってるー?」
「えっ?えっ?ええ…っ!?」
「すごいすごーい!」
「痛くないよ…ぅぅ、私…っ」
ほわほわと暖かな浄化の光に包まれて…子供達の身体と服が綺麗になっていく…治癒の光と合わせて本来の色を取り戻すように怯え虚ろだった瞳に活力が戻る。
「…そんじゃ村に戻るぞ?」
「そうね…いつまでもこんなところにいるべきではないわ」
『それなら我が運ぼう』
「できるの?燃えない?」
『可能だ。』
火精霊王が手を翳すとふわり、と子供達の身体が浮き上がる。
「わっ!わぁ…っ!?う、ういてる…っ!?」
「それにあったかい…っ!」
「ほんとだ…!ふしぎだよ…!?」
「わぁ~っ!すごいすごーい!!」
「あはは」
「きゃっきゃっ♪」
5人の子供達の笑い声が響く。
…秒で熨された盗賊共は後日村長経由で、近くの街の警備兵に回収要請がされるだろう。
その他大勢の下っ端は生死はどうでもいいが、盗賊団の頭は他に“アジト”があるのか訊く必要があるし、売られた被害者の村人の行方も話してもらう必要がある。
…そちらに関しては国が受け持つ事になっているので、千早と真人の仕事は盗賊のアジトの特定と被害者の確保、彼らの村までの護衛が二人の仕事だ。
「…行くか」
「そうね…なんか釈然としないんだけど。」
「分かる。…俺達、巻物広げただけだよな?いる意味…」
「待って、その先は言わないで。虚しくなるから」
「……おぅ。」
「「……はぁ」」
浮遊魔法で空を滑空しながらルクソー村へと帰還した。
…面倒だと思って居たのに。秒で終わってしまった。
えっ、俺の活躍は?戦闘描写は?
……。
後日。
ラジエルの塔にて──
「ありがとう、二人共。村長も二人に感謝していたわ」
「「……」」
不服そうな2つの目が同時に左右から放たれる。
多いに不満そうだ。
その瞳からは火精霊王とか過剰戦力すぎだろう、とか。
そもそもそれほど規模の大きな盗賊団ではなかった小悪党たった──悪戯好きの悪精霊の介入がなければ。
だからこその“精霊王”だったとも言える。
本来精霊とは実体を持たない魔素の塊のようなもの──そこから自我が芽生え、形を成し、自然界へと生まれてくる。
並みの魔法使いでは精霊を探知することは不可能だ。
精霊を視ることが出来るのは精霊視のスキルを持つ者か、精霊が他種族と交わった際に子を成した種族──森精族くらいなものだ。
人間が多いルクソー村周辺では精霊が紛れ込んで居ても気付かれもしないのだろう。
「そんな顔しないでよ…ぶふっ、おもろ──じゃない、助かったのは事実なのよ?私は頼まれていたエリクサーの作製で手が離せなかったのだから。」
「ティア!──はぁっ、なんで俺こいつの友人やってるんだろ?」
「……右に同じね。ティアのいじめっこ」
思いっきり暴れられなかった為か、かなりフラストレーションが溜まっている様子だ。
「…盗賊を狩りたいなら今度国で大規模な討伐隊の召集があるわ。当然私の従者にもお呼びがあるの。そっちで発揮してちょうだい?」
「「……ッ!」」
茶目っ気たっぷりのウインク付きで差し出された“召喚状”はハークレン王国の王印でもある、鴉に矢が括られた蝋がされている。
手紙は一度開封されていたのか、すんなりと開けられた。
「……これ、大規模じゃね?」
「…みたいね、今度こそ活躍の場が…っ!」
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
それほどに衝撃的な内容だった。
今回のように精霊が悪戯で構成員30人くらいの小規模な盗賊団──だった──の頭に精霊が憑いた悪戯とは比べものにならないぐらいに大規模なもの。
「…なんで、これ捕まらなかったんだ?」
「ええ…不思議だわ」
首を傾げる二人にふん、と鼻を鳴らして苦虫を何10匹も噛み潰したような顔で吐き捨てる。
「そんなの決まってるでしょ?侯爵が絡んでんのよ、これ。」
苛々としながらも、テーブルにどんどんと関連資料──ラドヴィッジ・アブノーマル侯爵領地と敵対派閥の貴族名簿及びその領地での失踪者の名簿──を置いていく。
「侯爵…って、高位貴族…ッ!?」
信じられない、と目を見開く真人とそんな本も好んで読んでいた千早にして見れば“ああ”とどこか予測していた事実だったようで頷いた。
「…千早は驚かないのね?」
「私はほら、こちらへと来る前もそんな本を読んでいたのよ──漫画だけど」
絵に描いたような極悪貴族なのだ──ラドヴィッジ・アブノーマル侯爵と言う男は。
…全てが噂止まりな所からもそのヤバさが判るだろう──と、普段接点のない二人の耳にも入ってくるほどなのだ。
曰く、人身売買を行っている、とか。
曰く、売買する人間は所謂森精族や土精族、獣人も含まれる──とか。
曰く、最近では魔族の奴隷も売買されている──とか。
曰く、それらの管理は巨大地下施設で行っている──とか。
曰く、政敵や対立する者は容赦なく暗殺されている──とか。
「…それらは根拠のない噂でありながら実の所、王の影が秘密裏に調べ流しているともされているわ──その辺は私にも知らされていないから憶測でしかないけれどね」
まぁ、例えあったとしても──認めることはないでしょうけれど、と声には出さない部分の本音を二人は感じとりつつも気付かないフリをして頷いた。
「おい…そんなヤバい案件に送り出すつもりかよ?」
「出来ないの?」
「なわけねぇーだろ!やっと俺様の出番だぞ?行くに決まってる!!」
「…単純ね、真人は。」
「それしか取り柄無いんじゃない?」
「ふふっ、そうかもね」
穏やかに微笑むミスティアに千早と真人も釣られて表情を緩ませた。
…。