第二十二話
翌朝。
俺たちは町を出て北へ向かう。
予定されている戦場は、ミューゼからすぐそこだ。
やはり中央の国境線は、大分押し込まれているようだった。
俺たちの他にもたくさんの冒険者が、国境線へ向かって歩いている。
連日の戦闘で身も心も疲れ果てているのだろう。
誰も彼もが気だるそうに歩いている。
結局、昨日ミューゼの冒険者ギルドで、アレン達の新しい情報は得られなかった。
受付の男に尋ねてみると、どこかの裕福な商人の家で一人が療養している、ということだけコッソリと教えてくれた。
それが誰なのかは分からないし、どこの商人の家なのかもハッキリしない、とのことだった。
そもそもアレン達が王国に戻ってきていること自体が、伏せられているようだ。
当たり前か。
そんなことを公にしてしまったら、更に士気が落ちてしまう。
劣勢の中、なんとか冒険者たちを支えているのは勇者への期待だ。
東部のように勇者アレンが、いつかなんとかしてくれる。
勇者アレンが中央の敵拠点を落としてくれれば、魔物はいなくなるはず。
その可能性が消えてしまえば、冒険者たちの心は折れてしまうのだろう。
……
どうやら状況は思ったより悪いようだ。
やれやれ。
ここにはパーティとしての経験を積みに来ただけなんだがな。
どうやら俺たちも本気で戦う必要がありそうだ。
それにしても、周りを歩いている冒険者達は、まるで朝の畑仕事へ向かう農民のようだな。
毎朝の習慣、といった感じで歩いている。
「そういえば、なんで魔物は夜に攻めてこないんだろうな?
ミューゼの町なんて襲いやすそうなのに」
中央の魔王軍は、毎朝ほとんど同じくらいの時間にやって来るらしい。
「数で勝る魔王軍にとって、夜襲のメリットが少ないんだろう。
同士討ちのリスクが高くなるしな」
この手の話に答えてくれるのは、シアではなくセレスだった。
「なるほどね。ギルドの話では、ここの魔王軍は整然と隊列を組んでやって来るってことだしな。
夜襲のような、乱戦はあまり好まないってことか」
「そういうことだな」
ん?なんかシアが大人しいな。
いつもだったら、何かしら口を挟んでくるのに。
見ると、シアは俺たちの後ろをうつむいて歩いていた。
……どうせまた浸っているのだろう。
初めての本格的な戦いですわ♪とかね。
好きにさせておこう。
「しかし、こちら側の陣形は頼りないよな。
なにせ真っ直ぐ横一列に並ぶだけ。
それも繋がった線にはならないで、パーティを点々と置くだけってことだしな。」
「王国側の人数が少ないのは昔からのことだ。
パーティ毎に離れるのも、その方が戦いやすいからだろう」
「あぁ。冒険者は集団での戦闘に、慣れてないんだったな」
この話は孤児院で、警備隊の人に聞いたことがある。
警備隊や親衛隊と違い、冒険者はもともと戦いの素人だ。
集団で戦おうとしても、まとまって動くのは難しい。
それよりも4,5人のパーティ毎に戦ったほうが、力を発揮できるようだった。
「で、俺たちはどのあたりで戦おうか?」
横一列に並ぶと言っても、好き勝手に場所を選べるわけでは無いらしい。
そこには暗黙のルールがあるようだった。
「端にしておいた方が無難だろうな。
どうやら私たちは、あまり歓迎されていないようだったしな」
セレスは昨日の冒険者ギルドでの一件を思い出しているのだろう。
確かに新参者である俺たちが、出しゃばったりしたら、何を言われるか分からない。
俺たちは大人しく、左端へ向かうことにした。
「力のあるパーティほど列の中心寄りで戦うこと、か。
しかし、なんでこんなルールが出来たんだろうな」
「中心に寄るほど、ミューゼへの距離が近くなるからだろう。
今の国境線だと、中心付近を抜かれてしまうとすぐ町だ」
「重要なところは、力のあるパーティに任せるってことか。
そうなると、魔王軍も主力は中央に集めてくるんじゃないか?」
「その可能性が高いな」
「だったら、端にはそんなに強い敵は来ないかな」
「あまり、油断しないことだな。
何が起こるかは分からない」
釘を刺されてしまった。
それにしても俺の質問にセレスはスラスラと答える。
この人、ここで戦ったことでもあるんだろうか?
