22.聖女の魔改造、つづく
最終話です。魔改造の結果をお楽しみください。
――幼いころのルドルフ殿下の世界は、ベッドの中と、ベッドの周辺にいる王宮の大人たちだけだった。
魔力過多症に悩まされながら、ルドルフ殿下は大人たちが自分を持て余している雰囲気を察していた。王位継承権を持ちながらも、いつどうなるかわからない重度の病状。抜きんでた聡明さを備えているが、成人できるかもわからない。
殿下には大人たちの思惑が手に取るように伝わってきていた。
――ルドルフ王子。いっそ、早めにどうにかなってくれれば。
表面上慇懃無礼に接してくる臣下たちを眺めながら、大人たちの本音を正確に理解していた殿下は、淡々と未来に絶望していた。天使のような顔の奥底に隠された、殿下の胸の内を悟るものは、誰一人としていなかった。
ベッドの中で、自身の荒れ狂う魔力と戦いながら、幼いルドルフ殿下は天井を見上げてぼんやりと思っていた。
――いっそ、ルドルフが早めに死んでしまえば、みんなを困らせることもないのに。
そんな絶望にまみれたルドルフ殿下の元に、何の教育も受けてないが無尽蔵に魔力を貯め込める女の子が現れた。殿下はただの魔力調整係だと説明をされていた。
魔力調整係はひたすらルドルフ殿下の余計な魔力を取り込み続けた。そして、徐々に起き上がれるようになった殿下に、市井のどうでもいいことをしゃべり続けた。黙っていることができないタイプの子供だった。
町のパン屋のおばちゃんとは仲良くなっておくべきなんだよ。たまに余ったパンとかくれるから。ジャムとか挟まってたらサイコーだよ。
この前屋根の修理にきた大工さんは、私がそばに寄るとすごい怒るの。私の魔力が漏れて釘がバラバラになったとか言ってさ。私悪くないよね。
山から雲がもくもく湧いてくるの見たことある? 雲って山から生まれると思うじゃん。実は海からなんだって。信じられないよね!
王宮以外の世界を知らない殿下が、王宮以外のリアルを感じた瞬間だった。綺麗なだけで暗く湿った王宮に比べて、鮮やかで生々しい外の世界。知らない世界で元気に立ち回ってきた子供。王宮じゃないどこかからやってきた女の子。
ルドルフ殿下は外の世界に魅了された。実際に見てみたいと切望した。初めて生きたいと願った。
そして自分の世界を広げてくれた女の子に恋慕した。ずっと一緒にいたいと切望した。
王族の自分と孤児院出身の女の子が、隣あって立つことは不可能だ。
だが、殿下にその女の子以外を選択する気など、さらさらなく。
――それならば、私の隣に立てる身分にすればいい。
腹心の部下数名を巻き込んで、殿下は策を練った。
セレフィを聖女にして、私の隣に立たせよう。そして、正妃として迎えよう。それから――
ルドルフ殿下の話を受けて、私は目を見張って殿下を見返してた。穏やかな表情の殿下は、何の気負いもなく、ただ事実を話しているだけだった。長い時間をかけた殿下の策謀が、今成就されようとしていた。
「……すべては、私を殿下の、正妃にするため?」
「そうだよ、セレフィ。君以外の女性には興味もないし」
「なんで私ですか! 私なんて薄っぺらくて女らしくない、がさつな庶民じゃないですか。
綺麗な殿下にはですね、綺麗なお嫁さんが必要なんです! みんなそう期待してるんです」
「そんな期待は、私には関係ない」
「関係なくはないでしょう!
