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100話

いつも温かいコメント、リアクション、ご指摘、誤字脱字報告ありがとうございます!

皆様のお陰で100話の大台に到達しました!


本作まだまだ続く予定なのですが、仕事の資格試験が一ヶ月ちょいに迫ってきた都合上、それが終わるまで更新のペースを二日に一回とさせて頂きます。

今後とも何卒よろしくお願いします!!

「なん、だと?」

 

グランツの言葉が詰まった。常に冷静沈着なこの男としては、珍しい姿であった。

 

「ギリアスは取り繕ってはおりましたが──」

 

リデルは平然とした声で言葉を継ぐ。

 

「奴の顔色、呼吸音、瞳の濁り具合……その全てが、すでに死の一歩手前にあることを示しておりました」

 

「……」

 

「持病か、あるいは北方軍閥との長きにわたる死闘による心身の摩耗か……理由は定かではありませんが、奴の命が長くないことだけは確かです」

 

一拍の間を置く。

 

「そうなれば、辺境伯家中は自ずと荒れましょう。順当に息子のクロードが引き継いだとしても、彼は未だ若輩かつ未熟。それに辺境伯領に亡命した第二皇子は、現在こそ表舞台に出ておりませんが、同地で派閥形成に勤しんでいるとお聞きしてます。直ちに組織が瓦解せずとも内部で亀裂が生じ、しばらくは我々の脅威となり得ません」

 

言い終えて、リデルはチラリとグランツに視線を送った。

普通の人間であれば、恐るべき難敵が勝手に死ぬ可能性を知らされれば、驚愕するか安堵するかのどちらかであろう。

だが、グランツは違った。

そこにあったのは、明らかな「焦燥」であった。

リデルはそれを確認し、静かに頷く。

 

「……私もまた、グランツ様と同じ懸念を抱いております。我々がこのまま守勢に徹していれば、やがてギリアスは病に倒れ、我々はこの苦境から解放されるでありましょう」

 

「……」

 

「しかしそれは──ギリアスが我々に対する『勝者』として歴史に君臨し続けることを意味いたします」

 

声に、静かな熱が籠もる。

 

「今後、我々が現在の敵対勢力を滅ぼしたとしても、我らに敵が存在する限り、奴はその都度英霊として反乱の旗頭となり続ける。永遠に否定できない、事実として。そのような不愉快な事態を防ぐ手段は、ただ一つ」

 

リデルははっきりと告げた。

 

「ギリアスが存命であるうちにその軍勢を叩き潰し、勝ち逃げを絶対に許さぬこと。それだけでございます」

 

グランツはしばらく沈黙を守っていたが、やがて重い口を開いた。

 

「……策はあるのか」

 

「はい。ですが、南北に位置するラングレー公とリガニア大公を先に排除しなければ、どうしようもありません。まずは、現在も進行中であるラングレー公攻略を完遂すべきかと」

 

リデルはさらに言葉を重ねた。

 

「そして願わくば、私自身が現地へ出向き、此度の失態を挽回させていただきたく存じます」

 

グランツは静かに目を閉じた。しばしの静寂。

 

「……分かった」

 

まぶたを開ける。

 

「お前を、ラングレー公攻略軍の軍監に命じる」

 

「感謝いたします」

 

リデルは深々と一礼し、扉へ向かって歩き出した。

 

「──リデル」

 

グランツの声が背中に届く。リデルは扉の手前で足を止めた。

 

「共に勝とうぞ」

 

グランツが告げる。

 

「あの怪物に」

 

リデルは振り返らなかった。

 

「──勿論でございます」

 

それだけを残し、扉を開けて廊下へ躍り出た。

重々しい扉が、静かに閉まった。


───

 

ラングレー公館の大広間に、多くの人々が集っていた。

壁に掲げられた燭台の揺らめく炎が、集まった者たちの表情を暗く照らし出す。

壇上へと一人の男が登った。

年齢は二十五歳ほど。整った目鼻立ちと気品ある佇まいは、一目でやんごとなき貴種の血筋であることを物語っていた。

ロイド・ラングレー──。

グランツが帝都で号令を発した際、それに従おうとした実父を拘束して幽閉し、名門ラングレー公家の当主へと就任した男である。

壇上から、自分より一回りも二回りも年上の本領貴族の当主たちを見下ろしながら、ロイドは怯む様子もなく朗々と声を張り上げた。

 

「諸君! ここが我らの正念場である!」

 

響き渡る声。

 

「我々はこれまで『不慮の事態(停戦協定)』によって苦戦を強いられてきたが、ついに勝機が訪れたのだ!」

 

