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王子のススメ









最初はただ心配していた。

あぁ、こんなにことになるなんて。

でもきっと、殿下のことだからいつかわかる日がくるかもしれない。

それは案外明日かもしれないし、1年後かもしれない。

そんな気持ちで過ごしていく日々に、焦りを感じなかったかと言えばウソになる。

けれど、陶酔感もあった。

苦労を重ね、遠回りした分、待っているのは幸せなのだろうと。


きっと、と言いながら願望に過ぎない喉元を通る言葉たち。























「ごめんなさい。よく聞き取れませんでしたわ。もう一度おっしゃって」

「お似合いなんじゃないかな」


無邪気ささえ含まれた言葉に、思わず首を傾げる。


「そう、ですか?」

「嬉しくないのかい?あいつほど出来た男はいないよ」

「ふふ、兄様のお墨付きですわね」


扇で口元を隠しながら小さな声で囁き合う二人は似ていない、傍から見たら恋人同士だろう。

その実、他の男を勧められているとは誰も思わない。


「ロバートならリィを任せられるよ。間違っても、変な男に捕まらないようにしないと」

「変な男?」

「口説き文句を言うのは、下心がある証拠だから気を付けて。しっかりとした家柄と誠実な性格、そして十分な資金力がある男じゃないとリィを任せられない」

「ふふ、なかなか難しいですわね」

「だろ?でもロバートならその点安心だから」

「…私が良いって言ってくれる人なら、きっと幸せになれますわ」

「可愛いリィ。自分の価値を知らないからそんなことを言えるんだ。もっと自分を大切にしておくれ」


可愛いと、言われる度に頬を赤くしていた頃が懐かしい。

どうして今は、こんなに近い距離にいる彼を冷めた気持ちで見つめ、笑みを浮かべているのだろう。

時折、何もかもわからなくなる。

ジュリアンナを紹介された日から、マリアンヌの心には影が落ちるようになった。

王子が親愛を見せるたびに、リリィーシュとして振る舞うことに躊躇いが減って、そんな自分に戸惑いが浮かび、深淵に埋まっていく。


「でもリィには結婚は早いな。まだ傍にいて欲しいから」

「当り前ですわ。まだまだ甘えたりないですもの」

「はは、リィがお嫁にいく日が来たら泣いてしまいそうだ」

「まぁ、男泣きですわね。楽しみにしていますわ」


心とは裏腹に、軽口が次々と出てくる、驚いた顔を見せれば、蕩けるような微笑みで、慈愛の満ちた眼差しが注がれる。

これが、ただの親愛ではなく、募る情熱であれば良かったのに。

どんなに瞳の奥を覗き込んでも、其れ以上も以下も見当たらない。


窓からシャンデリアの光が零れ、きらきらと煌く、テラス。二人きりの空間。

王子は、何の他意もなく、純粋に、マリアンヌに兄を勧めてくる。自分の友である男は、未だに婚約者を作らず、夜会度にテラスに来るのは、つまり“そういうこと”なのだと結論づけた。彼にとっては喜ばしいことなのだろう、親友と、妹が一緒になると言うことは。

確かに、兄とは血が繋がっていない。だから、マリアンヌが名実ともに、ロバートの婚約者となっても問題は最小限だ。そしてジュリアンナがマリアンヌとして、王家に嫁げは、それこそ、ここ数年の王家の問題も解消する。

いつだって導かれる答えは一緒だ、マリアンヌの心情さえ除けば。


無邪気に、傷口をえぐられ、かさぶたになっていた筈の場所が、じくじくと痛む。


「リィ、どうかしたのかい?」


思わず、涙ぐんだマリアンヌ。隠すために俯けば、王子は顔を伺うように首を傾げる。

少しだけ漏れた溜息、ありったけの力で口角を上げ、なんでもありませんわ、と告げようとした瞬間。


「またリィをいじめているのか?」

「ロバート!いじめてなんかいないさ。もう子供ではないんだから」

「…どうだかな」


冷淡ともいえる声音は、少しばかり不機嫌なことを表していた。

マリアンヌが見つめれば、気づいてくれたロバートは笑みをくれる。其れだけで少し、気持ちが和らぐ。


「それより、マリアンヌがそろそろ帰るようだ。別れの挨拶は良いのか?」

「そ、そうか。じゃあ、少しだけ、席を外すよ。リィ、すまないね」


愛しの婚約者の名に、動揺を隠せない王子、何故ならば、マリアンヌがした“お願い”が罪悪感を生むからだ。

溺愛される妹は、兄に最初で最後のお願いをした。結婚したら一緒にいられる時間はすくないのだから、それまでは私を最優先してと。

涙ながらの訴えは、律儀に守られる。最初と最後の挨拶以外は、傍を離れなくなった。

嬉しい筈なのに、何処か、苦しい。

何故なのだろう。

言葉が思い浮かばす、殊勝に頷くと、王子は少し名残惜し気だったが、背を向けると颯爽と去っていく。











「どうした?マリアンヌ」


ひくり、喉の奥が震える。けれど言葉は出なかった。


「もう少しの辛抱だよ。もうすぐ、自由になれるから」


縫い付けられた翼は、あったことすら、とうの昔に忘れてしまった。

自由になったら、どうなってしまうのだろう。

不確かなマリアンヌはどうやって、生きていくのだろう。

思案げな顔をすると、ロバートは其れを拭うように、目じりを下げた。


「さぁ、お姫様。もう泣かないで」

「…っ!」


自由になるのはマリアンヌだけではない。

王子も鎖がなくなり、ついに、愛しい人と結ばれる。

傍にいる分、十分に伝わってきた。マリアンヌと思っているジュリアナを、王子は誠実に愛している。

会えると思う夜会では上機嫌だったし、手紙のやりとりを良くしているようだった。

聡明な彼女を褒めたたえ、着飾る為のドレスを贈る。そのお礼の言葉を貰うと嬉しそうに微笑む。



私が貰える筈だったもの、そう思わなければ、王子の愛は至極真っ当だった。



リリーシュの壁を超えられない私は。


王子の心を変えられない私は。


隣に並ぶには、ふさわしくないのだろう。











少しずつ、着実に、納得していく。




私は、マリアンヌ・ウェルトン。


私は、婚約者に妹と思われていて。


そして近い未来、婚約者ではなくなるのだ。










マリアンヌが泣きそうになると、其れを隠すように抱きしめてくるロバートは、窓の外を見て何処か楽しげだ。



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