そうだ、マリアガさんみたいに、美人で胸もおしりもばいーんな女の人なら、殿下の隣でも遜色ないですから。身分も含めて、みーんな納得するから。
殿下、マリアガさんを正妃にしましょうよ。ほら、大きなおっぱいとか魅力的じゃないですか!」
「……あれが魅力? 私に余計な脂肪を愛でる趣味はないが」
「でんかああ……」
身近に私みたいなのしかいなかったせいなのか。殿下の女性評価が一般とはかけ離れていた。女性の大事な魅力の一つを、余計な脂肪って、殿下……。
くすくすと笑いながら、殿下は私の頬に手を伸ばした。私の頬をなでながら、ロイヤルブルーの瞳には試すような光があった。
「時間をかけて、せっかくここまで育てたんだよ、セレフィ」
「マリアガさんを改造しろ、とか言いながら。
魔改造されていたのは、私だったんですね……」
「ふふっ。そうだね。私は聖女を魔改造したんだね。
私が改造した聖女かと思うと、ひときわ愛しいよ」
「勝手ですよ、殿下。横暴です。
私の意思なんてこれっぽっちも入ってないじゃないですか」
「そこまで私は独善ではないよ。
これから確認するところだったんだ」
ルドルフ殿下は私の頬から手を離した。
そのまま、その手を私に差し出してきた。深い青い瞳がじっと私の様子を観察している。食い入るように見つめてくる。
「この手を取れば、私のすべてはセレフィのものになる。私を君に捧げよう。
手を取らなければ、今のままだ。魔力調整さえしてくれればいい」
挑戦的で自信のある殿下は、眩しくて目を逸らせなくて、とてつもなく魅力的だった。輝くような淡い金髪と、深い色合いのロイヤルブルーの瞳が、私のすぐそばにある。
殿下がいつもよりお美しく、男らしくあられる。もっと近づきたくなる。
私の心の奥底にしまっているはずの想いが、はじけて飛びそうになっていた。ずっと見ないふりをしていた想い。じくじくと痛くなるような、諦めるしかなかった気持ちを伝えたくなる。
私が長年しまい込んでいた、殿下への想いだ。
……ああ、そうか。
聖女になるということは、そういうことでもあるのか。もう誤魔化したり、隠したりしなくてもいい。
身分の壁を取っ払ったら、躊躇する必要なんてないんだから。殿下がそうしてくれたんだ。
私は聖女で、王家と同等で、だから殿下の隣で殿下の手を取れる。本当の気持ちをさらしちゃっていい。
好きって言ってもいいんだ。
前から好きだったって、言ってもいいんだ。
手を差し出したルドルフ殿下が、甘い声で私の耳をくすぐってきた。
「さあ。どうする、セレフィ?」
「……その条件で、断れる女がいると思います?」
「どうかな。いつも私の予想をはるかに超えてくるセレフィだから」
「ずるいよ、殿下。
……だって私は、ルドルフ殿下が好きだから」
私は差し出されていたルドルフ殿下の手を取った。殿下のなめらかな手は、緊張のためか少し汗ばんでいた。あんなに自信ありげだったのに、殿下も緊張してたんだ。不安だったんだ。
安心したようにまなじりを下げるルドルフ殿下が、急激に愛しくなった。私は堪えきれなくなって殿下に飛びついた。
好き。
大好き。
ルドルフ殿下が、大好き。
殿下もぎゅっと抱き返してくれるのが嬉しくて。
気兼ねなく殿下に触れられる日が来るなんて、ついさっきまで思いもしなかった。魔力譲渡も何もなく、ただ好きって気持ちで抱きしめ合う。ルドルフ殿下とお互いの気持ちを確かめ合えるなんて。これからも一緒にいられるなんて。対等でいられるなんて。
ねえ殿下。ルドルフ殿下が描いた未来に、私はずっといていいんですね。
熱い抱擁の後、お互いを見つめて、私たちは口付けをした。気持ちを確かめ合う、魔力譲渡も何もない、長い口付けだった。
……私、ルドルフ殿下とキスしてる。
想像を超えた未来に踏み出してしまって、私は慄きながら殿下と唇を重ねていた。唇から殿下の体温が直に伝わってきて、現実であることを実感していた。本当に、私の隣に殿下がいるんだ。これが、ルドルフ殿下の描いていた未来。
私が聖女になるまで押し殺していた殿下の本気の口付けは、長くて止まることがなかった。ずっと抑圧していたから、なんだろう。
一人でじっと待ち続けていた殿下。
何も知らない私を、魔力譲渡しながら見つめ続けた殿下。
私の聖女への進化を見守り続けていた殿下。
でも、でもね。
私は殿下に応えながらも、ほんのちょっぴり困っていた。肩をつついたり。トントンしてみたりしたんだけど。
殿下、口付け、いつ終わるんですか? 終わるタイミング、掴めないんだけど。ちょっと素に戻って、恥ずかしくなってきたんだけど。
そう言えばこの部屋二人きりじゃやかったよね。二人ばかり部外者の方がいたよね。
あの、殿下……?
