5.ラッキーガール(中)
**************************************
曇った空に、花火の煙がくすぶる夜、眼下に見下ろす風景を春の風に揺られながら、
ただ、なんとなく見下ろしていた。
河川敷に群れる群衆、死んだ顔で帰路に着くサラリーマン、別れを惜しむカップル、買い物袋を持ち走る主婦、
おのおのが自分の時間を過ごしていた。
耳につけている、無線機から砂嵐が聞こえてきた後に、暢気な声が聞こえた。
「あらあら、ターゲットが標的を追加オーダーしたみたいよ。ポイントS341で楽しそうに追いかけっこしてるわぁ」
俺は廃ビルの屋上から、声が指し示す場所に双眼鏡を移す。
目の端には先ほど始まった、花火の極彩色も映りこむ。
狭い路地を探すと、ターゲットの新たな標的となった不幸な女子生徒らしき影が見える。
残念ながら、確認できるのはシルエットだけで、表情までは見えない。
「確認した。これから、任務を開始する」
「もちろん、OKよぉ、でも」
「でも、・・・・・・、なんだ」
「追っかけられている女の子はどうするのぉ」
不思議な質問をする奴だ。
質問の意図を理解できず、疑問の声を上げる。
「どうするとは?今回の任務にその女子生徒は関係ない」
「ふふふ、まあそうなんだけどぉ、できるなら助けてあげて欲しいわぁ」
「・・・・・・、それは、命令か?」
「まっさかぁ、これはお願いよ。オ・ネ・ガ・イ。私との仲じゃない」
「目撃者は、しま」
痺れを切らして、少しだけ怒りをあらわにした声を
俺の耳を貫く。煩い。
「だから、お願いって言ってるでしょ。もちろんあなたが言うことのほうが正しいわ。でも」
「・・・・・・」
「偶には、追いかけられている女の子を助、・・・・・・・・・・・」
まったく、この女は何を言っているのか。右から左へ文字の羅列を聞き流し、
俺は深くため息をつく。ため息が、春の風に流され、溶けていく。
「まぁいい、しかし、後始末はそちらに任せるぞ、"ランプ"」
俺の返事に満足したのか、小さな笑い声が聞こえる。
「ありがとう、"ボゥイ"。じゃあ予定通り、ポイントW246に誘導するわ。彼女の足が花火の音くらい早いことを祈りましょう。」
「・・・・・・」
「そうだ、ちゃんと事前にいった始末の仕方で頼むわよ。オーバー。」
通信が切れ、花火の音と光が暗い夜空を包みこむ。
雲が掛かった夜空を背にし、俺は今にも壊れそうな
ビルの屋上を後にした。
****************************************
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・・・・。
いくつかの十字路を右に左に曲がり、もはや自分でも今どこにいるのかわからなくなった。
しかし、男は確実に後ろをついてきている。
電灯ひとつない道に、私と男の足音が一定感覚で響く。
焦りから、何も考えられらない。
「死」という一文字が、私の頭を延々と駆け巡る。
突然、ポケットの中に入っていた携帯電話がなった。
「そうだ!!!」
どうして今の今まで気がつかなかったのか。誰かに助けを呼べばよかったのだ。
無我夢中で携帯を取り出し、祈りながら通話ボタンを押す。
父さん、母さん、千夏、姫野、誰でもいいから私を助けて。
落とさないように、祈りながらゆっくりと通話ボタンを押した。
「もしもしぃ、私メリーさん今あなたの「ピィ」」
なんでこんな時に、いたずら電話が掛かってくるのよーーー。
自分の不幸を恨むと同時に、携帯という存在を思い出させてくれたことにちょっと感謝していた。
とりあえず、母さんにかけよう。そう思った瞬間、ディスプレイに非通知の文字が・・・・・・。
また、さっきの悪戯電話だろう。
取らずに切ろうとしたが、走っている勢いで、つい通話ボタンを押してしまった。
「何よ、突然切るなんてひどぉいじゃない」
携帯からまた、甘ったるそうな女性の声が聞こえる。
好くなくとも、私の知っている声ではない。
「うっさいわね、今取り込み中なの、アンタみたいなイタデンにかまってる暇ないの!!!」
言いたい事を言って、耳元から携帯を離す。
相手はお構いなしに、声を出し続ける。
「あら、いいのかしら?。ここで電話を切ったら、あなた確実に後ろの変態に殺されちゃうわよぉ」
頭の中が急にクリアになる。
コイツ今なんていった。
後ろの変態?まさか、どうして私がJキラーに追われているのがわかるの?。
まさか・・・・・・。
「もしかして、アンタJキラーの仲間?」
「違うわよ、失礼ね。私をあんな変態殺人鬼と一緒にしないで。どっちかって言うと、あなたの味方よ。ミ・カ・タ」
私が、奴の味方といったことに少し腹を立てたのか、ちょっと怒った声で話す女性。
それにしてもこんな切羽詰っている状況だというのに、電話の先はなぜか楽しそうでむかつく。
携帯電話を強く握り締め、そのむかつきを抑える。
考えるべきことはたった一つ、・・・・・・
この声を信用していいのか。
とっさの判断がつかない。しかし、後ろから追う男は着実にこちらとの距離を詰めていく。
追いつかれるのは、時間の問題か、・・・・・・・。
「誰だか知らないけど、助けて!」
「もちろんよ、お姉さんにまっかせなさぁーい」
なんとなく、助かった安心感か目から涙が出る。
気楽な声で、請け負う女性の声。
普段なら、こんなの信用しないが、恐怖と混乱で思考が鈍って居る私は
なぜか信用して安心してしまった。。
「次の角を右よぉ」
私はゴールが見えたマラソン選手の如く、思いっきり手を振り
見えないゴールを目指し、暗闇を再び強く走りだした。