ロイドは熱を込めて言葉を続ける。

 

「東方においては卑劣なるグランツが奇襲を敢行したが、そのような暴虐に対し立ち上がったティーガル辺境伯によって撃退され、大敗を喫した!!」

 

会場に大きなざわめきが広がる。

 

「そして我らの頼もしい同志となったティーガル辺境伯は、今なお着々と西進の準備を進めており、近く反転攻勢に出ると聞き及んでいる!」

 

参加者たちの賛同の声が重なり合う。

 

「さらに! 我らが最大の後援者である聖母派総帥ゲオルクス教皇猊下は、いまも惜しみない支援を下さっているが……それに加え、異大陸にその名を轟かせる伝説の傭兵集団『ゾルベ旅団』を我らの元へ派遣してくださったのだ!」

 

ロイドは会場の末席にある椅子へと視線を向けた。

 

「紹介しよう! 彼こそがゾルベ旅団の隊長、カリム・アルディナである!!!」

 

雷鳴のような歓声が上がった。

 

異国で名を轟かせるゾルベ旅団の名声は、本領貴族たちの耳にも届いていた。滅亡の淵に立たされていた彼らにとって、それはまさに天から差し伸べられた最後の蜘蛛の糸に見えたのだ。

 

「あと半年! たった半年耐え抜けば、東のティーガル辺境伯に加え、南よりリガニア・聖母派連合軍が大挙して帝都のグランツへと押し寄せる手筈となっている! それまで我々がここで踏みとどまりさえすれば、勝利は我らの手にあるのだ!」

 

ロイドは力強く拳を突き上げた。

 

「共に耐え、共に勝利を掴み取ろうぞ! 栄光ある祖国のために!!!」

 

会場が揺れた。突き上げられる無数の拳、連呼される歓声。感極まって涙を流す者すらいた。

──その熱狂から少し離れた場所で、冷ややかな視線を送る一人の男がいた。

カリムであった。

軽いため息をつくと、男は静かに席を立ち、熱気溢れる会場を後にした。

廊下を歩きながら、思考を巡らせる。

あのような茶番劇には見覚えがあった。だが、いつ見ても胸が不快感で満たされる。

感情的で、自らに都合の良い解釈ばかりを並べ立てる演説を行う手合は、大抵が崩壊寸前の状態にあるものだ。自己陶酔によって現実の絶望から目を背けているに過ぎない──カリムはそう断じていた。

そして、今回の標的(キリルとラムズ)を首尾よく排除できたとしても、ラングレー公のような愚物がトップである以上、この陣営の滅亡は時間の問題だろうとも悟っていた。

 

(……とっとと仕事を済ませて、この泥舟からは下船させて頂こう)

 

そう考えながら、懐から煙草を取り出した。

火を点けようと着火具を探すが、切らしていることに気づく。

煙草を仕舞い直そうとした、その瞬間であった。

廊下の曲がり角の影から、不意に手が伸びてきた。

指先に灯る小さな炎。

 

「……!?」

 

突然の出来事に、カリムの動きが凍りついた。

気配が完全に遮断されていた。常時戦場に身を置き、死線をくぐり抜けてきたカリムにとって、自らの察知を掻い潜られたことは極めて衝撃的な事態であった。

しかし、百戦錬磨のカリムはすぐさま表情を殺した。

不敵とすら見える落ち着きで煙草を炎に近づけ、深く火を点ける。一息吸い込み、紫煙をゆったりと吐き出した。

 

「……間抜けどもの巣窟かと思っていたが」

 

カリムは呟く。

 

「どうやら、気の利く奴も混ざっているらしいな」

 

一拍置き、問いかける。

 

「誰の配下だ?」

 

「いえ」

 

角の影から、静かな声が返ってきた。

 

「私は流浪の身。現在はただ、ラングレー公の呼び掛けに応じた、傭兵として身を寄せているだけに過ぎません」

 

カリムは指先に煙草を挟んだまま、初めて好意的な笑みを浮かべた。

 

「そいつはよかった。あんたが奴らのような阿呆どもに忠誠を誓う愚か者でなくてな」

 

もう一口、煙を吸い込む。

 

「名を聞かせてくれ、兄弟」

 

角の影から、一人の男が姿を現した。

刃物の切先を思わせる、冷ややかに研ぎ澄まされた歪んだ笑み。

 

「──ジェネル・フリントと申します。以後お見知りお気を」

 

かつてリデルとリーフィアを抹殺しようと目論んだ男は、そう静かに名乗った。

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読ませてもらっています、毎回とても面白いです。 無理ないペースでお願いします。
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