二十年後
それから二十年後——
大地は下妻駅のロータリーに車を停め、トランクから大きなバッグを取り出し、助手席から降りて来た初老の男性に手渡した。
「じゃあ、叔父さん気を付けて帰ってくろな。今度はよし君も連れて遊びに来てくろよ」そう言ってほほ笑む。
「大地も畑と楽隊と、頑張れな。テレビさ出るようになっだら電話しろよ」
「アッハハハ、おれらはそういうのでねえがら!」
「ほっだごどわかんめ! じゃあ、父ちゃん母ちゃんにもよろしぐな、わざわざ送ってくれてありがとう」
そう言って手を振り、駅構内へと歩いていく。
大地は笑みを浮かべつつ構内を見つめた。そこにいる駅員の姿に見覚えがあることに気づいた。
——誰だっぺ。駅員の親戚、友人はないはずだべが……。
そこに二十年前の記憶が鮮やかに蘇る。
——ヘラクレス採りにめきちこ行ぐんだ!
大地の脳裏にはっきりと、あの時の記憶が蘇った。
大地はその二十年前の記憶に誘われるように、ほとんど無意識のままふらふらと駅構内へと吸い寄せられていく。
駅員は、自分をひたと見つめている青年の姿に気づいて振り返った。
「……あの」大地はそう言ってみたものの、その後なんと続けてよいものか口ごもる。
「はい、何でしょう?」
「……覚えていますか? おれのこと。その……、昔、小っちぇえ頃世話んなった……」
駅員の目がみるみる大きくなる。
「もしかして、大地か?」
「ほだ!」大地は思わず叫んだ。
「ヘラクレスオオカブト採りに行こうとした!」駅員も同じ声量で続ける。
「そう、メキシコ!」
駅員は噴き出した。
「大きくなってえ!」
「もう、二十四だ」
「ほうか、ほうか。……今、何やってんで?」
「農家、やりながらバンド」
「父ちゃんの仕事継いだのか!」
「ほだ。今もよぐ怒られてっけどな。バンドは朱里もいんだ」
「朱里ちゃんともまだ仲良くしてんのが!」
「結婚した」
駅員は息を呑んで目を見開く。そしてそのまま硬直する。
「あはははは、信じられねえが?」
「……いや、たまげた……」帽子を脱いで、幾分白くなった頭を盛んに撫でつける。
「ガキの頃はあれこれ世話んなって、本当にありがとうございました」
「いやあ、毎回毎回楽しかったよ。おめらが来てくれると」
大地は照れる。「すぐ近くに住んでっからさ、今度朱里連れてくる」
「別嬪になったべ」
「もぢろん」そう即答して大地は噴き出す。
「アイス食わしてやっぺ」
「楽しみだべ」
そうして大地は帰途に着く。家に入ると朱里は台所で夕飯作りに勤しんでいた。
「なあ、今駅に、叔父さんこと送っていって誰に会ったと思う?」面白そうに尋ねる。
朱里は首をかしげて、「誰?」とタブレットに書いた。
「駅のおじさん」
朱里はさらに首をかしげる。
「ほれ、俺がガキの頃メキシコに行くつって、おめのごと連れて駅行って、アイス食わしてくれたおじさん!」
朱里は目を見開いて口元を覆った。そして楽しそうにくつくつ喉を鳴らした。
——元気だった?
「ああ、全然変わんね。俺のことも、おめのことも覚えてた。結婚したっつったらな、目ん玉飛び出さしてた!」
体を折って朱里は笑う。
「そんでな、今後おめ連れて挨拶に行ぐっていったらな、アイスご馳走してくれるって」
笑いすぎて遂には目には涙が滲みだす。
——手土産いくつ持っていってもたりない
「たしかに」
大地は少し考え込んで、
「おれらは、この街の人たちみんなに世話んなって育てられたんだよなあ。駅のおじちゃんも、おめのおつかいに行ぐ店の人たちも、俺らが何やらかしてもあったかぐ見守ってくれてよお。そういうの、大人んなってしみじみわかっとな」
朱里は二度も三度も頷いた。
台所の窓の向こうには、子供の頃と何一つ変わらぬ夕焼けに彩られた筑波山が温かく下妻の町を見下ろしていた。