その間、護衛筆頭さんたちが、長いこと目を逸らしている気配がしていた。
◇ ◇ ◇
「ギリギリアウト、なんだよね」
にこやかにルドルフ殿下はおっしゃった。
正式に私と婚約して、長い抑圧から解放された殿下……殿下はやめろって殿下が言うので、殿下じゃなくてルドルフ様……は、護衛さんがいようが関係なくイチャコラしたがる、高貴な困ったちゃんになっていた。今もソファで恋人つなぎで手をつないだままぴったりと寄り添っているし。
魔力譲渡もしてるけど、これはくっついていたい、ってのが主目的なことは明白だ。事実上暑苦しくはあるが、爽やかかつお美しい顔でにこりとかされると、ついふにゃりと許してしまう。これが惚れた弱みというやつか。
私の傍らにある魔法の杖が、かたんと反対側に倒れた。何かしらの意志を持つこの杖は、たまにこういう反応をする。見てらんない、くらいのことは言ってそうだ。しばらく触らないでおこう。
壁際に立っている護衛さんたちも同様だ。イチャコラに慣れきってもはや無になっている。ヴィクターさんなんか虚無を通り過ぎて能面化していた。
私は自分には身に覚えのないふりをして、杖と護衛さんたちから目を逸らしながらルドルフ様に目を向けた。
「ギリギリアウト、とは?」
「セレフィの普段の立ち居振る舞い」
「あー、ルドルフ様がそんなこと言うんだ! 無理やり私を聖女に仕立て上げた張本人のくせに!」
「そうだね。でも自覚あるでしょ」
「うっ」
自覚あるよ。あるあるだよ。
茶を飲めばガチャコン音はなるし、お菓子食べさせればボロボロ落として汚いし。
王宮の廊下を歩けば誰よりも庶民ぽく、熱くて扇子をパタパタやれば場末のオヤジ感さえ出てくる。
貴族の立ち居振る舞いって、ちゃんと綺麗に見えるようにできてんだね。ものすごく実感してるよ。悪かったな、生粋の庶民育ちでさあ!
麗しのルドルフ様は、それはもう優雅な手つきで私の手の甲に触れた。さわさわと触れるか触れないかってところを優しげに撫でてそろりとつまむとか……何やってんの、ルドルフさんよ。どさくさに紛れてエロい触り方してくんなよ。
「聖女として他国への訪問なども考えられるからね。最低限の淑女教育は必要になってくると思うんだ」
「やだよ、行かないよ。外国なんて行かなきゃいいんだよ」
「聖女は国の重要な外交カードになるから、必ず他国には出向くことになるよ。今は聖女教育の最中と公表しているから、学ぶなら今なんだよね」
「そういう大人の事情を話す、ルドルフ様は嫌いだな」
「……セレフィ」
真顔のルドルフ様が私に顔を近づける。
国の政治が絡む問題を個人のわがままで拒否するな、ってこと? ルドルフ様は王族だからね。政治がらみのことは真剣に考えなくてはいけないわけで――
「冗談でも、私を嫌いとか言うな」
「気にするところ、そこですか」
「私のこと嫌い?」
「いや、そういうことではなく……」
「セレフィ?」
「……ルドルフ様のことが、世界で一番大好きです」
「私もだ、セレフィ」
途端に嬉しげに破顔して、私の髪をすくい上げキスする王子様。あーもう、ちょろいんだから……いえ、とても美々しくて尊いです。
若干護衛さんたちの口から、げふって何か出てた気がする。ごめん、あなたたちの気持ちも分かるが、こらえてほしい。ルドルフ様の歯止めがきかなくて、私も困っているところなんだ。おい杖、床に落ちて逃げようとすんな。
ルドルフ様は恋人つなぎにした指に、きゅっと力を込めてきた。
「セレフィに合う、淑女教育の講師を呼んでいるからね。なるべく短時間で会得してほしいんだ」
「あのね。殿下が渡してきた『セレフィに合う』っていう魔法の杖で、結構大変な目に合ったことがあるんです。
セレフィに合う、って枕詞だけで、殿下の陰謀じゃないかと」
「殿下じゃない」
「あーはいはい。ルドルフ様。
私が淑女教育受けて、なんとかなると思います?」
「なんとかするんじゃないかな、あの人なら」
来たようだ、とルドルフ様は扉に目を向けた。
ひそやかなノックの後に現れた人物。ふわふわの赤毛にライムグリーンの瞳をしたきらびやかなご令嬢。楚々としながらも凛とした立ち居振る舞いの公爵令嬢。
マリアガさん!
マリアガさんは見事なカーテシーを披露した後、私の前に立ちふさがった。
自信満々の顔が、正に悪役令嬢である。
「おーほほほほっ! ルドルフ殿下から淑女教育の依頼を受けましてよ!