謎は深まるな。
―――
予定された戦場には一面、草原が広がっていた。
そして、草原の先にはリリム山脈がドッシリと腰を据えている。
草と山と空。
目の前には、三色の帯が順番に重なっていた。
シンプルだけど雄大な光景だ。
しばらくすると草の緑と、山の茶色、その間に黒いラインが現れた。
最初は細い線だったが、段々と太くなる。
魔王軍だ。
それはゆっくりと、大きな獣のようにこちらへ近づいてきた。
対する冒険者側も緊張感が高まってくる。
朝の気だるさはもう、ほとんど無くなっていた。
今までに味わったことのない雰囲気。
俺もこういう形の戦闘は初めてだ。
これが国境地帯の本格的な戦闘の空気か。
正直言って、圧倒されそうになる。
しかし、先ほどからシアは黙ったままだな。
まだ妄想に耽っているのか?
ここまでくると、頼もしさすら感じてくるよ。
セレスもいつもと変わらない様子で、魔王軍を眺めている。
まるで日常の一部といった感じだ。
なんでそんなに平常心でいられるんだ?
まぁ理由はなんでもいい。
近くに落ち着いている人間がいるといないとでは大違いだ。
ここは遠慮なく、セレスに寄りかからせてもらおう。
「なぁセレス。どんな戦いになると思う?」
「ふむ。やはり向こうに比べて、こちらの数はかなり少ないな。
楽な戦いにはならないだろう」
楽な戦いにはならないのね。
セレスはなんでもないことのように状況を分析した。
その言い方が、逆に安心感を与えてくれた。
「セレスはこういう戦いの経験があるのか?」
「まぁな」
やっぱりそうか。
だったら。
「これからどうなるか分かるか?」
「恐らく私たち3人で一つの部隊を相手にすることになるだろう。
大体30匹くらいになるかな。」
3対30か……
そのくらいなら問題ないだろう。
アレン達とはもっと不利な状況で戦ってきた。
今は敵の全体が見えているから、ソワソワするだけだ。
何も俺たちだけで戦うわけではない。
俺はようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。
しかし。
俺と真逆の反応を見せた人間がいた。
シアだ。
「30匹の魔物……」
どうやら妄想にふけっていたわけではないらしい。
シアは強張った顔をしていた。
おいおい、いつもの強気なシアさんはどうしたよ?
こんな機会は中々無いだろう。
ちょっとからかってやろうかな。
「なんだシア。緊張してんのか?
昨日の冒険者ギルドでは、あんなに余裕そうだったのに」
「そ、そんなことありませんわ」
どうやら冗談が通じる状態では無いようだ。
無理もないか。
シアにとってはこれが、初めての本格的な戦闘だろう。
東部ではこんな戦いは無かっただろうしな。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですわ」
大丈夫そうではない。
青い顔をしている。
そんなシアを見て、セレスまでオロオロしだした。
シアのことになるとすぐこれだ。
いかん。このまま戦いが始まるのはマズい。
ここは俺が何か言ってやらなくては。
何がいいかな。
シアの喜びそうなこと……
すぐに閃いた。
「おい。もうすぐお前は本当の冒険者になれるんだぞ。
東部のようなお遊びじゃない。
王国を守る真の冒険者の戦いができるんだ」
「!……王国を守る…… 真の冒険者……」
「そうだ。お前の憧れた冒険者にもうすぐなれるんだ」
「私は……真の冒険者に…………なる!」
シアの目が一気に輝きを取り戻した。
どうやら効果があったようだ。
少し効きすぎたような気もするが……
縮こまるよりかはマシだろう。