あたくしの力が必要なんですって?」
「おおおお……淑女教育……教育係……」
「あたくしのバディが立ち居振る舞いで笑いものになるなんて、許しがたいですわ! ビシビシ鍛えてあげますから、覚悟なさって?」
「ルドルフ様……淑女教育の講師って、マリアガさんですか?」
「適任だろう」
「適任ですけど、すっげ怖そうな」
「がんばれ」
悪戯っぽく笑って、ルドルフ様は私の頬にキスをして立ち上がった。婚約者としては当然の行為だが、人前でのほっぺチューはまだ慣れなくて……恥ずかしい……。
今日ルドルフ様は魔法学校に戻る日だ。
私は魔法学校を中退して聖女教育を王宮で受けている。魔法学校の座学をいい加減に受けていたせいで、ものすごくてんこ盛りな授業内容になっていた。歴代の聖女の名前とか知らねえって。くそう。
ルドルフ様は魔力造形の技術を取得してから、魔力譲渡を毎日行わなくてもよくなった。本人は私による魔力譲渡を望んでいるが、私の聖女教育のスケジュールがパツパツに詰まっていて毎日は厳しいのだ。数日おきに魔力譲渡を行うことにはなっているが、毎日会えなくなるのは寂しい。
しばらく会えなくなるのでもう少し別れを惜しみたかったのだが、マリアガさんが行く手を阻んだ。
ルドルフ様はいつもの麗しいお顔で私に軽く手を上げた。マリアガさんには「頼んだ」と言って、ヴィクターさんたち護衛さんを伴って部屋を出て行った。
あー、行っちゃった……。
未練がましく扉を眺めていると、マリアガさんがずいずいと顔を近づけてきた。ちゃんとあたくしを見ろってか。なんだか険しい顔つきだ。
「しゃんとしていただける? せっかくあたくしが王宮まで来てあげたんですから」
「はいどうもです。ありがとうござます」
「あたくし、ちゃんと己を分かってましてよ。
……魔法と恋の勝負は、あなたの勝ちですわ。あたくしの負けを認めます」
「はあ。そうっすか」
「その代わり、愛される女性の秘訣を知りたいんですの。セレフィ、きちんと教えてくださる?」
「私が? マリアガさんに?」
「あたくしの目の前で頬にキスとか、愛され女を見せつけてたじゃありませんの。セレフィの何がルドルフ殿下を虜にしたのか、知りたいんです」
マリアガさんがつんとしたすました顔から、徐々にくだけた顔つきになっていく。脳内お花畑、恋愛話は大好物だからな。
傍らの魔法の杖がそろりと転がってきた。
おいまさか、魔法の杖も聞きたいってか? さっきまで、げふって態度だったくせに。
「それはなんとも……長くなる上に、聞いてて恥ずかしくなるような話ですよ」
「あら、素敵。でもあたくしから淑女教育を伝授してほしいなら、それくらいは払っていただいてよろしいんじゃありませんこと?」
「そう、なのかな」
「当然ですわ。
でも、そもそも。あたくしたちって、そういう話もできる仲でしょう?」
私はマリアガさんのライムグリーンの瞳を見た。マリアガさんは笑いを含んだ目で私を見返してきた。冗談と真実が入り混じったこの会話。
そうか、もう学校のバディってだけじゃない。マリアガさんはそう思ってくれてたんだ。
いつから思ってくれていたんだろう。たぶん、私が聖女じゃなくても、マリアガさんはそう言ってくれる。私が聖女になっても、変わらない態度で接してくれるもの。
気付いてなかった真実に、今気付かされてしまった。思いのほか嬉しくて、口元からニヤけてきてしまった。
なんだよ、マリアガさんってば。
私は悪役令嬢と、いつの間にか友達になっていたらしい。
――――終――――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
短編のつもりで構想していたのですが、思いの外長くなりまして(八万八千字超えてるがな!)、連載の形を取りました。連載に決めた途端にエピソードをぐいぐい差し込んじゃいましたけどね。
ちょっと前まで、貧乏すぎて着飾った自分を切り売りする残念王子を書いていたので、日常的に命令形で自分の主張通しまくりの王子様が大変楽しかったです。王子ってこうじゃないと。
評価★★★★★、ブックマーク、リアクション、感想などくださいますと、聖女セレフィが祝福を与えに、あなたの元を訪れることでしょう。
……おい、迷惑そうな顔するなよセレフィ。行ってこいよ。学食の食券あげるから!
書いててすごく楽しかった作品、好きになっていただけたら幸いです!




